【読了】 #120 『セックス・ソバキュリアン』
『セックス・ソバキュリアン』
著:若鮎 ひかり
文学フリマに出店した時にこのタイトルと目があって買わないわけにはいかなかった1冊。
タイトルがまず強い。
一度見たら忘れられないし、何の本だろうと気になってしまう。
失恋した女性がTinderを入れ、マッチした人たちと日記を交換したり、実際に会ったりする半年間の記録。
設定だけでもかなり面白い。
一人で過ごしている時の記述は、淡々としている。
何を食べたか、何を考えたか、どんな気分でいたか。日記としての生活の記録が、静かに置かれている感じがある。
でも、この本がぐっと動き出すのは、やっぱり人と会っている時だった。
Tinderで出会う男たち、会社の同僚、女友達。誰かが登場した瞬間に、文章の温度が少し上がる。相手の言動、距離の詰め方、会話の微妙なズレ。そういうものを見逃さない観察が面白い。
ひとりの時間が静かな背景だとするなら、人と会う場面は前景に出てくる人物たちが急に濃くなる。そこにこの本の良さがあった。
一方で、人と会っている時の記述はかなり面白かった。
Tinderで出会う男たち。会社の同僚。女友達。
その人たちが出てくると、文章が急に動き出す感じがある。
相手の話し方、距離の詰め方、少し変な言動、こちらが感じた違和感やおかしみ。そういう他者への観察がとても良い。
この本の面白さは、主人公が何者かということよりも、主人公が他人をどう見ているかにあるのかもしれない。
人と会うために、都内を軽やかに移動する。
マッチした人と会う。日記を交換する。
時には、わりとあっさり自宅にも招き入れる。
その人間関係のカジュアルさが面白かった。
軽い、と言ってしまうと雑に聞こえるかもしれない。
でも、ここで描かれている軽さは、関係を大事にしていないという意味ではない気がする。
むしろ、誰かと出会うことへのハードルが低い。
人と会うことに対して、身軽でいる。
関係に名前をつける前の時間を、そのまま受け入れている。
そこが良かった。
恋人でもない。友達とも言い切れない。
ただの一度きりの相手かもしれない。
でも、その人の一日を日記で読む。
会って話す。自分の部屋に入れる。
これはかなり不思議な親密さだと思う。
『セックス・ソバキュリアン』は、タイトルだけ見るとかなり刺激的な本に見える。
でも読んでいて印象に残ったのは、セックスそのものよりも、セックスへ向かわないまま誰かと近づいていく時間だった。
人と関わること。
でも、すぐに関係性を確定させないこと。
親密になること。
でも、自分の身体や生活の主導権は手放さないこと。
そのバランスが面白い。
日記という形式も、この本に合っていた。
日記は本来、一人のためのものだ。
でも誰かと交換した瞬間、それは少しだけ共同生活に近づく。
相手が昨日どこにいて、何を食べて、どんな気分で眠ったのかを知る。
一緒に暮らしているわけではないのに、その人の生活の端に触れる。
日記交換という行為には、恋愛とも友情とも違う距離感がある。
この本の魅力は、その距離感にあると思った。
一人の時間の記述には少し物足りなさもあった。
でも、人と会い、移動し、観察し、関係が少しだけ生まれてはほどけていく場面は、読んでいてかなり楽しかった。
誰かと深くつながりたいわけではない。
でも、誰とも関わらずにいたいわけでもない。
その間を、身軽に行ったり来たりする本だった。
人間関係って、こんなにカジュアルで、こんなに曖昧で、それでもちゃんと面白いのだと思った。
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