90分間の歓喜を支える!サッカー観戦復帰に向けた体力測定とリハビリプログラム【もう一度あの場所へ〜『好き』を取り戻すリハビリ〜Vol.2】
サッカー観戦は「ただ座っているだけ」ではありません。長距離の移動、階段昇降、90分間の姿勢保持、トイレ動作——複数の身体機能と環境適応が求められます。本記事では、スタジアム復帰という具体的な目標から逆算し、必要な評価項目とリハビリプログラムを実践的に解説します。
サッカー観戦に必要な能力を「分解」する
Vol.1では、「スタジアムに行く」という参加目標がいかに複合的な活動であるかを解説しました。
今回はさらに踏み込んで、「スタジアム観戦復帰」という目標から逆算した評価とプログラム設計を具体的に紹介します。
まず、サッカー観戦に必要な身体機能を整理してみましょう。
① 歩行距離・持久力
最寄り駅からスタジアムまでの距離は、球場によっては500m〜1km以上になることもあります。さらに、スタジアム内での移動も加わります。試合前後の混雑を含めると、トータルで2〜3km以上の歩行が必要になるケースも珍しくありません。
また「持久力」という観点では、単に歩けることだけでなく、試合後も疲れすぎずに帰路につける「疲労耐性」が重要です。
② 階段昇降
スタジアムの観客席は急傾斜が基本です。また、入場ゲートから座席までの動線にも、複数の階段が含まれることがほとんどです。
一般的なスタジアムの階段は、段差15〜20cm程度、傾斜30〜40度というケースが多く、病院の廊下とは全く異なる環境です。手すりがない区間や、人波に押されながら昇降するシーンも想定する必要があります。
③ 座位保持・体幹機能
試合時間は前後半45分ずつ、ロスタイムを含めると90〜100分以上。その間、スタジアムの硬い座席に座り続けます。
ゴールシーンでは前のめりになったり、立ち上がって声を上げたり——観戦中の姿勢は「静止」ではなく「動的」です。体幹の安定性と、動作の切り替えに対応できる柔軟性が求められます。
④ トイレ動作
ハーフタイムのトイレは、実は観戦における最大のハードルのひとつです。
多くの利用者さんが「トイレが心配で…」と外出を躊躇するケースを、私は何度も見てきました。混雑した通路を移動し、狭いブースで素早く動作を完結させ、また座席に戻る——この一連の流れを15分以内でこなすことが求められます。
評価項目の具体例
スタジアム観戦復帰を目標に据えたとき、どのような評価が有効でしょうか。
TUG(Timed Up and Go Test)
最もポピュラーな機能評価のひとつですが、「スタジアム観戦」という目標で解釈すると意味が変わります。
目安:13.5秒以内(転倒リスクの低減ラインとして)
ただし、TUGが良好でも「連続した歩行」や「疲労後の動作」には別の視点が必要です。TUGはあくまで「瞬発的な動作の安定性」の指標として位置づけましょう。
6分間歩行試験(6MWT)
持久力の評価として有用です。スタジアムでのトータル歩行距離を想定すると、400m以上の歩行距離を目標の目安として設定することができます。
歩行中の疲労感(Borgスケールなど)も合わせて評価することで、「どの程度余裕を持って移動できるか」が見えてきます。
段差昇降テスト
平地の歩行評価だけでは、スタジアムの階段は再現できません。実際に15〜20cmの段差を使った昇降テストを実施し、スピード・安定性・疲労度を観察します。
手すりの有無を変えた条件設定も有効です。「手すりなしで10段昇降できるか」という課題は、実際のスタジアム環境に近い評価になります。
心肺持久力・疲労耐性
長時間の活動後も動作の質が維持されるかを評価します。6分間歩行の後半でのペース変化、歩行後のTUGの変化量など、疲労による機能低下の程度を把握することが重要です。
トイレ動作の実用評価
FIM(機能的自立度評価表)の排泄項目だけでなく、**「時間内に完結できるか」「混雑環境でも動作を完結できるか」**という実用的な観点での評価が必要です。
デイサービスでのトイレ場面の観察はもちろん、「自宅でどのようにトイレ動作をしているか」のヒアリングも欠かせません。
プログラム設計:観戦シミュレーションの発想で
評価が揃ったら、いよいよプログラムの設計です。
