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実在する漢民族、作られる中華民族――中国民族政策の本質

 

「中華民族」を語る前に――漢民族とは何か

 「中華民族」について考える前に、まず「漢民族」とは何かを明確にしておく必要があります。

 結論から言えば、生物学的に共通する血統集団としての「漢民族」は存在していません。もし民族を、共通の血筋を持ち、古代からほぼ同じ身体的特徴を保ちながら連続してきた集団と考えるなら、そのような意味での漢民族は存在しないのです。

 中国大陸は広大です。北方と南方、沿海部と内陸部では、人びとの外見、体格、生活文化、言語習慣にも大きな違いがあります。長い歴史の中で、北方遊牧民、南方諸民族、西域系民族、満洲族、モンゴル系民族など、さまざまな集団が移動し、征服し、混血し、同化し、時には支配層として王朝の中枢に入り込んできました。

 したがって、漢民族を血統的に純粋な民族として語ることはできません。自然科学上の単一集団としての漢民族は、存在しないのです。

文化的・歴史的共同体としての漢民族

 しかし、民族という概念は、血筋だけで決まるものではありません。

 人間社会における民族は、共通の言語、文字、宗教、歴史記憶、生活文化、政治制度、そして「自分たちは同じ集団に属している」という自己認識によっても形成されます。この意味での漢民族は、確かに存在しています。

 漢民族とは、漢字を用い、儒教的な家族秩序を共有し、中華思想、すなわち華夷思想の中で、自分たちは「華」に属する者であると意識してきた人びとの共同体です。

 ここでいう「華」とは、単なる血筋ではありません。文字を持ち、礼を知り、農耕社会を築き、王朝国家の秩序に属する文明の側にいる、という文化的・思想的な自己認識でした。そしてその自己認識には、自分たちは周辺の「夷」よりも文明的に優れているという強い優越意識も含まれていました。

 つまり、漢民族とは、生物学的な血統集団ではなく、漢字、儒教、中華思想、王朝国家の記憶、農耕社会の生活文化を共有してきた、文化的・歴史的な共同体なのです。

「漢人」という呼称の成立

 「漢」という呼び名は、漢王朝に由来します。漢王朝は紀元前206年に始まり、紀元220年まで続きました。この強大な王朝の記憶は、後に「漢人」「漢字」「漢語」という呼称を生み、「漢」は中国文化を象徴する言葉として定着していきました。

 ただし、古代中国に、今日私たちが使うような近代的な意味での「民族」概念があったわけではありません。古代の中国人が意識していたのは、近代的な民族分類ではなく、「華」と「夷」の区別でした。

 つまり、血統によって人間集団を分けたのではなく、中華文明に属するかどうか、礼や文字や王朝秩序を共有するかどうかが、自己と他者を分ける基準だったのです。

 漢代以降、周辺の諸集団から見て、漢王朝の人びとは「漢の人びと」として認識されるようになりました。そして漢王朝の側の人びともまた、自分たちを「漢人」として意識するようになっていきました。

 こうして「漢」は、王朝名であると同時に、中華文明に属する人びとを示す呼称になっていきます。とはいえ、この段階の「漢人」は、近代的な意味での民族ではありません。あくまでも、華と夷を区別する中華思想の延長線上にある、文明的帰属を示す言葉でした。

近代概念としての「中華民族」

 中国において「民族」という概念が本格的に導入されたのは、清末から中華民国にかけての近代です。西洋や日本を通じて、国家、国民、民族、主権といった近代概念が流入し、中国人は初めて、自分たちを近代国家の構成員として、また民族として考えるようになりました。

 その過程で唱えられるようになったのが、「中華民族」という言葉です。

 この言葉は、一見すると、中国に住む人びとが古代から一つの民族であったかのような印象を与えます。しかし実際には、「中華民族」は、古代から自然に存在していた民族ではありません。近代国家を作るために、中国内部のさまざまな集団を一つの国民共同体としてまとめ上げようとする、政治的な意図を持った概念でした。

 この「中華民族」の中には、漢族だけでなく、満洲族、モンゴル族、チベット族、ウイグル族、回族、その他の少数民族も含まれることになりました。そして、その中心に置かれたのが、歴史的・文化的に中華文明を担ってきたとされる漢民族でした。

