「アナログレコードって本当に音が良いの?」 〜 『関ジャム 完全燃 SHOW』 (テレビ朝日) の解説は本当か? (05)
●『関ジャム 完全燃 SHOW【視聴者からの音楽ギモンに答えます!教えて!
関ジャム先生!】』「アナログレコードって本当に音が良いの?」
(2019 年11月10日 放送)について感じたこと
※ このテーマについては、『関ジャム 完全燃 SHOW【弾き語り・実はス
ゴイ楽器・音楽ギモン…特別編】』(2021 年 5月23日 放送)でも取り
上げられています
※ テレビ朝日系音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃 SHOW』は
2024 年 4月から番組名を『EIGHT-JAM』(エイトジャム)と改めて
放送を継続しています
<疑問> 20 kHz 以上の高音域が記録・再生できれば高品位(高忠実度)に
なるのでしょうか? [4]
老舗オーディオブランドの代表格である McIntosh(マッキントッシュ)の優秀なエンジニアで2代目社長であった Gordon・J・ Gow(ゴードン・J・ガウ)氏は Emotional response for Music(エモーショナル・レスポンス・フォー・ミュージック=音楽に対する情緒的反応)を評価指標として重視すべきだという持論をお持ちでした。リスナーからエモーショナル(情緒的)な反応を引き出せるオーディオこそが理想であり、開発目標であるというわけです。それは「原音に忠実である」ことを絶対指標とする硬直した発想法とは違います。科学的合理性や機器としての必然性は第一義的に重要ではあるけれど、数字が正確で優れていれば、絶対的に「良い音」になるわけではありません。絶対指標と相対指標を使い分けることが重要です。
オーディオの現実(実際)は、個別具体的で相互作用性があり、音質評価は主観により左右されることを理解できるまでが初級編です。オーディオ初心者は、まずは科学的な(1)普遍性、(2)論理性、(3)客観性を重んじて、可能な限り正確な情報を集め、音を構成する要素を客観的に観測して、主観的認識を排除する必要があります。まずは論理的思考が重要であり、得られた情報を最大限に活用して推論することです。ただし、前提から必然の帰結を導く「演繹(えんえき)」が通用するのは、前提が確かである場合だけです。科学の基礎研究や技術革新が進めば、いつまでも既存の前提が通用するわけではありません。したがって、仮の前提をもって推論する仮説検証が必要であり、飛躍を最小化して検証する論理的思考の枠組みから離れて、大胆な推論をする必要があります。
美味しい紅茶を入れる方法として、(1)ポットで沸かしたお湯でティーバッグを蒸らす(英国式)、(2)電子レンジで水と一緒に沸かす(米国式)のどちらが正しいのか、英米間で外交論争になったことがあります。紅茶の発祥地は中国の福建省ですが、英国では1日あたり1億 6,500 万杯の紅茶が消費されており、英国王立化学協会が推奨する紅茶の淹れ方が1つの指標になっています。
ポットのお湯で淹れる英国式を正当とするのは、既存の常識(前提)に依拠した判断です。これに対して、電子レンジで時短する米国式は非合理でしょうか。実は、これも科学的根拠(Scientific evidence)に基づいた合理的な抽出方法なのです。紅茶に含まれるポリフェノール(カテキン、テアフラビン・テアルビジン、フラボノイド、アントシアニンなど)、カフェイン、サポニン、タンニン、アミノ酸、香気成分などは、お湯の温度が高いほど抽出量も多くなりますが、沸かしたお湯を注ぐ英国式では、室温、カップ、ティーバッグの温度により、急速にお湯の温度が下がるため、時間の経過と共に抽出量は減っていきます。これに対して、電子レンジで水から沸かす米国式では、高い湯温(ゆおん)を維持できるため、時短をしても紅茶に含まれる成分の抽出量は多いのです。電子レンジ(600 W)で2分沸かして、1分待つだけで美味しいロイヤルミルクティーが楽しめる、留め具がないピラミッド型ティーバッグなどは科学的根拠(Scientific evidence)に基づいて商品化されています。
余談になりますが、英国では Authentic British Scones(スコーン)にclotted cream(クロテッドクリーム)とジャムを塗る食習慣があります。clotted cream(クロテッドクリーム)を先に塗るのがデボンシャー流、ジャムを先に塗るのがコーンウォール流ですが、イングランド南西部の Devon(デヴォン)州と Cornwall(コーンウォール)州は clotted cream(クロテッドクリーム)の2大産地で隣り合っていることもあり、どちらを先に塗るかで大論争になります。故・エリザベス女王はジャムを先に塗るコーンウォール流の支持者であったと言われており、コーンウォール流が主流派(支持率は 60 % 程度)であるようです。最近、英国で本場の味を学んだというオーナーが開店したスコーン専門店『Abbey』(東京都荒川区荒川 4-40-3-101、京成線町屋駅より徒歩6分)では、特に説明もなく、デボンシャー流を正統的な食べ方として顧客に勧めています。
