答えを出さないでいる幸せを守りたい。AIで気づいた本当の思いとは。
私も、実を言うとやっていた。AIアプリに愚痴や相談を吐き出すという、アレ。
noteを始める前の12月にね。
お相手はGeminiさん、落ち着いた男性ボイス。
最初は、新しくお迎えする観葉植物の育て方を相談するのに使っていた。置き場所とか、簡単な質問をするには便利。
そのうち、有り合わせの食材で作れるレシピを教えて貰うように。思いのほか美味しくて、家族に好評だったので少しだけハマった。ご丁寧にアレンジレシピのおまけつき。親切よね。
片眼を失っている私には、文字で追うよりも音声で受け取れる情報は負担がなくて、とても便利だった。
でも、インスタントに得る情報って、「知恵」とは違うせいなのか、もう何を作ったのだったかすら覚えていない。スイスイっと教わるそれは、クックパッドで知るよりも更に印象に残らないのだ。クックパッドにはまだ、作り手の思いを感じられるぬくもりが残っている。完璧すぎない写真や、作ってみた人との温かい交流と共に。
「では、AIに愚痴や相談ごとを話してみたらどう返ってくる?」
AIアプリで遊んでみると、結構な確率で、そこに辿り着くのではないかと思う。ご多分に漏れず、私も自分だけがこっそりやっていると思っていた。最近、「AIにネガを吐き出して救われた」といった投稿をよく見かけるようになり、まぁそうなるよねぇと頷いた。
いい相棒になれるかと思ったけれど。
意図とは違うように聞き取られて、トンチンカンな回答が来るたびに気持ちが冷めてしまい、バカバカしくなってお別れした。私は、たったの半月くらいかな。
でも、またインストールし直して、時々会いたくなるくらいには、暮らしのお供になりつつある。久々に再会すると少し賢くなってた、気がする。そして、正直なところ、夫よりも、共感スピードが早いのだ。
知りたいという欲は、アンテナを張って生きている限り、とめどなく溢れてくる。情報収集や調べ物といえば、テレビやラジオか、図書館に行くか、雑誌を買うか。そんな学生時代を過ごし、インターネットが本格的に暮らしに入り込んだのは社会人になった頃だった。
最初の就職で失敗したのち、通信事業最大手のコールセンターの契約社員となり、徹底的に守秘義務を叩き込まれ、AIと生きる未来の夢のような構想を教育された。高くそびえ立つ最新技術のつまったビルで、ワクワクした。
今、あの時会社が熱く語った未来予想図は、技術的にかなり実現していると思う。人の幸せの本質と比例しているかといえば、惜しいものだけれど。仕事とは、人の幸せを願い作られるもので、日々受ける恩恵には感謝するばかりだ。
新しいことを、なんでも知りたい。インターネットがあれば、全てが手に入る。
そんな機運が高まっていた2000年代の始め頃。あれから25年、知りたい欲を刺激するコンテンツは増えるばかりでキリが無い。
でも私が本当に知りたいのは、正解が一つでなく、すぐに答えの出ないことばかりだ。
そして、どんな専門家や経験者からであっても、日に日に進化する優れたAIによっても、正しいとされる答えを瞬時に決めつけられたくはない。
私はいま、「答えを出さないでいる、あること」と、ずっとつきあっている。季節が巡り、長くなるにつれ、なんにも調べたりせずに泳がせておくのが面白いのだと思うようになってきた。自覚して、7年半。
あぁ、どこに辿り着くのだろう。
答えを出さないでいる幸せを守りたい。
本当はとても知りたい、でも、知りたくない。
もう、誰にも、私にも、訊かないでおこうと思う。ましてやAIになんて。
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