見出し画像

外国人労働者のミスを「外国人だから」と指摘するのは差別か? 現場の現実を直視すべき理由



昨日起きた福島県須賀川市森宿での交通事故。

私も土木の仕事をしていますので、バックホウをトラックに載せて移動することは頻繁にありますが、

あんなに高い歩道橋にあてるなんて、まずありえないことです。
いったいどういう積み方をしていたのかと疑います。

おそらくブームやアームを上げたまま積んでいたのかもしれません。

そしてこの事故を起こしたのが外国人の方だったようです。
そこで以下のような投稿を私はしました。


すると以下のようなコメントが来ました。

「外人だからとかでは、なくその会社の、教育がよくないのではないでしょうか?外人差別的な言い方はよくない。日本人ですらやるミスだし……今の日本は外人の助けが無ければやっていけません!」

「取り消してください」とのことで、この手のタイプの方は、自分の考えと相いれないものについては、他者への言論封殺を好みます。

しかし、このような「差別だ」と感情的に封じる議論に、私は違和感を覚えます。今日はその理由を、現場の実態を踏まえて整理します。

1. 「教育の問題」と「外国人特有のリスク」は両立する

確かに、多くの会社で外国人労働者への教育が不十分なケースはあります。
しかし、それで「外国人だから」という指摘そのものを全部否定するのは早計です。

日本語力が不十分なまま現場に入ると、指示の微妙なニュアンスが伝わらない危険箇所の共有が遅れる暗黙の安全ルールが理解されないといった問題がどうしても発生します。これは日本人労働者には基本的に存在しない「追加のリスク層」です。

日本人でもミスはしますが、母語・文化・現場慣習が共有されている前提でのミスと、それらが十分に共有されていない状態でのミスは、重みが違います。特に建設、製造、物流などの現場では、小さなコミュニケーションギャップが重大事故につながる可能性があります。

2. 人手不足と「無条件受け入れ」は全く別の話

「今の日本は外国人の助けがなければやっていけない」というのはよく言われることです。少子高齢化は深刻で、介護・建設・農業など多くの分野で外国人労働者に支えられる必要があるという意見がどんどん増えています。

しかし、ここで大事なのは「量」ではなく「質」です。

  • 日本語力や技能、適応力の高い外国人労働者を受け入れ、しっかり教育する

  • リスクが高いケースは選別し、管理を強化する

これができていないと、トラブルが増え、結果として「外国人不可」の現場や現場責任者の不信感が広がります。
「人手不足だから何でも受け入れろ、批判するな」というのは、短期的な穴埋めでしかない悪循環を生むだけです。

3. 「差別」という言葉で現実を封じ込める手法

現場で実際に働いている人たちから上がる声には、感情論ではなく経験に基づくものが少なくありません。

  • 繰り返される指示無視や安全ルール違反

  • 言語の壁による連携ミス

  • 文化的な仕事観の違い

これらを「外国人差別」と一括りにして取り消しを迫るのは、現場で責任を負う日本人管理者や同僚に対する不公平でもあります。

外国人労働者側が「なぜ現場に入れないのか」と切実に訴える気持ちは理解できます。
しかし、同様に日本人側も「なぜトラブルが繰り返されるのか」を切実に訴える権利があります。一方だけを優先して「差別だ」と封じる議論は、結局、誰も幸せにしません。

外国人を差別するな、と声高に主張する人がいますが、現実には全く逆の不公平が起きています。

外国人が警察に捕まった場合、通訳が不足しているという理由で十分な取り調べができず、結果的に釈放(無罪放免)されるケースが多くあります。 罪を犯した外国人が「通訳がいない」という理由で守られ、被害を受けた日本人が泣き寝入りせざるを得ない状況は、明らかな不公平です。

「差別するな」と言う人たちは、こうした現実を無視してばかりです。 外国人に対する「優遇的な甘さ」や制度の不備が放置されているのに、現場で問題を指摘する側だけを「差別」と非難するのは、本末転倒も甚だしいと言わざるを得ません。

通訳体制の不備は確かに問題ですが、それを「外国人差別」と呼ぶ前に、日本人被害者に対する不公平をこそ真っ先に問題視すべきです。このような現実があるからこそ、現場や一般市民の間で外国人労働者への不信感が高まっているのです。

4. 本当に共存を目指すなら、現実を直視するしかない

解決策はシンプルです。

  1. 受け入れ企業は日本語教育と安全教育を本気で強化する

  2. 外国人労働者側も現地のルールを真剣に学ぶ姿勢を持つ

  3. 国・企業・現場はデータに基づいたリスク管理を行う(事故率、トラブル事例など)

  4. 感情的な「差別」レッテル貼りではなく、建設的な議論をする

理想論だけでは現場は回りません。
「多文化共生」という綺麗な言葉の裏で起きている現実的な摩擦を、無視したり感情的に否定したりするのではなく、真正面から向き合う時期に来ています。

最後に

外国人労働者に頼らざるを得ない日本という現実を認めつつも、無批判に受け入れる必要はないというのが私の立場です。
必要なのは「量の確保」ではなく、「質の確保」と「相互理解の本気度」です。

感情的に他者の発言に対して「取り消し要求」などをするのは、自由な言論が許される国ではありえないことです。そうではなく、データと現場の声に基づいた冷静な議論を望みます。それが本当の意味で、外国人労働者を含むすべての人が働きやすい環境につながるはずです。



いいなと思ったら応援しよう!

大坂佳巨 現場取材や資料調査、地域での活動を続けながら発信しています。 「この視点は必要だ」と感じていただけましたら、応援のチップをいただけると励みになります。いただいた支援は、取材・発信活動に活用させていただきます。