 つまり、近代中国においては、「中華民族」という大きな枠組みが作られ、その中核に漢民族が位置付けられたのです。

実在する漢民族と、作られようとしている中華民族

 ここに、現在の中国を理解するうえでの大きな問題があります。

 漢民族でさえ、生物学的に共通する血統集団ではありません。それでも、漢字、儒教、中華思想、王朝国家の記憶を共有する文化的・歴史的共同体としては、実在しています。

 しかし、「中華民族」はさらに曖昧です。そこには、共通の血統も、共通の宗教も、共通の言語も、共通の歴史記憶もありません。チベット族、ウイグル族、モンゴル族、満洲族、回族などは、それぞれ異なる言語、宗教、歴史記憶、生活文化を持ってきました。彼らは、もともと漢字、儒教、中華思想を中心とする「華」の文化共同体に属していたわけではありません。

 むしろ長い歴史の中では、中華王朝の外側にいる「夷」として位置付けられてきた集団も少なくありません。

 そのような諸民族を、近代国家の内部に取り込み、漢民族を中心に一つの国家としてまとめ上げようとする。その政治的意思が、「中華民族」という言葉にははっきり表れています。

 言い換えれば、「中華民族」とは、すでに存在している民族ではなく、国家がこれから作り上げようとしている民族なのです。それは、過去の共通性を示す言葉というより、未来に向けた国家統合の目標です。中国国内のさまざまな民族を、最終的には「中華民族」という一つの共同体へ吸収し、漢民族中心の国家秩序の中に組み込んでいこうとする政治的プロジェクトなのです。

漢民族中心の国家秩序としての「中華民族」政策

 中国政府は、自国を「統一された多民族国家」と呼びます。一見すると、それは多様性を認める言葉のように聞こえます。少数民族の衣装、歌舞、料理、祭礼は「民族文化」として紹介され、展示されることもあります。

 しかし、言語、宗教、教育、歴史記憶、共同体としての自立性が強まることは警戒されます。許されるのは、国家に管理された範囲内での多様性です。漢民族中心の中華秩序とは別の歴史認識や、別の共同体意識を持ち続けることは、許されません。

 「中華民族」という言葉は、単なる友好的な統合理念ではありません。少数民族の独自性を弱め、最終的に漢民族中心の国家秩序へ吸収していこうとする力学を含んでいます。

 もちろん、国家が内部の多様な集団を統合しようとすること自体は、どの近代国家にも見られます。しかし、中国の場合、その統合は、単なる国民意識の形成にとどまりません。言語、宗教、教育、家族、婚姻、出生にまで国家権力が介入し、少数民族の将来的な存続そのものを弱める方向へ進んでいます。

 とりわけ新疆では、強制避妊、強制不妊手術、強制中絶、IUD装着の強制、出生率の急落、そして漢族との通婚推進が報告されています。これは、少数民族の文化を奪うだけの政策ではありません。民族集団としての再生産能力そのものに国家が手を加える政策です。

 国際法上、ジェノサイドは大量殺戮だけを意味しません。特定の民族集団の出生を妨げる措置を課すことも、ジェノサイドを構成し得ます。そうである以上、少数民族の出生、婚姻、教育、言語、宗教を国家が一体的に管理し、その集団の将来的存続を弱める政策は、文化的同化を超えて、ジェノサイド的性格を帯びるものと言わざるを得ません。

 この傾向は、新疆だけに限られません。チベット族やモンゴル族に対しても、学校教育の場で民族語による教育は後退し、標準中国語、すなわち普通話による教育が強く押し出されています。チベット語やモンゴル語は、民族文化を象徴する言葉としては残されても、知識を学び、社会を理解し、次世代へ歴史記憶を伝える中心的な教育言語としての地位を失いつつあります。

 これは、単なる語学教育の問題ではありません。言語は、民族の記憶、宗教、生活感覚、歴史認識を次世代へ伝える器です。その言語が学校教育の中心から外されるとき、少数民族は自分たちの言葉で世界を理解し、自分たちの歴史を語る力を失っていきます。

 そこにあるのは、多言語国家としての共存ではありません。普通話を通じて少数民族を「中華民族」へ組み込んでいく、同化の論理です。

「中華民族」という言葉の危うさ

 「中華民族」は、実在する多様な民族を、そのまま尊重する言葉ではありません。むしろ、まだ存在していない一つの民族を、国家権力によって政治的に作り出そうとする言葉です。

