夢の世紀


『異星』としての二十世紀
前回書いた、〘テレビ時代が2010年まで続いた〙といった推論は、一種の『昭和』の拡大解釈であるとしても、時代の本質に迫る描写であるはずです。
『現時点でのAI』は、論理の抽象性だけを、至上の価値だと判断することを求めます。

・「情報社会」には意味がない


2010年までは現代とは別世界で、地球3個分の壮大さ、広さを持っていたと思えるほどです。

今回は量子技術・AGIなどの『2030年代技術』を扱いますが、それがいかに情報社会の出口となるは不明です。それは
人間に可能か?AGIには可能か?

昭和型GMSの跡地は懐かしいですが、解決策はGMS建設のような都市計画ではありません。
二十世紀・昭和レトロはいまや懐古趣味ではないですが、
気付いたらそうなってしまうのです。
なぜnull[無]か。
いま『夢』は、かつてなく両極端な意味をもっています。

《まだ キャプテン翼ではなかった》

🐱『外国が強い』という幸せ サッカーワールドカップと世界史


2022年ワールドカップカタール大会の、『ドーハの歓喜』は記憶に新しい。
日本代表は強豪国・ドイツに勝ってグループステージ敗退に追いやり、
同じ組のスペインにも歴史的勝利を挙げた。
両試合とも、1993年の『ドーハの悲劇』と対比される、日本サッカー史の転換点。

1993年10月28日。Jリーグが発足した年。日本は『勝てばW杯初出場』が決まる状況で、カタール・ドーハでのアジア最終予選・日本対イラク戦を迎えた。
日本は後半終了時点で、2対1でリード。しかし、1分追加されたアディショナルタイムの17秒経過時、コーナーキックから同点ゴールを許す。
その数十秒後、試合は2対2で終了。この引き分けにより、日本は得失点差で3位となり、W杯初出場権を逃した。
※日本に代わり出場を決めた韓国では、『ドーハの奇跡』と呼ばれた。


夢まであと数十秒というところで、その夢が消えたことは、何もスポーツに限らず、仕事や試験などでも、病気や事故でも、1秒・1点が、人生を左右することは珍しくない。そして『あのとき、ああしてればよかった』という後悔だけが残る。
個人的には、自分の誕生日が1993年秋で、
父親が他界したのが2022年11月だった。
例年夏期、6月に開始されるワールドカップが、11月に開催されたのは、
百年に及ぶW杯の歴史で、2022年カタール大会だけだという。

2022年12月1日28:00(現地時間12月1日22:00)
『ドーハの歓喜』での、スペイン戦の決勝点『三苫の1ミリ』は、その一瞬・一場面が日本代表を勝利へいざなったという意味で、その価値は語り継がれることとなった。

https://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=122042


そして『ワールドカップ優勝』を目指して迎えた今大会は、親善試合ではあるが、カタール大会終了後に、強豪国ブラジル、イングランドに勝利したうえでのW杯だった。
そのブラジルとの再戦は、決勝トーナメントでは、日本にとってワールドカップ優勝国との初対戦となる。
なお、森保監督がピッチに立っていた、1993年の『ドーハの悲劇』で逃したのは、W杯アメリカ大会でもあった。
世紀末を跨いだ、1993年から2026年という膨大な歳月。サッカー日本代表の歴史は、平成時代・情報社会の、ひとつの写し鏡でもある。

日本は、W杯優勝5回を誇る王国・ブラジル相手に互角以上の戦いを見せ、前半29分に先制する。
しかし、後半11分、怒涛の猛攻を見せ、ゴール前へ次々にロングパスやコーナーキックを繰り出すブラジルに、同点に追いつかれる。
そして、圧力を強めるブラジルに対し防戦一方となった日本は、ゴール前での堅い守備で何とか持ちこたえていたが、
後半終了まで残り1分となったアディショナルタイム5分
ブラジルがついに勝ち越しのゴールを決める。
森保監督率いる日本代表が強豪国を倒してたどり着いた、W杯アメリカ大会という夢の舞台で、
いつかと同じ、またしても『残り1分』で、勝利を逃すこととなった。




