【小説】閉じれば、世界
プロローグ
諸君は、今、何を見ていると思う。紙だろうか。画面だろうか。違う。諸君が見ているのは、私だ。そして、ページをめくる、その指を止めた瞬間——諸君、私は、諸君の世界から、跡形もなく、消える。
聞いてほしい。誤解しないでほしい。これは狂気の記録ではない。これは——あえて使うが——福音の記録である。
私の名は、まあ、どうでもいい。田中でも佐藤でも鈴木でもいい。この国に四百万人はいるであろう、灰色のスーツを着て、灰色の電車に揺られ、灰色の人生を「順調です」と報告する、その匿名の集合体の一粒だと思ってもらえればいい。三十四歳。独身。係長手前。胃の調子が常に「あと少しで悪い」という絶妙な位置にある男。
その私が、ある火曜日の午後三時十七分、人類が二十万年かけて見落としてきたある一つの真実に、給湯室の前で、コーヒーの紙コップを片手に、突然たどり着いてしまったのである。
その真実とは、こうだ。
世界は、私がそれを知覚している限りにおいてのみ、存在する。
哲学の教科書なら脚注一つで片付けられる話だ。デカルトがどうの、バークリーがどうの、独我論がどうの。だが諸君、知ってほしい。知っていることと、信じることの間には、太平洋よりも広い溝がある。そして私は——その火曜日の午後三時十七分——その溝を飛び越えた。いや、溝などそもそも幻だったのだと、気づいてしまったのだ。
これから語るのは、その日を境に、いかにして私の人生が、灰色から、目を疑うほどの極彩色へと姿を変えていったかという記録である。
笑ってくれて構わない。むしろ笑ってほしい。私自身、これを書きながら何度も笑っている。だがどうか、最後まで聞いてほしい。これは狂人の独白ではなく——少なくとも私の知る限りでは——人生の取扱説明書の、最終ページなのだから。
第一章 上司の消し方
事の始まりを正確に語るためには、まず私の上司、海老原部長について語らねばならない。
海老原部長は、五十二歳、血圧高め、声量も高め、人間の尊厳に対する配慮は——測定不能なほど低い。彼の朝は、誰かを怒鳴ることから始まる。これは比喩ではない。文字通り、出社して鞄を置く前に、誰かの名前を怒鳴る。それが彼にとっての、いわばラジオ体操なのだ。
その火曜日、標的は私だった。
「おい!」
海老原部長の声は、フロア全体の空気を、ほんの一瞬、凍りつかせる性質を持っている。物理学的に説明がつくとは思えないが、事実そうなのだから仕方ない。
「お前の出した数字、これ、どういうことだ。説明しろ」
彼は私のデスクの前に仁王立ちし、プリントアウトされた資料を、まるで私の人格そのものであるかのように振りかざした。唾が、蛍光灯の光を受けて、小さく光りながら飛んだ。一つ、また一つ。私はそれを、不謹慎にも、美しいと思ってしまった。
そして、その瞬間である。
私はふと、思った。——この音、この唾、この赤ら顔。これらはすべて、私の網膜と鼓膜という、たった二つの貧弱な器官を経由して、初めて「海老原部長」として私の中に組み立てられているのではないか?
私が見ていなければ。 私が聞いていなければ。
彼は、どこにいる?
馬鹿げている。そんなことは、三歳の子供でも分かる屁理屈だと、諸君は思うだろう。私もそう思っていた、その日の、その瞬間までは。だが——試しにやってみようと思った人間が、この地球上に、果たして何人いただろうか?
