「もう無理」と言われた低置胎盤が、私に教えてくれたこと

〈前回のふりかえり〉走り続けて体が悲鳴をあげたとき、私は3人目を授かった。この産休を「人生を考える時間」にしようと決めた。
(第5話はこちら

3人目の妊娠、そして「低置胎盤」


3人目の妊娠。
私はまず、「二人目のときのように、また切迫早産にならないか」と不安だった。
それは、大丈夫だった。

でも、別のことが起きた。低置胎盤。
胎盤の位置が低く、総合病院での帝王切開が必要になったのだ。

2人の出産の経験から出産が絶対に無痛にすると決めていた。
「平日の日中しか無痛分娩ができない病院」から
「24時間、無痛に対応してくれる病院」へ転院しようとした、
その検査で低置胎盤と診断された。

一気に、不安に飲み込まれた。

「ここからはもう、上がってこない」


私は必死に検索した。
「低置胎盤 リスク」「低置胎盤 直す方法」
「帝王切開」

でも、すでに34週。
どの産婦人科でも、「ここから胎盤が上がってくるのは、もう無理でしょう」と言われた。
それでも諦めきれなくて、整体や東洋医学でどうにかならないかと相談してまわった。
断られるところが、ほとんどだった。
そんな中、たった1件だけ、受け入れてくれた整体院があった。
私は入院の日まで、諦めずに、そこへ施術に通い続けた。

危機が、出会いを連れてきた


そこで私は、本当にいい整体院に巡り合った。
その方から、ヒプノバーシングという出産法、無痛分娩のこと、
そして栄養のことを教えてもらった。

※ヒプノバーシングというのは、イギリスのキャサリン妃が取り入れたことでも知られる出産法。
呼吸やイメージ、深いリラックスの力で、「お産=痛くて怖いもの」という思い込みをやわらげて、赤ちゃんと自分の体が本来もっている力にゆだねながら、最高に気持ち良いお産。


低置胎盤が見つかったこと。
そして、あの整体師さんに出会えたこと。

それは結果的に、自分の体、出産、
そしてお腹の赤ちゃんについて、深く考える、またとない機会になった。
施術に通い、セルフメンテナンスもして、体を整えながら
私は、低置胎盤が改善されることを信じた。
そして赤ちゃんのために、無痛分娩をやめて、ヒプノバーシングを学んだ。
栄養にも、しっかり気をつけた。

36週、検査室で涙が出た


それでも手術日も決まり36週。

入院前の検査で
なんと、低置胎盤が改善していた。
普通分娩が、可能になったのだ。
涙が出た。

体は、こんなにも可能性を秘めている


このとき私は、無痛分娩が赤ちゃんにとってはとても負担が大きい、ということも知った。
母体の負担が軽くなることは間違いない。
でも私は、それを聞いて、無痛分娩をやめた。
やめられたのは、ヒプノバーシングという選択肢を知ったからだ。
3人目なのに、私はまだまだ、出産について知らないことだらけだった。

そして人間の体の可能性って、本当にすごい。

そして、芽が出た


妊娠・出産・産後のママって、いろんな不安を抱えていたり、助けを必要としている人が多い。

危機の中で、たくさんの人に支えられ、たくさんのことを知った私は、ふと思った。

私のこの経験は、いつか、誰かの光になれるかもしれない。

自分が苦しくて、もがいて、必死に掴んだもの。
それは、同じように迷っている誰かを、照らせるかもしれない。

そう思えたことが
止まったこの時間に、私の心に灯った、小さな小さな灯りだった。

(第7話へ続く)


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