#偏見を壊すnote|2.前例がないという言葉が、静かに線を引いた
前に進めなかった理由は、
はっきりとは示されませんでした。
断られたわけでもなく、
禁止されたわけでもありません。
ただ、ある言葉を境に、
話の流れが少し変わったように感じました。
見えない線が、
いつの間にか引かれていた。
そんな感覚だけが、残っていました。
この連載は、
その距離を言葉にしていく記録です。
はっきりした答えが、どこにもなかった
返ってきたのは、
はっきりとした「できます」でも、
はっきりとした「できません」でもありませんでした。
何が足りないのか。
どこまで整えば進めるのか。
その基準は、言葉として示されないままでした。
決まらないこと自体が、
否定ではないと分かっていても、
待ち続ける側にとっては、
次の動きを選べない時間になります。
進んでいいのか、
もう少し待つべきなのか。
判断の手がかりがないまま、
足元だけが不安定になっていきました。
答えが出ていない、という事実だけが、
静かにそこに残っていました。
「前例」という言葉が出てきたとき
その言葉は、
強く告げられたわけではありませんでした。
説明の途中で、
そっと添えられるように出てきただけです。
「前例がないので」
そう言われた瞬間、
それまで続いていた話の流れが、
少しだけ変わったように感じました。
否定されたわけではありません。
ただ、その先の話が、
自然と広がらなくなっていきました。
前例がない、という言葉は、
可能性を閉じるためのものではないはずです。
それでも現実には、
誰も次の判断を引き受けなくなる合図のように
響いてしまうことがあります。
線を引こうとした人はいません。
ただ、その言葉を境に、
進む方向が見えにくくなった。
そんな静かな変化だけが、残っていました。
決められない理由が、当人には共有されていなかった
なぜ決められないのか。
その理由が、はっきりと示されることはありませんでした。
情報が足りなかったのか。
判断する材料が揃っていなかったのか。
あるいは、誰か一人では決めきれない内容だったのか。
そうした整理は、当人には伝えられないままでした。
誰かが怠っていたわけでも、
意図的に止めていたわけでもありません。
ただ、判断に必要な情報が、
当人の手元まで届いていなかったように見えました。
それぞれが、それぞれの立場で考えていた。
けれど、その考えが重なり合う前に,
話は一度、止まってしまったようにも見えました。
理由が分からないまま待つ時間は、
不安を大きくします。
決められない背景が見えないことで、
距離だけが、少しずつ広がっていきました。
待つしかない時間が、長く感じた
「少し様子を見ましょう」
その言葉は、柔らかく響きました。
急がせないための配慮だったと思います。
けれど、待つ側の時間は止まりません。
生活は続き、予定は重なり、
日々の判断は、その都度求められました。
何かが決まるまで待つ。
そう言われても、
いつまで待てばいいのかは分からない。
目安が示されないまま、
時間だけが積み重なっていきました。
待っている間にも、
小さな選択は続きます。
その一つひとつが、
「本当にこのままでいいのか」という迷いを
少しずつ増やしていきました。
時間が長く感じられたのは、
何もしていなかったからではありません。
決まらないまま進む日常の中で、
判断の重さだけが、残っていました。
決まらなかったことも、出来事として残っている
結局、その場で何かが決まることはありませんでした。
書類は動かず、
状況も大きく変わらないままでした。
けれど、何も起きていなかったわけではありません。
決まらなかった、という事実そのものが、
確かにそこに残っていました。
進めなかった時間。
待ち続けた期間。
その間に積み重なった迷いや判断は、
後から振り返ると、はっきりとした重さを持っています。
結果が出なかったとしても、
その過程は、消えてしまうものではありません。
決まらなかった時間もまた、
一つの出来事として、今につながっています。
次に語るのは、
なぜその判断が止まりやすかったのか。
その背景にあった、別の距離について触れていきます。
✎*・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
決まらなかった時間は、
ただ止まっていたわけではありません。
言葉にならない気持ちとして、
静かに、胸の奥に残っていました。
📌 #偏見を壊すnote
制度や判断は、
決まるかどうかだけで測れるものではありません。
立ち止まった時間にも、
それぞれの意味があります。
この連載は、その場所にそっと目を向けています。
「#偏見を壊すnote」シリーズ、次は「支援の不在」の話に続きます。
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