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命を引き受けた者、逃げた者『豊臣兄弟!』第24回「軍師官兵衛!」


NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』第24回「軍師官兵衛!」。

タイトルだけを見れば、長い幽閉生活から生還した黒田官兵衛が、竹中半兵衛亡き後、新たな「軍師」として立ち上がる物語です。

しかし、今回を見終えて私の中に残ったのは、官兵衛の復活だけではありませんでした。

人の上に立つ者は、最後に何を引き受けるのか。

逃げた荒木村重。
残された妻・だし。
城兵を救うため自ら死を選んだ別所長治。
そして、地獄のような幽閉から生還し、再び「人を生かすための軍略」を選んだ黒田官兵衛。

第24回は、「生きること」と「責任を引き受けること」が、必ずしも同じではないという残酷な現実を描いた回だったように感じます。


1.第24回「軍師官兵衛!」あらすじ

舞台は天正7年(1579)。

秀吉たちは二つの難敵を同時に抱えていました。

一つは、別所長治が籠城する播磨・三木城。

もう一つは、織田信長に反旗を翻した荒木村重の摂津・有岡城です。

三木城に対して秀吉が選んだのは、正面から攻め落とすのではなく兵糧を断つ戦法でした。

城内は次第に飢えに覆われていきます。

一方、有岡城では、荒木村重が密かに兵糧を手に入れ、長期間の籠城を続けていました。しかし小一郎たちによって補給ルートを断たれると、こちらも次第に追い詰められていきます。

そして、その有岡城の土牢には、村重を説得するため城へ入った小寺官兵衛――後の黒田官兵衛が幽閉されていました。

長い幽閉によって心身ともに傷ついた官兵衛。

その官兵衛を生へとつなぎ止めたのが、亡き竹中半兵衛への思いと、息子・松寿丸が生きているという知らせでした。

有岡城が落ち、官兵衛は救出されます。

そして再び秀吉と小一郎の前に現れた官兵衛は、半兵衛の代わりになるのではなく、「黒田官兵衛」として生き直すことを選ぶ。

この瞬間から、秀吉軍には新しい頭脳が加わりました。

だが、その裏側では、あまりにも多くの命が失われていました。


2.だしの生き様――残された者の「強さ」

今回、私が最も心を動かされた人物の一人が、荒木村重の妻・だしです。

演じたのは、俳優の山谷花純(やまや・かすみ)さん

史料上のだしは、その生涯について分からないことも多い女性です。

一方で、その美貌については当時の記録にも残されており、「今楊貴妃」とまで称されたと伝えられています。そして有岡城落城後、荒木一族の人々とともに京都へ送られ、天正7年(1579)12月、六条河原で処刑されました。

『信長公記』などには、死を目前にしながらも着物や髪を整え、取り乱すことなく最期を迎えた姿が記されています。

ドラマのだしもまた、単なる「悲劇の妻」としては描かれていません。

飢え始めた家臣たちを見て、

自分たちだけが生き残るのではなく、皆を救わなければならない。

そう考え、夫・村重に降伏を勧めます。

小一郎との交渉にも関わり、それでも最後には、

夫の命も助けてほしい。

そう願う。

ところが村重は、その妻を置き去りにして逃げてしまう。

それでも、だしの人生の最後を「夫への恨み」だけで終わらせなかったところに、このドラマの美しさがありました。

そして、だしを演じた山谷花純さん自身の生き方を知ると、この役がさらに印象深く見えてきます。

山谷さんは12歳から芸能の世界で仕事を始め、すでに長いキャリアを持つ俳優です。『手裏剣戦隊ニンニンジャー』、映画『劇場版コード・ブルー』、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、朝ドラ『らんまん』など、着実に役を重ねてきました。朝ドラのオーディションには10年間挑戦し続けたと語っています。

それほどの経歴を持ちながら、2025年9月のテレビ出演時点では、居酒屋でアルバイトを続けていることを明かしていました。

理由は、お金だけではありません。

子どもの頃から芸能界にいたからこそ、「この世界しか知らないまま大人になること」への危機感があったというのです。

一般の職場で働き、接客をし、自分が「俳優・山谷花純」として特別扱いされない場所に身を置く。

そこで社会の常識や、人と人との距離感を知る。

私は、この姿勢がとても興味深いと思います。

俳優とは、結局のところ「自分ではない誰か」を生きる仕事です。

ならば、芸能界だけを知るよりも、店で働く人の気持ちも、注文する人の表情も、理不尽な言葉を受け止める側の感情も知っていた方がいい。

山谷さん自身が「役の幅を広げるため」とそのまま表現しているわけではありません。

しかし私には、俳優としての幅を広げるために、自分の人生そのものの幅を広げようとしている人のように映ります。

華やかな大河ドラマの画面の向こう側で、普通の社会人として働く時間も大切にする。

その地に足のついた感覚が、今回のだしの「静かな強さ」にも重なって見えました。


3.降伏劇――逃げる降伏と、引き受ける降伏

今回、非常に対照的だったのが、有岡城と三木城の二つの結末です。

荒木村重は一度は降伏へ動きます。

しかし最後には有岡城を脱出。

史実でも村重は城を離れ、その後、城に残された妻・だしをはじめとする一族や家臣の妻子が人質となります。村重に尼崎城などを明け渡させることを条件とした助命交渉も成立せず、多くの人々が処刑されました。