私は、目を閉じた。
会議室でもない、自分のデスクで、堂々と。
「お前、何を——」
海老原部長の声が、わずかに揺らいだ。だが私には、もう関係のないことだった。なぜなら、その声は、もはや「海老原部長」という実体から発せられたものではなく、ただの空気の振動、ただの音響データ、私が選択的に処理することを拒否できる、無意味な信号の羅列に成り下がっていたからだ。
私は次に、両手の人差し指で、そっと耳をふさいだ。
完全な静寂、とまではいかなかった。自分の心臓の音、血流の音が、やけに大きく聞こえた。だが海老原部長の声——あの怒声、あの説教、あの人格否定の七変化——は、確かに、遠ざかっていった。波打ち際から、潮が引いていくように。
そして、消えた。
いや、より正確に言おう。海老原部長その人は、おそらく物理的にはまだそこに突っ立って、口を開け閉めしていたのだろう。後で聞いた話では、彼は十秒ほど絶句し、その後、捨て台詞のような何かを吐いて去っていったらしい。
だが、私の世界において、海老原部長は、その瞬間、消滅した。
完全に。きれいに。まるで最初から存在しなかったかのように。
目を開けたとき、デスクの向こうには、もう誰もいなかった。正確には、誰かはいたのだろう。だが、私にとってそれは、もう「海老原部長」ではなかった。ただの、フロアの背景。観葉植物や、コピー機や、窓の外の電線と、同じ階層に属する、どうでもいい情報の集合体。
諸君、これがどれほどの解放であったか、想像できるだろうか。
二十年近く——いや、生まれてこのかた三十四年——私は、自分の外側にある何かに、絶えず怯えて生きてきた。教師の評価、親の期待、上司の機嫌、世間という、顔のない巨大な審判者の視線。それらすべてが、私の人生を、外側から採点し続けていると、心のどこかで信じ込んでいた。
だが、その火曜日の午後三時十八分——海老原部長消滅から、わずか一分後——私は理解した。
採点者は、いない。
採点者がいると、私が、信じていただけなのだ。
そして信じることをやめれば、彼らは、消える。
これは逃避だろうか? 諸君の中には、そう断じる者もいるだろう。結構。好きなだけそう呼んでくれて構わない。だが、その日から私の人生がどう変わっていったか、それを聞いてから判断してもらいたい。
なぜなら——これが本当に奇妙な点なのだが——上司を「消す」という、一見、究極の逃避としか思えない行為を始めてからというもの、私はむしろ、これまでにないほど、世界に対して大胆になっていったのだから。
第二章 消去の練習帳
発見というものは、得てしてそういうものなのかもしれない。最初の一回は、偶然の産物にすぎない。だが二度目からは、技術になる。
私は、その夜から、自分の能力を体系的に検証することにした。諸君、笑ってくれて構わない。だが私は大真面目だった。ノートまで用意した。大学ノートの一冊目を、私は「消去記録」と名付け、几帳面な字で、その日の戦果を書き連ねていった。今思えば、それはほとんど信仰告白に近かった。求道者の修行日誌に近かった。
最初の標的は、満員電車だった。
朝の七時五十二分、私の住む町から都心へ向かう電車は、人間という人間が、互いの体温と吐息と苛立ちを押しつけ合いながら運ばれていく、移動式の地獄であった。誰かの鞄の角が脇腹に食い込み、誰かの息が首筋にかかり、誰かの舌打ちが耳元で炸裂する。私はこれまで、その地獄を、毎朝、無抵抗に受け入れてきた。受け入れることが、社会人としての美徳だとさえ思い込んでいた。
だが、その朝、私は試した。
目を閉じる必要は、なかった。満員電車で目を閉じれば、ただの不審者である。代わりに私は、視線の焦点を、ほんの数センチ、ずらすことを覚えた。目の前の誰かの肩の向こう、窓ガラスに反射する自分自身の、さらにその奥。焦点を結ばせない、という技術。
すると、どうだろう。
押しつけられる肩も、漏れ聞こえる舌打ちも、相変わらず物理的にはそこにあったのだろう。だが私の中で、それらは輪郭を失い、ただの圧力に、ただの音響に、還元されていった。怒りも、苛立ちも、湧いてこなかった。なぜなら、怒る対象が、もはやそこに存在しなかったからだ。
