ショートショート『スケート男はすべらない』
なんか見るからにヤベぇのが、向こうからやってきた。
「スケート男、参上!」
こういった類の輩は、相手しないにかぎる。
「オイオイ、無視はよくないゾ」
……くそっ、なんで俺に目をつけるんだよ。
「ワタシが来たからには、もう安心ダ!」
どこにも安心できる要素がないんですが。
「なにせワタシは、『絶対にすべらない男』だからナ!」
スケート靴はいて「すべらない」って、なんの冗談だ?
「ハハハッ」
おい、笑ってごまかすんじゃねぇよ。
「キミ、何か悩んでいることはないかナ?」
いままさに悩んでますけど。いろいろな意味で。
「フム。ちょうど受験戦争の真っ只中というわけカ」
話を聞けよ。まあ、その通りだけど。
「ワタシにかかれバ、すべてお見通しダ」
いや、ちょうど予備校から出てきたところだから、誰でもわかるよね。
「キミが志望校に合格できるかどうカ、ワタシが占ってやル」
占う? どういうこと?
「第一志望はどこダ?」
まだ決めてないけど、◯◯大学とか? まあ無理だと思うけど。
「フム。なかなかの難関校だナ。それだとアクセルジャンプになるゾ」
どういう意味?
「いまからここでワタシがその技を披露すル。成功すれば志望校には確実に合格できル。もし、失敗すれバ……」
受験にも失敗する可能性が高いと?
「確率としてハ、模擬テストの判定よりも正確だゾ」
うさんくさいなぁ。
「チャンスは一度だけダ。占うのは◯◯大学で本当にいいのカ?」
……ちょっと待って。
「ウム。ワタシも忙しい身でナ。なるべく早くしてくレ」
本気で信じちゃいない。信じちゃいないが、もしも目の前で転ばれでもしたら、それはそれで縁起が悪すぎる。
ええと、△△大学の場合は?
「それだとルッツジャンプだナ」
たしかアクセルよりもルッツのほうが難易度が低いんだったか。うろ覚えだけど。じゃあ、□□大学は?
「ループジャンプになるゾ」
さらに難易度が低くなったな。偏差値と比例している感じか。
××専門学校は? 漠然と考えていた中では、一番簡単そうなところだが。
「シングルトウループだナ」
よし、堅実にこれにしておくか。
「わかっタ」
男は大きく深呼吸し、背筋をピンと伸ばす。
「――行くゾ!」
目をカッと見開いた男が、ゆっくりと動き出す。音もなくスゥーと後ろ向きに移動した後、少しスピードを上げながら両足が入れ替わる。おもむろにつま先がつくと、片足で地面を蹴った。高く持ち上がった上体がスムーズに一回転し、そして――
「ア」
――盛大に尻餅をついた。って、おい。
「正直スマン」
スマンじゃねぇ。一番簡単なジャンプを失敗するって、どういうことだよ。
「どれだけ安牌を選んだとしてモ、百パーセント確実なことなんて世の中にはないんだゾ」
たしかにそれはそうかもしれないけど。
「失敗するのが怖いからっテ、自分でハードルを下げるような奴じゃア、この結果も当然だナ」
失敗したお前が言うなよって話だが。
「転ばなくなったやつハ、成長をあきらめちまったやつだけダ。それを忘れるんじゃないゾ」
そう言って、男は去っていた。……なんだったんだ?
「すべらない男、ねぇ」
言葉には妙な説得力があったが、納得いかん。
「結局、スベりにスベりまくってたじゃん」
――物理的にも、ネタ的にもな。