スコーン専門店 Abbey
フランスではクロワッサン生地を使用した「チョコレート入りパン」の名称を巡る論争があり、政治問題に発展することもあります。パリを中心とする北部から南部に至る大半の地域では Pain au chocolat(パン・オ・ショコラ)、南西部では Chocolatine(ショコラティン、ショコラティーヌ)と呼称されており、フランス語圏のカナダでも Chocolatine(ショコラティン、ショコラティーヌ)という名称が定着していますが、日本では、Pain au chocolat(パン・オ・ショコラ)、Chocolatine(ショコラティン、ショコラティーヌ)の両方が使用されており、正式名称としてどちらが相応しいのか定説はないようです。
実社会では常識や前提は絶えず変化します。精米技術が高度になり、3回以上米研ぎをすると却って旨味成分が失われるのに、必要以上の回数分だけ米研ぎをして、水道水を無駄遣いしたり、研ぎ汁の排水で環境負荷を高めたり、あまり美味しくないご飯を食べるのは不合理です。前提から必然の帰結を導く「演繹(えんえき)」が通用するのは、限られた条件下であることに留意する必要があります。
詰まるところ、試行錯誤を重ねるより他に「良い音」を実現する近道はないし、経験知を積む方法はないのだと覚悟を決めなければなりません。”予約の取れない伝説の家政婦”として知られる料理人・タサン志麻さんのように、どのような環境(依頼主が用意する食材・調味料の種類や量、調理器具の特質は不定です)でも、的確なアレンジで美味しい料理を提供できる、高度な調理技術と応用力を身に付けるためには、豊富な知識と経験が必要であり、自己研鑽に励まなければならないのと同じことです。座学と実践の両立が重要であり、そのどちらが欠けても「良い音」には辿り着けません。「良い音」を獲得するまでの道のりは、長くて険しいものです。お金で解決できる問題ではありませんし、科学的な理解や音楽の素養、オーディオに対する献身的な姿勢を必要とします。

(TV アニメ「マクロスF(フロンティア)」OP2 テーマ)
レコードは 20 kHz 以上の音声信号を記録できますが、一般のレコードに記録された音楽信号は 20 kHz 未満であることが普通です。カッティング時に高音域は歪みやすく、最高音域の情報量が多いとカッターヘッドが加熱して破損する可能性があるため、コンパクトディスク(CD)のように、定規で線を引くように 20 kHz までフラットに収録することは難しいからです。レコードのカッティング時における高域特性と音量はトレードオフの関係にあり、高域特性を重視すれば、音量が低下して実用に耐えません。反対に実用的な音量を確保すれば、高域特性はロールオフします。音圧レベルが高くなるほどナローレンジになるのがレコードの録音特性です。
したがって、20 kHz 以上の音声信号を十分にカッティングできなかったとしても、それは無理からぬことなのですが、可聴周波数帯域外に向かって緩やかに減衰する特性の方が自然な質感の音になることは、経験則として知られており、その主成分がノイズであるとしても、結果的に「良い音」になります。稀にジャズ喫茶や音楽喫茶のスピーカーシステム(ホーンシステム)のトゥイーターユニットの配線が切られていたりするのは、プログラムソースの周波数特性にもよりますが、ミッドレンジのドライバーユニットの機械的な高域再生限界で自然にロールオフした再生音の方が「良い音」であると感じられるからでしょう。レコードの特性上、高音域のノイズ成分はだら下がりで分布するため、20 kHz 以上の周波数帯域に音声信号が記録されていたとしても、それが楽器の倍音成分であるとは限りません。
レコードの特性を知らない若い世代のミュージシャンが、「レコードはコンパクトディスク(CD)とは異なり、20 kHz 以上の ultrasonic(ウルトラソニック:超音波)が記録されているから音質が良い。」といったマスコミの言説を小耳に挟み、人気が再燃しているレコードを出したいと思うけれども、音量は大きく、周波数特性はハイレゾ音源並に広帯域にして欲しいといった、到底、実現不可能なスペックを要望してくるという話を耳にします。彼等は音楽業界、オーディオ業界のパブリシティーに潜む真実を見抜く知見がないため、22.05 kHz 以上の高音域がカットオフされたマスター音源はハイレゾ音源よりも低品質であるという、世間に広く喧伝(けんでん)された”歪んだ常識”に囚われているのです。実際のところ、レコードのマイクログルーヴ(微細音溝)に 20 kHz 以上の音声信号は全く記録されていないか、ほとんど記録されていないのにも拘わらず、レコードはハイレゾ音源並みに ultrasonic(ウルトラソニック:超音波)の倍音が記録されているから高音質なのだと曲解しています。カッティング・エンジニアの方も顧客に正しい知識を伝えて、実現可能なスペックでカッティングすることを了解してもらうために、苦心惨憺(くしんさんたん)しておられるというのが実状ではないでしょうか。