これが、私の第二の発見だった。
消去は、視界からの抹消だけではない。意味の剥奪である。
満員電車が地獄だったのは、満員電車そのものではなく、満員電車に対して私が与えていた「地獄」という意味づけが、地獄だったのだ。意味を引き剥がせば、それはただの、人間と空間の、無機質な配置図に変わる。
会社に着く頃には、私は妙に晴れやかな気分になっていた。
次に私が標的としたのは——これは少々、説明に気を遣う案件なのだが——通りすがりの他人の視線、というものだった。
我々は、いや、少なくとも私は、長年にわたり、見知らぬ他人の視線というものに、過剰なまでの重みを与えて生きてきた。コンビニの店員が一瞬こちらを見る。すれ違ったサラリーマンが、私の靴を見て、わずかに眉をひそめたように見える。電車の中で、誰かがあくびをする——それが、まるで私への評価であるかのように、勝手に解釈していた。
馬鹿げている。今ならそう言える。だが当時の私にとって、それは空気のように当たり前の苦痛だった。
私はある日、駅の改札を出たところで、こちらをちらりと見た若い女性とすれ違った。いつもの私なら、ここで小さく萎縮していただろう。「今のは何だ、髪型がおかしいのか、それとも歩き方か」と、頭の中で延々と裁判を開いていただろう。
だがその日、私は、ただ思った。
——その視線は、彼女の網膜の上で、〇・三秒ほど結ばれただけの、生理現象にすぎない。彼女が家に帰る頃には、彼女自身、私の顔など覚えていないだろう。つまり、その視線は、彼女の中でさえ、すでに消えかけている。ならば、私の中で先に消してしまったところで、何の不都合があるだろうか?
私は、彼女を見なかった。正確には、見たのだが、見なかったことにした。意味を与えなかった。
すると、彼女は、消えた。
私の世界から、きれいさっぱり。
これを繰り返すうち、私は気づいた。私がこれまで人生において感じてきた「他人の目」という重しの、ほとんど全部が、実体のない、私自身が組み立てた幻影だったのだと。
そして、最も手強い標的が、最後に残った。
それは、私自身の中にいる、もう一人の私だった。
諸君にも、いるだろう。夜、布団に入った瞬間、どこからともなく現れて、その日の失敗を、几帳面に、執拗に、読み上げてくる声が。「あの発言は浅はかだった」「あの時黙っていればよかった」「お前はやはり、たいした人間ではない」——その声は、私の中で、もう十年以上、無給の評論家として居座り続けていた。
私はある夜、布団の中で、その声が話し始めるのを待った。
そして、それが話し始めた瞬間、私は——これまでと同じ要領で——意味を、引き剥がしにかかった。
——待て。この声は、誰の声だ? 父の声でも、母の声でも、海老原部長の声でもない。これは、ただの私の脳の、電気信号の自己放電にすぎないのではないか? ならば、なぜ私は、これに「真実」という名の重みを、わざわざ与えてやっているのだろうか?
声は、なおも続けようとした。「お前はやはり——」
私は、その続きを、聞かなかった。
これは、これまでで一番難しい消去だった。なぜなら相手は、私の外側ではなく、内側にいたからだ。耳をふさいでも意味がない。目を閉じても意味がない。私はただ、その声に「お前にはもう、采点する権利を与えない」と、心の中で静かに宣告するしかなかった。
それでも、効いた。
完璧にではない。声は、その後も、時折顔を出した。だが、以前のような、絶対的な権威は失っていた。それはもはや、私の人生を裁く最高裁判所ではなく、ただの、騒がしい隣人の生活音に格下げされていた。
これらの実践を経て、私の「消去記録」というノートは、わずか二週間で、三十二件もの戦果で埋まった。そして何より特筆すべきは、その副産物だった。
消せば消すほど、私は、軽くなっていった。
軽くなった分だけ、私は、動けるようになった。これまで怯えて言えなかった意見を、会議で口にするようになった。これまで避けていた取引先との交渉に、自ら手を挙げるようになった。海老原部長は、相変わらず怒鳴っていたが、私はもう、それを「天候」程度にしか感じなくなっていた。雨が降れば傘をさす。怒鳴られれば、聞こえないふりをする。それだけのことだった。
