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【読了】 #123 『多類婚姻譚』

『多類婚姻譚』

著:凪良 ゆう


夫婦。恋人。家族。元恋人。職場の人。これから結婚しようとしている人。結婚をやめた人。結婚の外側にいる人。

同じ社会で生きていて、同じ言葉を使っているはずなのに、見えている景色が全然違う。

登場人物たちがゆるっと繋がっているところもまた魅力。

話が独立しているようで、どこかで誰かが別の誰かと繋がっている。
主人公だった人が、次の話では少し離れた場所にいたり、誰かの人生の端っこに別の物語の気配があったりする。

自分にとっては人生の中心みたいな出来事でも、別の誰かにとっては会話の中に少し出てくるだけの話だったりする。
自分が悩み抜いている関係も、他人から見れば「そういうこともあるよね」くらいの距離で眺められていたりする。

それぞれの登場人物が自分の物語を生きている。
その物語は完全には閉じていない。
誰かの物語が、別の誰かの物語に少しだけ影を落とす。

読んでいて思ったのは、結婚そのものよりも、結婚の手前や周辺にあるものの本だということだった。

好きな人と一緒にいたい。
それだけなのに、そこに生活が入ってくる。
お金、親、仕事が入ってくる。
子どもを持つかどうか、世間体、性別役割が入ってくる。

恋愛中は見なくて済んでいたものが、結婚という言葉を置いた瞬間、一気にテーブルの上に並び始める。

しかも、それは綺麗に並ばない。

怒り、諦め、見栄、不安、依存、プライド、愛情、打算、寂しさ。

ぐちゃっと混ざって出てくる。

一番ゾッとしたのは、ケンカの場面で主語が大きくなる瞬間だった。

「あなた」ではなく、「男」になる。
「私」ではなく、「女」になる。

目の前の相手と話していたはずなのに、いつの間にか相手が巨大な属性になってしまう。

男はこう。女はこう。
どうせ男は。だから女は。

こういう会話、現実でもめちゃくちゃ想像がつく。だから怖い。

もちろん、その大きな主語が生まれる背景には、これまで積み重なってきた不公平や怒りがある。
それは簡単に否定できない。

女ばかりが損をしてきた場面はある。
男側が無意識に得をしてきた構造もある。
だから、その言葉が出てくること自体には理由がある。

でも、目の前にいる相手を見ずに、「男」や「女」として語り始めた瞬間、会話は一気に戦争になる。

相手の個人としての事情や迷いや不器用さが消えて、属性だけが残る。
その感じが本当に怖かった。

結婚って、本来はかなり個人的な関係なはずなのに社会の大きな構造が容赦なく入り込んでくる。

ジェンダー。お金。家族観。世代間の価値観。仕事。出産。老後。

ふたりだけの話に見えて、全然ふたりだけの話ではない。

登場人物たちは、誰も完全には正しくない。
でも、誰も完全には間違っていない。

それぞれに事情がある。それぞれに言い分がある。
自分を守るための正しさがある。

ただ、その正しさが誰かを傷つける。

自分にとっての当たり前が相手にとっては暴力に。
優しさが押しつけに。
努力が脅迫に。

このズレがずっと苦しい。

「いや、それは言いすぎじゃない?」と思った瞬間、自分の中の普通が顔を出す。「でも、この人の気持ちもわかる」と思った瞬間、別の普通が立ち上がる。

読者の中にある"普通"をあぶり出してくる。

自分は何を当たり前だと思っているのか。どこまでなら許せるのか。
どこからは無理なのか。結婚に何を求めているのか。相手に何を期待してしまうのか。

何度も自分の価値観を見せられている気がした。

多様性という言葉は聞こえがいい。

でも実際には、ただ「いろんな形があるよね」で済む話ではない。
いろんな形があるということは、いろんな正しさが衝突するということでもある。

結婚してもしなくてもいい。
子どもを持っても持たなくてもいい。
男が稼がなきゃいけないわけでもない。
女が家庭を支えなきゃいけないわけでもない。

そう言えるようになったことは、たしかに自由だ。

自由になったぶん、自分で選ばなきゃいけない。
そして選んだ先で、相手の選択ともぶつかる。

その自由の明るさだけではなく、自由の面倒くささまで描いている。だから、簡単にすっきりしない。そのすっきりしなさが良かった。

読み終わっても、答えは出ない。

でも、答えが出ないこと自体が、この本の誠実さなのだと思う。

結婚を肯定する本でも、否定する本でもなく、誰かと一緒に生きることの難しさを、難しいまま差し出してくる本だった。

愚かで、面倒で、危うくて、でも少しだけ愛おしい。

誰かの失敗が、誰かの生活の背景になる。
誰かの選択が、誰かの物語の端に触れる。
それぞれ違う種類の孤独を抱えながら、同じ社会の中で生きている。

結婚という言葉が少し重くなったと同時に、少しだけ自由にも見えた。

決められた形に入ることだけが結婚ではない。
誰かと生きることの形は、もっと複雑で、もっと歪で、もっと多類でいい。

その複雑さを、複雑なまま読ませてくれる一冊だった。


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