アディショナルタイム6分まで残り1分となったAT5分、FWマルチネリに決勝ゴールを決められた。
試合時間95分でのゴールは、詳細な記録が残る1966年以降では、W杯決勝トーナメント史上最も遅い決勝ゴールだった。

英紙「ミラー」は「W杯のスター選手が、対戦相手に何を伝えたのか、読唇術師が解読した」と題する記事を掲載。クーニャは田中の肩に手を置き、目をまっすぐに見つめながらこう言ったという。
「どうした、兄弟。でも、これって悪くないよ。リスペクトしか感じないぜ、兄弟。君は本当にリスペクトされる存在だ、兄弟」
さらに、クーニャは田中の胸を軽く叩くと、次のように付け加えた。
「仲良くしよう。それが一番いいんだ。サッカーはただのゲームだ。君は国のためにプレーした。みんなが君を尊敬しているよ、兄弟。よくやったよ、兄弟。国民やファンのために笑顔を見せろ!」
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/394154
オランダ代表は、日本戦で同等の相手に対する戦術を採っていたといい、試合後のブラジル選手の振る舞いは、日本が世界10位辺り❔の存在になってきたという印象を持たせました。
[⚽️追稿⚽️]
決勝トーナメント2回戦
🦊ノルウェーがブラジルに勝利。ノルウェーはFIFAランク31位で、国際大会でブラジルに五戦負けなし(3勝2分)。ヨーロッパと南米のよく分からない文化です。
準々決勝
✨フランス、アルゼンチン、スペイン、イングランド✨が4強に。これはFIFAランクの1位~4位と超順当。近年の日本代表はスペイン、イングランドに勝っており、今後に期待です。
準決勝[7月15日・16日]
フランス0-2スペイン
イングランド1-2アルゼンチン
決勝[7月20日]
スペイン1-0アルゼンチン
⚽️サッカーW杯関連の記事はまた後日別に投稿します。



次 次 次だよ
ずっと時が 流れていくということ
みんなが新しい景色
最高の景色を目指していけば
必ず 歴史が変わるということ
2022年12月6日(火)
クロアチア戦(決勝トーナメント)敗退後の森保監督の言葉


🐶不確実性と偶然、『夢』と『感動』

私たちは、100年以上前から全く変わっていない、『最高の景色』という世界の深淵に感動する。
同じルール、同じスタジアム、そこに広がる人の営為。
近代的『新奇性』は無い。
選手の日常における、絶えざる、そして見えざる極限の努力が、テレビ画面に映る、頂上における、挑戦の舞台で結実するかどうかは、
毎回まったくの偶然に左右されて、変化してしまう。
そこには、根源的な『新しさ』がある。

情報化社会で排除されてきた『運』や、『変わらないこと』といった不合理な事象の交錯が、熱狂の源泉となっている。選手達の辿った運命は多くの人の心を動かす。それは人間の根源であるから。

反対に、文明や技術革新は、人の『心』にとっては無意味なことが、ここでも、またしても痛感される。
便利・快適になればなるほど、正解が、合理性が世界を覆うほどに、偶然性は、好奇心、他者への関心は減少して、痩せ細ってゆく。
新商品は色褪せ、世界は色を失う。今年には、お菓子のパッケージさえ白黒になった。これが九〇年代以後、殊に2010年以降の日本社会の陥った状態といえる。

昭和期、日本は世界一の経済大国になった上、平成期には文化大国になった。

日本文明は長らく劣等意識で推進されてきたが、いつか世界を席巻するようになった。

世界を背負う国家。欧米では盛んに日本車が走るが、日本列島でアメ車は走っていない。世界中で日本製の家電が流通するが、国内ではヨーロッパ製の家電は売れない。
欧米のクリスマスプレゼントに、ポケモンゲーム。抹茶ブーム。スタジアムのピッチを出れば、ここから20年遅れた世界が広がっている。

