赤井悠蔵 月間テーマ 信徒カテキスタ Antiquum Ministerium(古くからある任務)」を読んで ――信徒としての歩みと出会いを振り返りながら
赤井悠蔵
あかい・ゆうぞう●一九八〇年宮城県生まれ。東京教区信徒。東京教区大司教秘書・広報担当者。教区カテキスタ更新プログラム講師。
はじめに
二〇二一年五月、教皇フランシスコは自発教令「Antiquum Ministerium(古くからある任務)」を公布し、信徒カテキスタを教会の公式な役務として制定されました。この教令に関して、「信徒の立場で文章を書いてほしい」との依頼を頂戴しました。せっかく、教皇様が信徒カテキスタを正式に認め、教会で奉仕に励んでいる信徒の方々を鼓舞しておられるならば、信徒としてそのご意志に応じるべきではないかと思い、依頼をお引き受けすることにいたしました。
初代教会からある任務として
はじめに、この自発教令の内容に即して、信徒カテキスタという存在を簡単に振り返ってみます。何よりもまず、この教令のタイトルが「古くからある任務」であることに最大の意味があるように思います。時に誤解され、批判されることではありますが、第二バチカン公会議以降の、教会の様々な場における信徒使徒職の導入、信徒の働きの活性化の動きは、決して改革や革新ではありません。実際にはその反対で、聖職者や修道者だけでなく、信徒が主体的に生き生きと働くことこそが初代教会からの伝統であり、教会の本質です。それを否定する価値観の方が教会の伝統を否定しているとさえ言えるでしょう。
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信徒使徒職は第二バチカン公会議以来、改めて強調されてきています。しかしそれは決して改革や革新ではありません。信徒が主体的に働くことこそ、初…
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