なぜ中国では社会性が十分に育たないのか――その構造的理由
中国社会に対して、多くの日本人が共通して抱く違和感があります。それは、「なぜこのような行動を取るのか理解しにくい」という感覚です。
たとえば、バスや電車への整列なしでの乗車や列への割り込み、公共の場での大声での会話、吸い殻やゴミのポイ捨て、契約内容の修正要求や突然の反故などが挙げられます。これらはしばしば、「マナーの問題」「国民性の違い」として片づけられがちです。しかし、これを単なる個人の資質の問題とするのは、本質を見誤ることになります。
重要なのは、こうした行動を生む「社会構造」です。
一般に、欧米や日本においては、国家と個人の間に「社会」が存在しています。企業、学校、地域コミュニティ、同窓会、クラブ、自治会、宗教団体など、多様な中間組織が人々を結びつけ、その中で人は家族以外の人との信頼関係を築きながら、規則の順守やマナーといった社会性を身につけていきます。すなわち、人は社会の中で訓練されるのです。
これに対して中国では、国家と個人の間を媒介する自律的な社会が十分に形成されていません。家族や人間関係は強固に存在していますが、それは内向きの結びつきにとどまり、不特定多数との関係の中でルールや公共性を学ぶ場とはなりにくいものです。そのため、企業や学校、宗教団体などの中間組織も国家の統制下に置かれ、その活動は許容された範囲に限定されます。結果として、国家が個人を直接統治する構造が強まり、人々は個人としても組織の一員としても、国家の指示に従うことが優先されるようになります。
このような環境では、自主的にルールを順守する意識や、社会性を身につける機会は限られがちです。社会の中でルールを守る経験が十分に積み重ならない場合、ルールは内面化されたものではなく、外から与えられるものとなります。そのため、状況に応じて柔軟に解釈されたり、回避の対象となったりすることも少なくありません。
たとえば、列に並ぶという行為一つをとっても、それが「社会の中で自然に身につく行動」である場合と、「外から求められるルール」である場合とでは、その定着の仕方は大きく異なります。また、契約に対する考え方も同様です。契約を絶対的なルールとして守るのか、それとも状況に応じて調整されるべきものと考えるのかは、その背後にある社会構造によって大きく左右されます。
したがって、中国に見られるこうした行動は、個人のモラルの問題ではなく、社会の形成のあり方に由来するものとして理解すべきです。
中国は「社会が人を育てる国」ではなく、「国家が人を管理する国」です。この構造こそが、中国人の行動がしばしば矛盾して見える理由を説明する鍵となっています。
それでは、なぜ中国では国家と個人の間に自律的な社会が十分に形成されなかったのでしょうか。この点を理解するためには、中国の歴史をさかのぼって考える必要があります。
中国においては、古代より一貫して強力な中央集権国家が広大な領域を統治してきました。とりわけ秦の統一以降、国家は法と官僚制を通じて社会を直接支配する仕組みを確立します。この体制のもとでは、本来、国家と個人の間に位置し、人々を結びつける役割を果たすはずの中間組織が育ちにくい環境が生まれました。
ヨーロッパでは、都市や教会、ギルドといった多様な中間団体が発達し、国家とは別に社会の秩序を形成していきました。これに対して中国では、こうした自律的な組織は制度的に抑制され、国家の統治の枠内に組み込まれていきました。その結果、社会が国家を制約する構造ではなく、国家が社会を包み込む構造が定着していきます。
また、中国社会においては、家族や血縁を基盤とする結びつきが極めて強い一方で、それを超えた不特定多数との関係の中で信頼を形成する仕組みは相対的に弱い傾向があります。このことも、社会の形成を難しくしてきた重要な要因の一つです。
このように、中国では歴史的に、国家が上から秩序を与える構造が続いてきました。そのため、社会が自律的に秩序を生み出し、個人を育てるという仕組みが十分に発達しなかったのです。
こうした歴史的背景については、拙著『中国が民主国家になれない本当の理由』において、古代から現代に至るまでの流れを通して、より体系的に分析しています。本書では、中国古代文明における世界観や統治構造が、どのように現代の政治体制や社会構造に連続しているのかを明らかにしています。
とりわけ、中国における「文明」と「非文明」を区分する独特の認識や、国家が社会の上に立つという構造が、どのように形成され、維持されてきたのかを理解することは、現代中国を読み解く上で不可欠です。
現在の中国の姿は、決して偶然に生まれたものではありません。長い歴史の中で積み重ねられてきた構造の帰結として理解する必要があります。そして、その構造を正確に捉えることが、中国という国を理解するための第一歩となるのです。