『強豪国』は、日本にとっての日本といえる。
外から見た『夢の国』は不安や鬱憤に満ちていて、案外、途上国の方が、生活は幸福度に満ちる。人生はまったく単純ではない。

人間とは、精密機械とはちがうらしい。
敗退したのに、活力が湧いてくる。『歓喜』のつぎに悲劇が来たことは、悲劇ではない。
それはまた、次なる冒険に連れてゆく役割を持ち、挑戦は続いてゆく。複雑な生命体は、闇雲に成功し続けるためだけに存在はしていなかった。
今大会では、『夢』とは何か、理想や未来社会という明日(あした)を追いかける人生の基礎条件とは、『歴史』とはなにか、体感的に垣間見せられた気がした。


『2030年代技術』
2020年代後半以降、人を超えた能力を持つAI革命を中心に、多くの技術革新が控えていますが、今回のW杯を通して、日本は海外とは
⚽️社会の構造があまりにも違う⚽️
ことを実感しました。サッカー強豪国には、例え経済大国ではなくとも、人生を楽しむ態度が、社会全体の基本線にあります。

クーニャ選手は、試合後に田中碧選手を慰めた直後、塩貝選手に対して挑発的行為をしたことが話題になっていますが、
これは『裏表がない』性格を体現してもいます。
海外にあって、日本にない文化です。日本は、本音と建前が作用する最文明国です。
このこと鑑みると、いまの『情報社会』の文脈では、日本の幸福度の低さが経済大国にした、となってしまいます。
しかし昭和期には、世界史に類のない、幸福度も高い『一億総中流』を実現したのも事実です。これは人を超えたAI革命の目標であるべきです。

また、選手や日本代表といった表象を作り出すには、平成(特に2010年)以後弱まった、大きな虚構[fiction]の力が働いています。
社会活動すべて純粋な『演技』に過ぎません。場が、舞台の磁場が、人格や生きられる意味という虚構を作り出すことも実感しました。
『異国』の異邦人との交流。異文化との邂逅は、日本史の根源です。W杯には、二十世紀ほどではなくとも、IT革命以前の世界の本質が、まだ残っています。
2030年代には多くの技術革新が控えていますが、平成以来の使い方を変えて、情報社会を変えていくことが重要に思えます。

⒈量子技術
まず、AI時代の深化に並行して、『量子コンピュータ』の実用化が迫っています。この文脈では、それに対して、スーパーコンピュータ含め、現行のものは『古典コンピュータ』と呼ばれています。
量子コンピュータは、原子ひとつずつを単位に計算をする、次世代型のコンピュータです。その性能を表す単位は『量子ビット』と呼ばれます。
ミクロの世界では、原子の振る舞いは確率的に無数にあり、原子一つずつが無限の情報量を持ちます。それを計算に利用するという技術です。その研究は1980年代から続いてきましたが、
2019年、Googleが『量子超越性』を宣言しました。量子コンピュータが古典コンピュータの性能を初めて上回ったことを意味しますが、これは平成改元の年の出来事です。
その後、Googleは『量子誤り訂正』にも成功し、米中、日本も量子コンピュータの開発を進めています。2025年には、国産の量子コンピュータ『叡』が、大阪・関西万博で展示されました(知名度ゼロ)。
また、1925年に量子力学の本格的な研究が始まってから100周年を迎えた2025年は、ユネスコの「国際量子科学技術年」にも制定されています。

https://www.mext.go.jp/content/20240201-mxt_chousei02-33811_5.pdf
『量子技術』は、高市政権の目玉政策でもあります。2030年には量子技術の利用者1000万人という目標が掲げられています。

