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うつ病52歳、就労継続支援A型事業所での実体験 ~新たな人生の始まり~

こんにちは!
おっさーと申します。

この自己紹介、書くべきかすごく迷いました。

52歳のおじさんが、自分のことを赤裸々に語るなんて……。

でも、このnoteが誰かの心に寄り添えるなら、それ以上の幸せはないと思い、勇気を出して書くことにしました。

私おっさーのことについて、ほんの少しでも知ってもらえたら幸いです。

そして、このnoteが私と似たような境遇の人の目に留まれば、これ以上の幸せはありません。

2025/1/1


◆おっさーのプロフィール

私の普段の生活をご紹介すると、

Xでゆるゆるポツポツとつぶやいたり(Xアカウント:@ossser_osapin)、
ポイ活サイトを巡回したり。

B1リーグのバスケの試合を現地で応援したり(地元チームをゆるゆると応援してます)、好きな音楽を聴きながらダラダラと過ごしたり。

最近はChatGPTとの会話にすっかりハマってしまって。

「おっさーさん、AIと友だち過ぎでしょ!」って同僚からのツッコミを受ける日々です。

夜は行きつけの居酒屋で、常連さんたちと世間話。

「あれー!? 今日もいるのの?」なんて人生の先輩に声をかけられながら、お刺身と焼酎を楽しむ。そんなごく普通の、どこにでもいるようなおじさんです。

家では大好きなアニメを見ながらまったり。異世界ものにハマって、ポイ活しながら適当に楽しんだり。

本当は、おうち時間の方が大好きなんです。

【注意】ここからは少し重たい話になります。苦手な方は飛ばしていただけると幸いです。

◆うつ病との闘いと、その末に見つけた居場所

現在、私はうつ病・適応障害と向き合いながら、就労継続支援A型事業所で短時間勤務をしています。

ここに至るまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。

2008年春、35歳の時です。

勤めていた出版社が突然の経営破綻。

「明日から来なくていい」と言われ、途方に暮れました。

貯金と退職金を切り崩しながらの就活は9ヶ月にも及び、毎日インターネットと格闘。

やっと見つけた次の職場ですが、そんな職場こそが地獄の始まりでした。

女社長が些細なことで激高し、「あんたバカなの?」「使えない!」「そんなこと聞くんじゃないわよ!」と怒鳴り散らす。

気に入らないことがあると、携帯に夜中でも延々と説教の電話が。

2週間ごとの気まぐれなシフト変更で、体内リズムは完全に崩壊。

「会社に行きたくない病」と自分で呼んでいた状態が、本物の病気になっていました。

逃げ出したい。でも、貯金は底をつき、家賃も払えない。体調は明らかにおかしいのに、休むと「そんなんじゃ社会人失格」と言われる。

2009年夏、ついに限界が来ました。

震える手でメンタルクリニックに電話をかけ、一ヶ月後の初診の予約を取りました。

すぐにでも診察を受けたかったですが、一か月待たなければ診察を受けられないほど、メンタルクリニックは盛況だったのです。

診断結果は「重度の抑うつ状態」。会社に診断書を提出したら「うつ病なんて甘え」と一蹴され、その数日後には解雇予告通知が……。

そこからの1年は、失業給付をもらいながらの生活。

「次の仕事を」と必死に探しましたが、うつ病既往歴のある30代後半を雇ってくれる会社など、どこにもありませんでした。

諦めかけた時、職業訓練校で宅建士の資格取得を目指すことに。給付金をもらいながら、必死で勉強しました。

宅建士の資格は取得できましたが、結局は再就職できず。

「実家で休養しなさい」という両親からの電話に、悔やし涙を流しながら従いました。

体調の良い日は宅建士の資格を活かして家業を手伝い、悪い日はひたすら布団の中。親には「ごめんね」としか言えない日々でした。

やる気が出ない……というレベルではありませんでした。

何をしても楽しくない。感情が薄れていく。まるで、自分の中の色が少しずつ消えていくような感覚。

午前中はベッドから起き上がれず、午後になると「自分の居場所はどこにもない」と、死に場所を探して街をさまよう。

今思えば、典型的な「希死念慮」でした。

消えてしまいたい。でも、死ぬ勇気もない。ただ、苦しまずに自分という存在が、スーッと消えてなくなればいいのに……。

そんな思いで過ごした数年。

少しずつ回復傾向になってきた頃、早朝の清掃のアルバイトを始めました。誰もいない静かなオフィスで、もくもくと掃除をする時間が、不思議と心を癒してくれました。

そんなある日、衝撃的な出会いがありました。

「就労継続支援A型事業所」という場所の存在を知ったのです。

私と同じように悩みを抱えた人たちが、自分のペースで働ける場所がある。その事実が、閉ざされていた心に一筋の光を通してくれました。

ハローワーク経由で見学に行った時、そこはまだ机が数脚置いてあるだけの殺風景なオフィスでした。

でも、「ここなら、私にもできるかもしれない」という希望が湧いてきて。オープニングメンバーとして採用が決まった時は、久しぶりにうれし涙が出ました。

◆配属されたのはWebを扱う仕事

2021年春から、就労継続支援A型事業所でWeb関連の仕事に携わっています。

出版社時代の編集経験を活かして、文章を書いたり、企画を立てたり。顧客からのヒアリング、コンセプト&フレームワーク作成、デザインカンプ……。

短時間勤務から始められ、体調に合わせて働き方を調整できる環境に、心から感謝しています。

2024年3月からはXでの発信も始めました。

同じような境遇の方々とつながれる喜びを知り、このnoteも始めることに。

正直に告白すると、とあるX発信者が思いつきでnoteを執筆。一晩で15万円という売上げを上げたことに、刺激を受けたのも事実です。

◆おっさーの夢

今の私には夢があります。

誰かの役に立ち、同じように悩む人の「道しるべ」になること。

勤務先の就労継続支援A型事業所を、SNSやSEO対策で盛り上げていくこと。

メンタルがやられても生き延びる。そのための本を、いつか出版すること。

52歳のおじさんには、大きすぎる夢かもしれません。

でも、こんな私だからこそ、できることがきっとあるはず。

一歩一歩、前に進んでいきたいと思います。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

スキやフォロー、コメントをいただけると、この上ない励みになります。

同じような境遇の方、これから就労継続支援A型事業所の利用を考えている方、おっさーがどんな道を歩むか、お見守りください。

共に歩んでいけたらうれしいです。


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