平成レトロ展に行ってきた――よみがえるあの頃の記憶
直近のnoteでは、今年リバイバルヒットした平成の夏曲について3回に渡り、noteを書いた。
僕の脳内は完全に”平成”に侵食されている。
そんな自分にノスタルジーを畳みかけるように「NEO平成レトロ展」に足を運んできた。
最終日ということもあり、カップルや、平成を過ごしたであろう女性のグループ、親が平成世代の家族など、多くの人で溢れていた。
当時の記憶があまりないであろう、若者の姿もあった。
それだけ、平成がエモく、レトロの対象なのだろう。
人の多さと、見る人それぞれの熱気もあってか、会場内は暑かった。
各々が懐かしさやエピソードを語り、それに耳を傾けながら展示を見るのも楽しく、足を運んでよかったと思う。

まず出迎えたのは使い捨てカメラの数々。
自分はギリギリ小学生の時に使ったことがあるが、「写ルンです」以外にも、こんなに種類があるのかと驚いた。
デジタルデバイスが進化した平成

我が家では長らく「Windows98」を使っていた。
XPに変わったときは「新時代だ!!」と興奮したのを覚えている。
父が使っていた「一太郎」もいつの間にか「word」になっていた。
当時はまだダイアルアップ接続。
今では、考えられない。

ポケベル、PHS、携帯電話、スマホとデジタルデバイスの発展も目覚ましかった平成。
自分が初めて手にしたのも「ガラケー」で、ちょうどアンテナが内臓されたくらいの時だった。
「ワンセグ」を使い、休み時間にWBCやバンクーバーオリンピックでの浅田真央ちゃんの中継を見ていたなと思い出した。

「J-PHONE、Vodafone時代から使っていた」と話す女性もいた
また、当時「WILLCOM」と「2個持ち」をする文化があった。
WILLCOM同士は電話代が定額で、自分の周囲ではカップルを中心に広まっていた。
「いつかはWILLCOMを持ちたい」と密かに憧れていたが、時代はSkype、LINEと進み、電話代を気にする必要もなくなった。
便利な時代にはなったが、ぼくの夢は時代と共に埋もれていった。
WILLCOMには思い入れのある人が多いようで、展示の前は人だかりがで写真は撮れず。
記憶を呼び起こす音楽
平成(特に2010年以前)は、CDの売上がヒットの指標だった時代。
その年の一番売れたシングルとアルバムがずらりと並んでいて、圧巻だった。

宇多田ヒカルがいかにヒットを飛ばしていたかが分かる
ギリギリ8cmCDの記憶があるが、物心ついた時には12㎝になっていた。
小学校入学前後に「おかあさんといっしょ」で聞いていた『だんご3兄弟』が爆発的ヒットをした時は、不思議な感覚だったのを覚えている。

EXILEはまだ増員前
自分の青春時代はまさにこの頃。
ORANGE RANGEの『musiQ』が爆発的にヒットし、『青春アミーゴ』はドラマと共に大ヒットした。
デビュー当時の「KAT-TUN」の人気は凄まじく、会場にいた女性も「懐かしい!CD持ってた!」と話していた。
中学生の頃、カラオケで必死にラップを歌っていたのは、今となっては黒歴史だ。
MDからiPodの時代へ

CDと並び、平成を象徴する音楽メディアといえばMDだろう。
自分も小学校~中学校の頃に便利でよく使っていた。

いつのまにかデジタル音楽プレイヤーの時代に突入した。
当初はiPodを使っている人が羨ましかったが、あっという間に誰もが持つメジャーな存在になっていった。
自分はそれを買う資金もなかったので、ガラケーにmicro SDを入れて音楽を聴いたり、着うたフルをダウンロードして聞いていた。
振り返ってみると、展示品よりも、自分の方が平成らしい聞き方をしていたのかもしれない。
ゲームとエンタメ

ゲームボーイカラーは自分が初めて手にしたゲーム機で、ポケモンの銀をプレイしていた。
ポケットピカチュウのことは万歩計だと思っていた。

お兄ちゃんがいる友人の家に行くとプレステがよく置いてあった。
ハイパーヨーヨーは家にあったが、全く上達することはなく、すぐに壊してしまった。

自分が子供の頃のカラオケは、まだ本で番号を調べ、リモコンで入力するシステムだった。
中学生になると「デンモク」が登場したが、まだまだモノクロで見にくかった。
大学生に入りカラーの「デンモク」が登場し、採点が精密化された時には感動した。
青春の思い出と「カラオケ」は切っても切れない。
平成の日常

自分が子供の頃、まだまだ缶飲料が主流だった。
一度、開封したら飲み切らなきゃいけないと思うと、今となってはプレッシャーを感じる。
近くにいた女性が「これ、あややがCMしてた!」と話していたのは資生堂の「ティセラ」だ。
近所のドラッグストアにあややのポスターがあった事を思い出す。
ダメージケアよりも、香りが優先されていた時代だった。

「SEA BREEZEの蓋を交換するような青春を送りたかった…!」と強く思った。
ぼくの学校、いや仲間内だけだったかもしれないが、彼女が出来たら、学ランのクラス章を”横から縦”にするという細やかなアピールがあった。
今の子たちはしていないだろう、絶対。
女子からもらったプロフィール帳には律儀に書いていたが、今思うと個人情報ダダ漏れだ。
「好きな人」なんてセンシティブな質問を紙きれ一枚で聞いてくるデリカシーのなさよ…
好きな芸能人は「国仲涼子」と書いた記憶だけはある。
ちゅらさんのえりぃが大好きなのよ。
展示のラストにはクイズコーナーがあったのだが、その答えの展示の前に、何人かの男性が固まっていた。
そのため、答えが見えなかった他の女性グループから
「え、見えないんだけど…」と声があがっていた。
ぼくはつい「はいはい、答えが見えないから!ちょっとどきましょう~」などと言ってしまいそうになった。
それは平成に学生を過ごしたぼくの姿だった。
中高生の時に一部の男子グループの行いにより、華やかな女子グループから若干の顰蹙を買う様子を思い出した。
そんな空気を気にしては、調整役に徹していた。
平成の展示品もさることながら、あの頃の学校の雰囲気を思い出し、懐かしく思った。
「気になった方は、足を運んで欲しい」と意気揚々と書くつもりでいたが、自分が行ったのが最終日なので、それは叶わない。
行こう行こうと思いつつ、気が付いたら8月31日になってしまった。
やろうやろうと思いつつ、最終日まで宿題を残していた、あの頃の夏休みと同じで、自分の成長のなさにちょっと呆れた。
とはいえ、今更性格は変わらない。
せめて、自分の性格を理解した上で、提出期限は守っていこうと思う。
平成を懐かしむ気持ちと共に、そんなことを思った。
これからも、自分が青春を過ごした平成の”あの頃”を懐かしむ記事を書いていきたいので、お付き合い頂けたら嬉しいです。
冒頭で書いた、リバイバルヒットした平成の夏曲についてのnoteです。こちらもよろしけらば、どうぞご覧下さい。
2025/10/5 追記
音楽とあの頃の記憶について記載したnoteはこちらのマガジンにまとめています。
気になる曲があれば、よろしければご覧下さい。
