自尊心はさておき、本心を見る。
少し前、治験に行きました。
5日間の入院でした。
やることがなかったので本を読んだり、
日記を書いたりして過ごしました。
その頃の私は言葉にしていない不安を
多く抱えていました。
入院中やることもなかったので、
悩んでいること、恐れていること、
一見うまくいっていることへの違和感、
とにかく私がその時まで見えていなかったもの、
あるいは見たくなかったものを見ました。
結論として、
私は今まで恥をかくことと嫌われることを、
何より恐れていたことがわかりました。
私の持つ全ての悩みが、
そのたった二つに集約されていたのです。
今恐れていることが起こったら
どうなるのか、想像してみました。
いつも漠然と不安になっていたことに
形を持たせるように、それはそれは鮮明に。
結果として、いかに私が自分の自尊心を守るのに必死かを知りました。
そのために本心をさらけ出せないことが、
どれほど馬鹿馬鹿しいかも理解しました。
挑戦して失敗したら恥ずかしいです。
本音を言って嫌われるのは怖いです。
だから何だと言うんでしょう。
私は傷ついた時の感情ばかり思い出して、
その後のことを考えもしなかったのです。
信じていたのです。
恥をかけば終わりが来る、
嫌われれば独りになる、と。
恥ずかしくて取り乱した次の日、
私は普通に生きていました。
誰かに嫌われることは、
どうしたって必ず起きることです。
そんなことよりも、
自分のしたいことや言いたいことを半端なままにしている方が、よほど問題なのです。
恐れていることを必要以上に恐れることでそれらを回避するための道を探し、
迷い、遂には悩むことに陶酔し、
解決することを無自覚に遠ざけました。
どんな状況でも、人には選択の余地があります。本心で行動する勇気さえ持てば、
私の頭は次に何をするべきかをちゃんと知っているし、教えてくれるのです。
見るべきは遠い道のりの歩き方ではなく、
次に踏み出すただ一歩であること、
覚えておきたいものです。
それなら、道に迷うことの方が難しい。
私はタイトルを先に書いてから内容を考えるのですが、毎回書いているうちに元々つけたそれから大きく脱線した話になってしまいます。
横道に逸れるのもまた素敵な一歩ですよね。
また何か書くと思います。
読んでくれてありがとう。