つまり、

城主は生きた。
しかし、城主を信じた人々が死んだ。

一方、三木城の別所長治は逆でした。

長い兵糧攻めの末、戦う力を失った三木城。

信長の意向を考えれば、城兵もろとも徹底的に討ち取られても不思議ではありません。

そこに官兵衛が立ちはだかります。

別所氏は播磨の人々から慕われている。

ここで皆殺しにすれば、城を手に入れることはできても「播磨の民の心」は手に入らない。

だからこそ、できるだけ血を流さず降伏させるべきだ――。

官兵衛が「戦に勝つ」ことだけではなく、その後の統治まで見ているところに、まさに軍師としての再生がありました。

そして秀吉から提示される降伏条件。

城兵たちは助ける。
その代わり、別所家の指導者たちは責任を取る。

長治は、それを受け入れます。

ドラマでは、なお徹底抗戦を叫ぶ叔父・別所賀相に対し、長治自身が最後の決断を下す姿が印象的に描かれました。

史実でも、天正8年(1580)1月、織田方についた叔父・別所重棟を介して降伏交渉が進み、長治は城兵の助命を条件として勧告を受け入れます。そして1月17日、長治らが自害し、三木城は開城しました。

ここには、二つの「敗者」の姿があります。

自分が生きるため、他者に結果を負わせた村重。

そして、

他者を生かすため、自分が結果を引き受けた長治。

戦国時代の出来事を、現代の善悪だけで簡単に裁くことはできません。

それでもこの対比は、

「リーダーとは何か」

という問いを、強烈に私たちへ投げかけてきます。


4.別所長治の生涯――23歳の城主が残したもの

別所長治(べっしょ・ながはる)。

通称は小三郎。

東播磨を代表する名門・別所氏の若き当主で、三木城を本拠としていました。

若くして家督を継ぎ、当初は織田信長と主従関係を結びます。信長から「長」の一字を与えられ、「長治」と名乗ったと三木市は紹介しています。

ところが1578年、織田方から離反し、毛利方へ。

かつては「秀吉との確執」が離反の大きな理由として語られてきましたが、近年見つかった史料からは、秀吉方が別所方の城を先に攻撃したことが離反の要因だった可能性も指摘されています。

ここは歴史の面白いところです。

後世につくられた「物語」と、新しく発見される史料によって見えてくる「歴史」は、必ずしも同じではありません。

長治たちは三木城に籠城。

秀吉は正面攻撃ではなく、補給路を徹底的に遮断しました。

約1年10か月。

後世、「三木の干し殺し」と呼ばれる凄惨な兵糧攻めです。

食料は尽き、城内では多くの餓死者が出ました。

そして1580年。

まだ23歳だったとされる若き城主は、城兵や領民の命を救うため、自らの命を差し出すことを決断します。

三木城跡には、長治の辞世と伝わる歌が残されています。

今はただ うらみもあらじ 諸人の
命にかわる 我身と思へば

自分の命によって、多くの人の命が助かるのであれば、もう恨みはない。

その意味を知ると、ドラマで長治が降伏を決断する場面の重さが、まったく違って見えてきます。

そして興味深いことに、長治は「負けた武将」であるにもかかわらず、現在の三木でも大切に語り継がれています。

毎年1月17日には法要が営まれ、長治の首塚も地域の人々によって守られています。

2026年の三木市広報も、23歳だった長治が「人々を救うために開城を決断した」ことを、現在へ受け継ぐべき志として紹介しています。

戦には負けた。

家も滅びた。

天下人にもならなかった。

それでも、440年以上たった今も、その土地の人々が名前を忘れていない。

それもまた、一つの「勝ち方」なのかもしれません。


最後に――人の上に立つということ

今回の『豊臣兄弟!』を見ながら、私は「生き残ること」と「生き様を残すこと」は違うのだと思いました。

荒木村重は生き残りました。

だしは命を失いました。

別所長治も命を失いました。

しかし、後世の私たちが彼らを振り返ったとき、心に残るものは寿命の長さではありません。

最後に何を守ろうとしたのか。

そこなのだと思います。

そして、だしを演じた山谷花純さんが、華やかな俳優という肩書だけに安住せず、普通の社会の中に自分を置き続けようとした姿勢にも、どこか共通するものを感じました。

肩書ではなく、生き方。

勝敗ではなく、最後に何を引き受けたか。

第24回「軍師官兵衛!」。

官兵衛という新たな軍師が誕生した回であると同時に、

「人の上に立つとは、その人たちの運命まで引き受けることなのではないか」

そんなことを考えさせられた一話でした。

最後までご高覧いただき、誠にありがとうございました。
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