【読了】 #129 『白夜行』
『白夜行』
著:東野 圭吾
まず、圧倒的な読書体験だった。
800ページを超える大作。
読み始める前は、少し構えた。
でも、いざページをめくり始めると、その長さすらこの作品に必要なものだったのだと思わされる。
短い時間では辿り着けない場所がある。
一気に説明されてしまっては残らない痛みがある。
19年という時間を、読者も一緒に歩かされるからこそ、最後に残る重さがある。
1973年に起きた質屋殺しから始まる。
そこから、桐原亮司と西本雪穂という二人の人生が、長い時間をかけて描かれていく。
ただ、すごいのは、亮司と雪穂の内面がほとんど語られないことだ。
二人が何を考えているのか。
何を望んでいるのか。
本当に互いをどう思っていたのか。
読者は直接知ることができない。
周囲の人たちの視点。事件の断片。
誰かの証言。残された痕跡。
そういうものを拾い集めながら、二人の輪郭を想像していくしかない。
この書き方が、本当にすごかった。
普通なら、主人公の気持ちを知りたくなる。
なぜそこまでしたのか。
なぜそこまで互いを必要としたのか。
それを言葉で説明してほしくなる。
でも『白夜行』は、そこを最後まで簡単には渡してくれない。
だからこそ、読んでいる間ずっと不安になる。
見えているはずなのに、見えない。
近づいているはずなのに、届かない。
わかりそうなのに、わからない。
その感覚が、作品全体を覆っている。
亮司はなぜ、雪穂のためにあそこまで動いたのか。
雪穂は亮司をどう思っていたのか。
あれは愛だったのか。共犯だったのか。
依存だったのか。利用だったのか。
それとも、その全部が混ざった、名前のつけられないものだったのか。
たぶん、はっきり答えが出ないからいいのだと思う。
もしこれが「恋心でした」と簡単に説明されていたら、逆に少し冷めてしまったかもしれない。
説明できないほど歪んでいて、説明できないほど強いから、この二人の関係は怖い。
『白夜行』には、人間の悪意がずっとある。
わかりやすい悪役が暴れるというより、もっと静かで、もっと粘度の高い悪意だ。
人を利用すること。
人の人生を壊すこと。
自分が生き延びるために、誰かの光を奪うこと。
そこに甘さがない。
読んでいて何度も嫌な気持ちになる。
でも目をそらせない。
人の心の暗い部分を、どこまで見つめられるのか。
この小説は、それを読者にも問いかけてくる。
そして同時に、これは「絆」の物語でもあると思う。
ただし、あたたかい絆ではない。
太陽の下で手を取り合うような関係ではなく、おぼろげな光の中で、互いの影だけを頼りに歩いているような関係。
タイトルの『白夜行』が本当に効いている。
白夜は、夜なのに明るい。
明るいのに、太陽はない。
雪穂は社会の中で美しく輝いているように見える。
亮司はその裏側で影のように動いている。
でも二人とも、きっと本当の昼の光の下を歩くことはできなかった。
明るい夜を、ずっと歩いていた。
そのことが切ない。
とはいえ、この作品を純愛の物語としてだけ読むのも少し違う気がする。
たしかに、二人の間には痛いほど強い繋がりがある。
でもその繋がりは、誰かを傷つけ、人生を狂わせ、取り返しのつかないものを積み上げていく。
愛と呼びたい気持ちもある。
でも、愛という言葉で綺麗にしてはいけない気もする。
そこがこの小説の苦さだった。
終盤、残り100ページあたりから、点と点がつながっていく感覚がある。
それまで散らばっていた出来事が、少しずつ一本の線になっていく。
この長さで、これだけ多くの人物と時間を描きながら、最後にはちゃんと物語として収束していく。
その構成力に圧倒された。
長い。暗い。救われない。
それなのに、読み切らされる。
むしろ、この長さを歩いてきたからこそ、最後の余韻から抜け出せなくなる。
『白夜行』は、事件の真相を追うミステリーでありながら、人が闇の中でどう生き延びてしまうのかを描いた小説だった。
読み終えた、というより、長い白夜を歩かされた感覚に近い。
亮司と雪穂の内面が語られないからこそ、二人の沈黙がずっと残る。
あれは愛だったのか。悪意だったのか。
救いだったのか。呪いだったのか。
答えは出ない。
でも、その答えの出なさごと、忘れられない。
800ページを超えてなお、まだどこかで二人が白い夜を歩き続けている気がする。
これが、圧倒的な読書体験というものなのだと思った。
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