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フランス人と働くことで、リーダーシップの意識が変わった話

「グローバルチーム」という新たな挑戦

9月からフランス人の正社員が入社し、ロシア人のインターンの方も参加してくれた。
いろいろな方に「フランスの雇用は本当に難しい」と忠告される中で、まさかこんなに早くフランスで正社員を雇うことになるとは思っていなかった。(おかげで人事や経理はてんやわんやですが・・)

社会を本気で変えていくための「ローカライズ」

そんな中で、なぜ正社員雇用に踏み切ったか。

もちろん、応募してくれた本人がとてつもなく素晴らしい方だったというのは当然のこと。

同時に大きな理由になったのは、この会社を本質的にグローバル化していくためには、現地の人による会社運営が大前提だと痛感していること。

それは、「売れるためにローカライズしよう」という話以上のものだ。

HERALBONYがやろうとしているのは、社会を、文化を変えることだ。人々が障害についてどう考えているか、どんな歴史や哲学があるか。そういった背景を理解せずして、「障害者に対する見方を変える」なんてことできるはずがない。

最終的には、フランスの作家さんを、フランスの社員が、フランスの会社に使ってもらうという構造を作らなければいけない。今回の採用はその一歩目だ。

結果として、大成功だったと思っている。

入社する方にとっても相当な覚悟とアドベンチャーだったと思うけれど、受け入れ側もかなり緊張した。
マネジメントとして責任を果たせるのか、大きな意識のズレが発生したらどうしようか……など。

3ヶ月たち大きなトラブルもなく、むしろスムーズすぎるほどに一緒に働けていると感じている。そして、「フランス人は働かない」と言われるけれど、本当にしっかりやってくれている。

「長時間労働は不正義」

他方で、やはり労働時間に対する考え方は、アップデートが必要だと感じている。
彼女たちは「18時に上がれるなら上がりたいです」とはっきり言うし、「長く働かなくて済むなら、そのほうがいいに決まってる」という常識の中で生きている。

嫌味でもなんでもなく素で「なんで18時以降も終わらない仕事量があるんですか?」とすら聞かれた。

日本で同じことを新社会人がいったら「ふうん、この人は根性がないんだな」とか「理想はそうかもしれないけれど現実がわかってない新人だな」と思われかねないのではないだろうか。(今はもう変わってきているのだろうか?)

それくらい、日本では「長時間労働=仕事へのロイヤリティ=その人の評価」となっていると感じる。
この感覚の差は、日本の職場に根強い価値観と深く関係している。

私が経験してきた世界では(日本だけでなくアメリカのMBAで出会った人たちも)「仕事=自分」な人がたくさんいるし、それがカッコいいとすら思われている。
だから、仕事に没頭しすぎて体を壊したりするなんて、私が生きてた世界では珍しいことではなかった。

「忙しいのは認められている証拠」「スタートアップなら長時間労働して当然」という価値観に中で生きていたし

長時間労働を嫌うということは、「コミットが足りない」ということだ——そんな風にすら思っていた。(いや、ごく最近まで思ってた。)

アイデンティティの持ち方が全然違う?

しかしここでは、少なくとも私が見た限り、そんな人はごくごくわずかだ。

「私」というアイデンティティを構成する要素の中で仕事や組織がとても大きいのが日本。初めてあった人に「お仕事はなんですか(=どの会社で働いてますか)」とごく自然に聞く自分がいる。
だから、そこに精一杯尽くすことが当たり前だ。

他方で、フランスでは本当に、驚くほど仕事や会社の要素の比重が低いようだ。「私の人生」がまずあり、そのごくごく一部が会社。

繰り返しいうが、フランス人も(特に弊社で働いてくれているようなとても優秀な若者ならば余計に)仕事で成果を出したいし、社会を変えたい、一生懸命やろうという意思はしっかり持っている。そこは一緒だ。

ただ、仕事のために人生がおかしくなることは信じ難いし、「そんなんじゃちゃんと仕事できなくない?」というのが彼女たちの感覚なのだ。

フランス人はある意味、人間が「生き物」であることをとても当たり前に大切しているなぁと感じる。おいしくて健康なものを食べ、ワインを飲み、人とおしゃべりして、よく休み、寝て、その上で仕事する。

それに比べ日本の労働者は機械のよう。子供を産み、仕事をして、介護をして、最大限生産性の高い生活を目指す。。。

制度的な違いも

また、一定の時間外労働を給与にあらかじめ組み込むということができないフランスでは、当然ながら、働けば働くほど給与=会社にとっての追加コストが発生する。

だからこそ経営者としては、「この人に本当に今日、時間外労働をお願いすべきなのか」「お支払いするコストとベネフィットは釣り合っているのか?」と、必ず自問することになる。給与相場も日本と比べて高いため、その判断はよりシビアになる。

(もちろん、本来であれば日本でもそう考えるべきであることは言うまでもない。)

「長時間労働」を生みやすい、時間に対するコスト意識の低さ

極端だが官僚を始めた当初は、残業代が出ないのが常態化していたし、上司もコスト管理をする立場にはなかった。(今では改善していると聞いています)

つまり、「労働力にはコストがある」「時間は有限だ」という意識すらなかったと思う。

この例は極端かもしれないが、労働時間に制限があると強く意識されなければ、わずかでも価値がありそうであれば「やる」に判断が傾きやすい。だからいくらでも長時間労働が発生するし、それで倒れる人がでてもそれが当たり前だった。

結果、無駄なことも頑張って疲労し、休息が十分でないから、見えないところで本当にやるべきことへの注力ができなくなる、という構図が発生しているのではないか。

グローバル化するためのマインドシフト


なお、何度も言うけれど、前述の彼女も、仕事がピークになれば率先して残業をするし、途中で投げ出すようなことは一切ない。やるべきときはやる。

しかし、彼女たちと働いていると、このスタンスでいいのかという思いに駆られる。

それは、よく聞くような「外国人はちゃんと働かないからマネジメントしっかりしないといけない」というような、上から目線の話ではない。

要は、「仕事は時間内に終わらせるのが当然であり、そのために頭を使い、決断をすべきだ」という考え方を受け入れるかどうかだと感じている。

そこには日本流にはない、ある種の正しさがあるように感じている。

最初から計画を立て、見立てを正確にし、必要なこととそうでないことを見極めれば、もっと効率よく働けるのではないか?
時間に終わりがあり、優先度が低い、あるいは価値が低いことはシンプルに「やらない」と決断できるか。これが大切だと感じる。

グローバル企業を創るリーダーとして


働く時間だけでなくて人生や家族を大切にしたいというメンバーの思いを尊重する方法を、仕事の質を落とすことなく見つけられるのではないか、そういう工夫をしようと本気で上司が思っているか?

それによってより大切なことに全力集中できる環境を作っているか。

「人」という大切な資源を、本当に必要なことに、本当に適切な方法で投下できているか、そこに頭を最大限使う。

私は、そういうことを模索していきたいと考えているし、それができなければ、グローバルチームを引っ張っていくことなんて到底できないだろうと思っている。

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