2030年までに200万量子ビットの世界最高性能の量子コンピュータを開発し、創薬、材料科学、金融、物流、サイバーセキュリティ、防衛分野等におけるイノベーション加速を目標としている。
なかでもアメリカのIonQ社は、『200万量子ビット』を2030年に実現すると、今年発表しています。
日本のNTTも、2030年の100万量子ビットを目標に掲げ、富士通も100万量子ビットに匹敵する量子コンピュータ実現を発表しています。
日本の量子コンピュータ開発の第一人者である、物理学者・北川拓也氏は、量子技術の実用化による『計算科学』の展望について、
〘ノーベル賞級の発見が1時間に1回生まれる〙
という表現で説明しています。

自然界の現象は、植物の光合成から地球温暖化まで、古典コンピュータでは扱えない原理で動いています。
量子コンピュータは『量子力学』を計算可能にして、いま扱えない問題を解決してゆくことができる技術革新です。さらにAI革命とも相性が良く、相互作用して発展していくということです。


⒉AGIと『2027横浜』

最近、会見では高市総理の後ろに、2027年の国際園芸博のキャラクターが映っています。
孫正義氏や落合陽一氏は、来年のAGI実現を主張しています。
※人類の叡智総和の10倍賢い存在
2027年横浜の『国際園芸博覧会』では、AGIがテーマである、大阪・関西万博の目玉パビリオン『null²』の続編❕が展示されます。
万国博覧会には大小の二種類あり、思えば、1990年の『花博』が大阪市で開催されましたが、それは『IT革命』と情報社会の開始と重なっています。
そして横浜で博覧会が開催され、AGIが実現するとされる2027年以後には、情報社会からの転換が図られることが期待されます。


⒊『1ナノ半導体』
今年、近い将来に熊本の台湾・TSMC社の工場で、最先端『3ナノ半導体』が製造されることが決まり話題になり、ラピダスでは『2ナノ半導体』の実用化が進められています。
そして先日、ついにアメリカ・IBM社で『0.7ナノ』半導体の製造技術が発表されました。

原子一個の大きさは1ナノ以上あります。
よって、現在の『2ナノ』や『0.7ナノ』といった半導体プロセスの名称は、実寸法ではありません。それが一致していたのは2003年頃の90ナノ世代までであり、
2005年の65ナノ世代以降は、それまでのような半導体の微細化は物理的な大きさの限界に突き当たり、単純に『◯ナノ=最小寸法』とは言えなくなっています。

また、半導体[トランジスタ]の微小化は、2000年頃の180ナノ世代で、『経済的限界』にも突き当たっています。180ナノは製造設備の費用対効果が維持できた最後の世代とされています。
そして、2000年代後半から、半導体は微細化ではなく、立体的な積み上げによる集積によって、『2ナノ』といった性能の向上が実現されています。
〘半導体の研究開発が、大きさが『0メートル』の原子サイズに達した結果、古典コンピュータに代わったのが量子コンピュータである〙
という展開が分かりやすそうですが、
実際には3次元での集積による、現行の半導体の時代が、今後もしばらく続くとされています。

⒋『6G[第6世代移動通信システム]』

5Gの次に来る通信規格「6G」とは | 株式会社 日立ソリューションズ・クリエイト
AGI、量子コンピュータが2030年頃に実用化されるといわれますが、2030年代は『6G』の時代でもあります。
昨年末、noteで『Beyond[ビオンド]SDGs』の記事を発見しました。『SDGs』は、2015年採択、目標期間は
2016年から2030年
です。これは昨今の世相と驚くほど一致しています。そして、その後に
『Beyond SDGs』の時代が来るとされ、移動通信システムでは『Beyond 5G(6G)』が2030年に導入されます。

第1世代(1G)から第5世代(5G)はおよそ十年周期で変遷してきましたが、『情報社会』において、それはあまり良い方向へは働いていません。
6G技術は、延長ではなく、
AGIや量子技術とともに、情報社会後のSociety5.0『未来社会』を切り開くことが期待されます。