 そして中国政府は、その実現のために、少数民族の言語、宗教、歴史記憶、家族制度、出生、婚姻にまで介入し、それらを国家の管理下に置いています。

 つまり、「中華民族」とは、国家がこれから作り上げようとしている民族の名称であって、すでに実在している民族名ではありません。少数民族を漢族中心の中華秩序へ吸収するための、きわめて政治的な言語なのです。

 漢民族は、血統的な民族ではありません。しかし、漢字、儒教、中華思想、王朝国家の記憶を共有する文化的・歴史的共同体としては、現に実在しています。

 それに対して、「中華民族」には、共通の血統も、共通の宗教も、共通の言語も、共通の歴史記憶もありません。あるのは、中国という国家の枠内に住む諸民族を、漢民族中心の中華秩序へ統合しようとする政治的意思です。

 そこに、この言葉の危うさがあります。

 現在の中国の民族政策は、その目標に向かって進んでいます。少数民族を独自の民族共同体として存続させるのではなく、「中華民族」の一部として再定義し、漢民族中心の国家秩序に吸収していく。その意図と方向性は、「中華民族」という言葉そのものの中に、すでに表れているのではないでしょうか。

現代の古代専制国家としての中国

 この問題は、国内の民族政策だけにとどまりません。そこには、中国という国家の本質的な弱点が表れています。

 中国は、経済、軍事、科学技術の面では、近代国家の姿を見せています。しかし、人間を国家の下に置き、異なる文化を中華秩序へ組み込もうとする発想においては、なお古代の専制国家の影を引きずっています。

 このことは、昨今の中国の対外政策にも表れています。急速な軍備増強、東シナ海や南シナ海での力による現状変更の試み、日本やフィリピンなど周辺諸国に対する強硬な言動には、相手国を対等な主権国家として尊重する近代国際法の感覚よりも、自国を中心に周辺を位置付けようとする中華思想の名残が色濃く見えます。

 とりわけ日本との関係でいえば、日中平和友好条約は、紛争を平和的手段で解決し、武力または武力による威嚇に訴えず、アジア・太平洋地域で覇権を求めないことを確認しています。

 しかし、尖閣諸島周辺での中国公船の行動、軍事的圧力の強化、日本に対する威圧的な発言は、この条約が掲げた平和友好と反覇権の精神に明らかに逆行しています。

 中国が日本やフィリピンなどの周辺国を、対等な隣国としてではなく、あたかも中華秩序の外側にある「夷」の国であるかのように扱うとき、そこに見えてくるのは、近代国家としての外交ではありません。中華を中心に周辺を従属的に位置付ける、古い華夷思想の発想です。

 中国がしばしば「現代の古代専制国家」とも言われるゆえんは、まさにこの点にあります。

 中国は近代国家の外形を備えています。しかし、その内側では、人権、自由、平等、法の支配、主権国家同士の対等性といった近代概念よりも、国家の統一、秩序、同化、管理、そして中華を中心とする序列意識が優先されています。

 そこにこそ、現代中国の本質的な弱点があるのです。

おわりに

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 中国は秦漢時代以降、2千年以上にわたって、なぜ専制主義体制を維持してきたのでしょうか。その理由については、拙著『中国が民主国家になれない本当の理由――社会を持たない巨大文明の宿命』で詳しく論じています。

 本書では、近代社会学・政治学の視点から、中国社会の歴史と現状を丹念にたどり、中国がなぜ民主化しにくいのかを分析しました。単なる政治体制の問題としてではなく、家族、宗族、国家、官僚制、社会関係資本といった要素を通して、中国文明の構造そのものに迫ろうとしたものです。

 また、「漢民族」や「中華民族」がどのように生まれ、どのように政治的な概念として形成されてきたのかについても取り上げています。

 中国をこのような角度から総合的に分析した本は、日本ではまだ多くないのではないかと思います。本書の終章では、日本と私たちが、これから中国とどのように向き合っていくべきかについても論じています。

 普段から中国に関心をお持ちの方、中国についてある程度の知識をお持ちの方には、これまで漠然と感じていた疑問がつながり、中国という国家の仕組みがより立体的に見えてくるはずです。

 一方で、中国についてあまり予備知識のない方には、やや読み応えのある内容かもしれません。しかし、中国を好き嫌いだけで語るのではなく、その社会構造、歴史的背景、国家の論理を理解するための一冊として、ぜひ手に取っていただければと思います。

 本書は、Amazonで販売しています。


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