ポイントは**「スタジアムでの体験を逆算して設計する」**こと。単に筋力や歩行を鍛えるのではなく、「観戦当日の流れをシミュレーションする」発想でプログラムを組み立てます。
有酸素能力の向上
エルゴメーターや平地歩行で、持久力の底上げを図ります。
重要なのは**「疲れても動ける体」**を目指すこと。スタジアムで最も疲れるのは、実は帰路です。試合の興奮が冷めて、体の疲労感が一気に出てくる——この状態でも安全に帰宅できる持久力が必要です。
プログラムとしては、20〜30分の持続的な有酸素運動を週3回程度を基本とし、段階的に強度・時間を上げていきます。
筋力トレーニング(特に下肢・体幹)
階段昇降と長時間の座位保持を支えるための、大腿四頭筋・臀筋群・体幹の強化が中心です。
ただし、「マシンで鍛える」だけでなく、**「実動作に近い形での強化」**を意識します。段差昇降動作そのもの、椅子からの立ち上がりとゆっくりした着座、不安定面でのバランス保持——機能訓練と実動作の橋渡しを意識したプログラム設計が重要です。
観戦シミュレーション練習
これが最もユニークで、かつ最も有効な介入です。
具体的には、デイサービスの環境を「スタジアムだと仮定して」練習します。
「入場から席までの歩行」を再現:施設の廊下を使い、実際のスタジアムまでの距離を分割して歩く
「スタジアムの階段」を再現:段差を使った連続昇降練習。単なる筋トレではなく、「観客席に向かう」という文脈を共有しながら行う
「ハーフタイムのトイレ」を再現:15分という時間制限の中で、トイレ動作を完結する練習。実際に時計を使って時間を意識してもらう
「応援中の動き」を再現:椅子に座った状態から、声を出したり前傾姿勢をとったりする動作練習
この「シミュレーション」の発想は、利用者さんのモチベーションを維持する上でも絶大な効果があります。「今日の訓練が、スタジアムに直接つながっている」という実感が生まれるからです。
環境調整の視点
どれだけリハビリを積んでも、環境の工夫で「できること」は大きく変わります。
座席位置の選択
スタジアムの座席は、事前に予約できます。
**アクセシビリティ席(障害者用スペース)**の利用はもちろん、一般席でも工夫できることがあります。通路に近い席、トイレに近いエリア、階段の少ないゲート付近——これらを事前にリサーチして、利用者さんと一緒に「最適な座席」を選ぶことも立派な支援です。
トイレ動線の事前確認
スタジアムのWebサイトや公式アプリには、座席マップやトイレ位置が掲載されていることが多いです。
「どのトイレが比較的空いているか」「個室の広さはどうか」——これらを事前に調べてシミュレーションすることで、当日の不安を大幅に減らすことができます。
補装具・用具の検討
長距離歩行用のロフストランドクラッチや杖の適切な選択、疲労軽減のための座布団や腰サポーターの活用——これらも環境調整の一部です。
「補装具=弱い」ではなく、「補装具=参加を実現するツール」という価値観を、利用者さんと共有することが大切です。
休憩ポイントの把握
スタジアムへの道中、どこで休憩できるかを把握しておくことも重要です。ベンチの位置、コンビニ、カフェ——「疲れたら休める場所がある」という安心感が、行動の後押しになります。
まとめ:ゴールが明確だと、評価も介入も変わる
今回お伝えしたかった最大のポイントは、「目標の具体性が、評価と介入の質を変える」ということです。
「歩行能力の改善」をゴールにしていると、評価も介入も「歩行」の枠を出ません。しかし「スタジアム観戦復帰」をゴールにした瞬間、評価すべき項目が一気に広がり、介入のアイデアが湧き出てきます。
「競技特性」を理解するとリハが変わる——これはスポーツリハビリの世界では常識ですが、生活リハビリにも同じ発想が使えます。「サッカー観戦という競技の特性」を理解したセラピストが設計するプログラムは、単なる機能訓練とは根本的に異なります。
次回は、「ライブ・フェス復帰」を目標にした場合の、また違う挑戦——人混みと長時間立位という課題——に向き合います。
#作業療法士 #理学療法士 #言語聴覚士 #リハビリ #サッカー観戦 #体力評価 #TUG #持久力 #デイサービス #生活支援 #参加目標
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!