第1世代(1G)から第5世代(5G)まで約10年周期で世代交代が行われてきた。
現在は、商用サービスとして4Gが幅広く使用されているとともに、2020年(令和2年)より5Gの商用サービスが開始され、サービスの普及が進みつつある段階にある。
Beyond 5G(6G)は、5Gの次の世代の情報通信インフラとして、2030年代のあらゆる産業・社会活動の基盤となることが見込まれており、これまでの無線通信の延長上として捉えるのではなく、有線・無線や陸・海・空・宇宙等を包含したネットワーク全体と考えられている。

太陽とブラックホール
・『AI』は1960年代から存在

『AIブーム』は、1960年代という昭和の工業社会の昔から存在しています。よって、近年のAIという語には曖昧な使用法が見られます。
2010年代のAIと2020年代の生成AI、
そして2030年代の人を超えたAI。全部まったく違うものです。
また、1946年に誕生した『コンピュータ(真空管式 ENIAC)』にしても、起源は1800年頃の機織り機『ジャガード織機』に遡ります。

二十世紀のコンピュータは、半導体は、AIは、文明社会の『太陽』でした。
1946年、アメリカで世界史上初のコンピュータが登場しましたが、真空管式であり、半導体ではありませんでした。
1947年、その要としての『トランジスタ』が発明されます。『半導体産業』の出発点です。その後、『集積回路[IC]』時代、60年代の電卓戦争で、戦後の日本企業はアメリカに迫る大躍進を遂げます。
シャープ、キャノン、NEC、東芝、三洋電機、日立製作所、松下電器産業。

https://www.nippon.com/ja/features/h00344/
1971年に、米・インテルが世界初の『マイクロプロセッサ[Intel4004]』を発表しましたが、これは日本の電卓産業が契機となったものでした(日本の電卓メーカー・ビジコンの『LSI大規模集積回路』)。
〘コンピュータ史〙
⒈真空管(1946年~)
⒉トランジスタ(1950年代後半~)
⒊集積回路(1960年代後半~)
⒋マイクロプロセッサ(1971年~現在)

最初のマイクロプロセッサ
・1971年 Intel4004
製造プロセス 約10μm(10,000nm)
トランジスタ数 約2300個
これまで、1970年大阪万博は1969年の月面着陸や、その後のアメリカ文化の流入としてしか知りませんでしたが、
1971年から現在に至る、マイクロプロセッサ時代の開始点でもあったのです。高度成長期と一億総中流と同義の、まさに戦後日本の『太陽』的存在。

しかし、マイクロプロセッサによる金融の構造の変化で、1973年より世界経済は『変動相場制』に移り、巨視的にはそれが、九〇年代以後のグローバル化にも繋がります。
そして2025年の大阪・関西万博。まさに『ブラックホール』の時代の博覧会の会場で、
今年になって知ったのですが、『AGI[汎用人工知能]』も、『量子コンピュータ』も、展示されていたのです。

驚くべきは、自分が書いたはずの昨年6月21日の記事。
AGI及び『Society5.0』に関する記述が随所にあります。
※投稿後、修正はしていません🐶



1970年万博では、『マイクロプロセッサ』の展示はまったく無かったと言います。
2025年万博では、AGIも、量子コンピュータも展示がありました。今後どう展開していくでしょうか。

・ムーアの法則とデナード則

戦後世界を通して、半導体の微細化が、世界経済の成長を牽引してきましたが、それには
『ムーアの法則(1965~)』と『デナード則(1974~)』が関係しています。
・『ムーアの法則』
半導体に集積できるトランジスタ数は2年毎に2倍となるという経験則
・『デナード則』
半導体を微細化すると、消費電力を増やさず性能を向上できるという設計則

