じいじ(父)が老後 想定外に活躍していた話
こんにちはと初めまして。おすぬです。
66日毎日投稿のために親兄弟家族総出でネタ出しに励んでおります。
今日はじいじ(父です)の話をさせてください。
年齢のわりに体はシャキシャキ動くが耳の聞こえが悪い父。昨年も新しいちょっとお高めの補聴器を購入しました。(補聴器の付き添いはなんとなく姉担当になってる)
昔は父がクラシックレコードを大音量でかけて母がヒステリーを起こしていたものです。いまは父の聞こえにくさに母はイライラ。
どっちにしても母は苛立っている。
月に数回、様子見を兼ねて私ひとりで実家に行くのですが、
ある日のこと。
父と私が同じ部屋にいました。
「おい、〇〇」
父が姉の名を呼ぶ。(笑)
やれやれと思いふり向くと手招きして
「〇〇、〇〇」
視線がバッチリ合ってもなお。(笑)
「△△だけど」と私が自分の名を言うと
「あ!」
・・・笑ってごまかされました。
(これ、耳の聞こえ問題とは関係ない)
そういえば父は子どもを「ちゃん」付けで呼ぶことはない。いつも呼び捨て。
よそのお父さんたちが「〜ちゃん」とか「〜くん」とか呼ぶのを聞いて違和感しかなかった。なんの冗談なのかと。
(ついで言うと父は母のことは名前じゃ呼ばない。「ちょっと」とか「あんた」ですませてる)
別に「ちゃん」付けで呼んでほしかったわけではないが。
父は愛情表現が苦手なんだろうなあ。コミュニケーションも得意ではない(私もそこは受け継いでる)。職人肌とかそういうのではなく、大人の発達障害のどれかにうっすら当てはまると思う(たぶん私も)。会社員として社内政治どころか、それ以前のところで苦労したのではないかと思ってる。
そんな父は定年退職後、地域の敬老会主催の自然観察会とか蕎麦打ちの会、自分史の会などに積極的に参加していた。会社勤めで少し偉くなっちゃうと、そういう集まりを敬遠して寂しくしょんぼりしてしまう人が多いそうだが父は違った。
母も姉も私も意外に思っていた。
10年くらい前から(もっと前からかな?)ある古典を読む会に参加していた。
途中で先生がやめてしまうと会の代表を引き受け、自分で資料や講座のテープ(昔NHKラジオでやっていたのを録音していた)を用意し、会合の日にちを決め会議室を予約し、カセットデッキを借りたりしていた。
会のメンバーと、ある大学の博物館までその古典の写本を見学しに行ったりもしていた。
しかし最近は気力が衰えてしまったようで、その会も昨年末で解散してしまった。
いまは近くの公民館で体操の会に行くくらい。
「外出の機会が減るとボケるのに云々」
母の文句や小言は止まらない。
実家は今日も平常運転だった。
それではこれにて。ありがとうございました。
(ライラン18日目)
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