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nanadays
バタースコーンを焼いて「みんなちがって、みんないい」を実感した。
先日のスコーン問題は、さらに金子みすゞさんへと展開しました。
↑「似て非なるものでいいじゃない。」と書きました。バター、植物性ホイップのスコーンは、見た目は似ていても味、風味、食感など完全に別物。それが個性なのです。
「それでいい。」
「それがいい。」
何回も作っているのでこれ以上比較する必要はなかったし、結果は出ていました。
「これからも気分で作り分ければいい。」
なのに、実は翌日バタースコーンを密造していたのです。どうしても両者を比べたくなりました。
この些細な心の隙間が、人間社会においては悩み傷つき自己否定で埋め尽くされるのかな……と思ってしまったのです。

バタースコーン。
生地がゆるく、成形がうまくいかなかった。
ボリュームがない。狼の口がない。
香り、食感は◎
自分と他人を比べて何の意味があるのか。
でもわかる。比べる願望はどこからかやって来ます。
落ち込む時は、必要のないことを頭に浮かべて悩んでしまうのでしょう。
できる:できない よい:わるい
あこがれとは違う「ないものねだり」で傷つくのではなく、お互いのすばらしい点を見つけて称え合う方が気持ちよく楽に向き合えると思うのです。
望んだところで、ないものはない。
今はなくても、これから積み上げたり出会う可能性は無限大。それは自分にしかできない。
他人を軸に考えるからしんどいし、ややこしくなる。違うのは当たり前。
バタースコーンもホイップスコーンも、好きな時に好きな方を食べればいいんだ。違う食べものだから。
バターの香りとサクサク感が欲しければ、多少手間でもバタースコーンを作ればいい話。
ホイップスコーンだって、長所は多々あるから。
悩まずに受け入れるおおらかさがあれば、違うことの大切さや個性に気づきます。
評価よりも「認める」に軸足を置いて生きてみよう。
「みんなちがって、みんないい。」