2000年頃、半導体産業は経済的限界に陥りました。1999年の180ナノ世代からですが、ここからはマイクロプロセッサでも、特に『ナノプロセッサ』時代と呼ばれています。
そして、2005年に『デナード則』は破綻しています。先述の通り、2000年代には、実寸法ではなくなりました。
インテルの創業者ゴードン・ムーア氏が提唱した『ムーアの法則』も、2015年に終焉しています。これは日本社会の変遷と大方一致しています。
マイクロプロセッサ開発の鈍化が、経済・社会停滞の最大の原因ですが、ムーアの法則は半導体としては終焉しても、技術革新自体は、AI革命や量子技術で、続くどころか、一層加速しています。
これは毎秒演算やAIの総計算量など、多くの議論があり、少なくとも日本社会においては利益は少ないのが現用です。
まずはAGIが情報社会の構造をどれだけ変えられるかが問題だと思います。



『Society5.0』について

・狩猟社会 十万年前~
・農耕社会 一万年前~
・工業社会 1770-
・情報社会 1990-
九〇年代から続く情報社会の次の段階が、『Society5.0』であり、これはSDGsと同じく2015年に提唱されています。
2030年代には、AGI・ASI、量子、6Gなどの実用化が重なり、SDGsも2030年までとされているため、あと数年で情報社会の構造から転換していくことが期待されています。

まずは2027横浜が、次の日本の政策の展示場となりますが、昨年の万博では、今回記事にしたような『2030年代技術』が、そこまで周知されたでしょうか。

少なくとも関西圏では大成功に終わり、大屋根リングや会場内のパビリオンの活気・熱気には凄まじいものがありました。
しかし、マイクロプロセッサと比較したときのAI革命や量子コンピュータの革新性を考えると、関西一円のフェスとなったことも確かです。
無縁社会・分断社会における報道の在り方が問われています。

『多様でありながら、ひとつ』
を謳った、夢洲の大屋根リングは一部を残して解体され、現在はカジノを含むIR[統合型リゾート]が建設中です。
『いのち輝く未来社会のデザイン』を掲げた、昭和という『夢の世紀』の再開が期待されます。




『大人の世界』九〇年代



90年代バブル研究を掲げつつ、今まで『小室サウンド🎼』への言及がなかった気がします。平成生れのため、小室サウンドは、幼少期を思い出させます。


最近、そんな記憶が醸成されて、自分がレンタルビデオ店から生まれてきたような感覚が生じてきました。子ども部屋では、九〇年代のJ-POPを流すブラウン管テレビが夜通し輝いていました。
テレビ時代は2010年までそのままで、『夢の世紀』が続いていました。体感的に地球3個分の広さを持っていました。




小室サウンドに代表される1990年代のJ-POPの影響のもと、世紀末の大阪・堺市の路上から誕生したのが、コブクロの楽曲です。

コブクロと『Starting Line』

コブクロ代表曲で、まず出てくるのは
桜、蕾、赤い糸などですが、ニッチなファンからすると、
100年後、200年後の後世に残るのは、意外と『Million Films』、『Starting Line』のような重厚な楽曲だと思います。


全般的に素となるアコースティックギターに加え、この2曲にはピアノ、ヴァイオリンなどのオーケストラの演奏、ベース(エレキギター)が加わっています。
『Starting Line』は、2005年度の、『第84回全国高校サッカー選手権大会』のテーマソングです。
子どものころから野球派なので今回初めて知ったのですが、この『冬の高校サッカー』は、夏の甲子園にあたる存在だそうです。
🎼スタートラインまで あと少し
という、一見不可解な、謎のフレーズが印象的な楽曲で、小学生時代の2005年の発表当時から聴いてきましたが、
これはサッカーの『ゴールライン』に関連したものなのか❔と今回初めて思いました。⚽️

https://number.bunshun.jp/articles/-/855541?page=4


コブクロの楽曲の歌詞には、異常に『夢』が登場します。
路上からスタートしたためか、それもかなり重厚なテーマの、深淵な、根源的な楽曲のなかで、非常に多い印象です。
『Starting Line』や『風見鶏』、『DOOR』などの楽曲は、
昔から特に、アスリートに愛好者が多い印象です。



そして、コブクロは『時代』という言葉を非常によく使うアーティストです。特に、『個人の人生』と『社会の時代』を重ね合わせる表現が多く見られます。
また、平成不況が深まったあとの日本社会における、『時代』を追いかけて多くの曲を制作してきたきた、稀有な存在です。
特に2010年代以後は、AIの登場に、新型コロナ禍の時代背景まで扱ったシングル曲が多く存在しています。
(2017年『心』 2022年『Days』など)



〘ミニクイズ❓❔〙曲名は伏せています
10個分かったら『こぶファミ』です。

⒈『煌めく時代の 彼方へ…』
⒉『また 時代が生まれ変わってく…』
⒊『同じ時 同じ道を歩んだ 時代の証はまるで…』
⒋『暗闇に差し込む光を探して
誰もが彷徨う こんな時代の中で…』
⒌『流れる時代のスピードは 日増しに上がってゆくけど…』
⒍『人の数だけ生きる道が 時代を作る為張り巡らされた…』
⒎『降り注ぐ時代の 風をみつめて…』
⒏『与えられた鎧で 勝てるような時代じゃない…』
⒐『忘れ去られそうな 時代の傷跡も…』
⒑『掲げた旗に どんな風が どんな歌が
どんな時代が どんな願いが 吹くのだろう…』
⒒『まっすぐ時代と 立ち向かい生きてゆきたい…』
⒓『時代という名の雨に消されるくらいなら いっそ燃え尽きるまで…』
⒔『そよぐ時代の風に 歌いながら 笑いながら…』
⒕『君という時代が ゆっくり流れてて 僕はただそれを歌うだけ…』

歌詞全体を見ると、平成不況という
時代を共に生きる人との絆や、時代が変わっても残る価値
という意味で使われることが多いようです。
1998年の大阪・堺東の商店街で誕生した、コブクロの楽曲世界を代表するモチーフのひとつです。


前回の記事で、5月に大阪城ホールで開催されたファンフェスタの『A YELL FOR EACH ONE』を扱いましたが、最新曲の『Starry Smile Story』についてはあまり触れていませんでした。


『Starry Smile Story』は、配信シングルとして発表されていますが、
36thシングルの『霞日和』にも、両A面の楽曲として収録されます。

二十一世紀の始まった年、2001年のメジャーデビューから四半世紀、
2026年という時代
を汲み取った歌詞になっています。

そのPVでは、様々な人の『夢』を目指す場面が映し出されますが、
25年前の『YELL』のPVが忠実に再現されており、そしてコブクロ自身の演奏のシーンは、より忠実に表現されています。


通り雨の様な煌めきを 追いかけて

『夢の世紀』、『太陽とブラックホール』というフレーズは、大阪城ホールのなかで想いついたものです。

そういえばコブクロは昨年の万博テーマソングを担当していました。大阪府下の学校では、毎日校内でかかっていたそうですが、
これもまた関西一円の現象の気がします。2030年を待たずに、2010年までの煌めきを追いかけた、時代構造の転換が期待されます。



Starry Smile Story(2026年)
JR西日本 キャンペーンCMソング

🎼いつも胸に その笑顔を
時に太陽
時に星空

悲しそうに 見える日もある
僕の 心映してるから

波打ち際の貝殻が 砂に埋もれ消えてゆく

青春の日々を 遠く見つめて
憂いてる君も
あの頃 きっと


🎼夢を見てた 恋をしてた
ハートに掛けた 鍵を外して

間違えたって 傷ついたって
ハートのリズムが 君を呼ぶ方へ


青春はきっと 一度きりじゃない
通り雨の様な 煌めきを
追いかけて



🎼夢を見ようよ 恋をしようよ
生まれ変わってく 自分を連れて

笑われたって 叱られたって
ハートのリズムが 君を呼ぶ方へ



🎼いつも胸に その笑顔を
時に太陽 時に星空
悲しそうに 見える日もある
僕の 心を映すから
今日は 満天の笑顔だ