二週間後、私が提出した企画書が、思いがけず、部長会議で評価された。海老原部長その人が——あの、消去済みの、もはや背景にすぎないはずの男が——皮肉にも、私の頭を、軽く小突いて言った。
「お前、最近、別人みたいだな」
そうだ。私は別人になったのだ。なぜなら、世界が、私の都合のいいように、編集され直されたのだから。
諸君は、ここまで聞いて、こう思っているかもしれない。これは傲慢だ、これは危険な思想だ、と。私もその可能性を、完全には否定しない。だが、続きを聞いてほしい。なぜなら、私がこの力に、本当の意味で酔いしれていたのは、まさにこの時期——そして、その酔いが、ある一人の人物によって、根底から揺さぶられることになるのは、もう少し先の話だからである。
その人物と出会ったのは、ある晴れた日曜日、町を一望できる展望台の上だった。
第三章 展望台
断っておくが、私はその日、誰かに出会うために展望台へ行ったのではない。私はただ、自分の王国を視察しに行っただけだった。
そう、王国である。諸君、笑いたければ笑ってくれて構わない。だが二週間の修行を経た私には、もはやこの比喩は誇張でも何でもなく、最も正確な記述だった。眼下に広がる町——ビルも、道路も、信号機も、点のように動く自動車も、その全てが、私のまぶたという、たった一枚の薄い扉の、こちら側にしか存在しない。私が目を開けているから、彼らは存在を許されている。それだけのことだ。なんと寛大な統治者だろうか、私は。
入場料三百円の、いささか王国の規模に見合わぬ施設だったが、まあそれはよしとしよう。
私はガラス張りの展望スペースの隅に立ち、両手を後ろで組み、町を睥睨していた。我ながら、その姿勢は、いささか様になっていたと思う。少なくとも、ガラスに映った自分の輪郭を盗み見る限りでは。
「この街は、今、私のまぶたの中にある」
声に出してしまったのは、失策だった。認める。だが諸君、これは独り言というより、儀式に近い行為だったのだ、と弁明させてほしい。王が、自国の国境線を、確認のために唱える——そういう種類の発話だったのだ。
「へえ。じゃあ、まばたきしたら世界、一瞬消えるんですね」
声は、私の右斜め後ろから来た。
振り返るまでの、コンマ数秒。その間に私の脳裏を駆け巡ったのは、羞恥でも狼狽でもなく——情けないことに——「この声の持ち主は、どんな顔をしているのだろう」という、極めて不純な好奇心だった。私という人間の本質は、案外、こういうところに露呈するのかもしれない。
振り返ると、そこにいたのは、年齢不詳の——いや、これは語弊がある、おそらく私と同年代か、少し下くらいの——女だった。
ここで、彼女の外見を描写することを、諸君は私に期待するだろう。だが断っておく。私はこれから、いくぶん詩的な、いくぶん度を越した筆致で彼女を描写するだろうが、それは欲望ではなく、観察である。哲学的関心である。記録者としての、職務上の義務である。少なくとも、私はそう自分に言い聞かせた。
彼女の目は、笑っていなかった。正確には、口元は笑っているのに、目だけが、こちらの内臓の中身を品定めするような、奇妙な静けさを湛えていた。これは由々しき事態だった。なぜなら、これまで私が「消去」してきた人々——上司、通行人、内なる声——は皆、一様に、私の解釈を黙って受け入れてきたからだ。だがこの女の目は、最初から、私の解釈の正しさなど、これっぽっちも信じていないように見えた。
「冗談のつもりだったんですけど、今、すごく真剣に黙りましたね」
「考えていたんです」
「何を」
「あなたの質問が、思いのほか、本質を突いていたので」
我ながら、苦しい返しだった。だが彼女は、それを鼻で笑うでもなく、むしろ、興味深そうに、私の隣——一メートルほどの距離を空けて——に立った。この一メートルという距離の取り方にも、私はすでに、何らかの意味を見出そうとしていた自分に気づいている。諸君、これが恋の始まりというものなのか、それとも、ただの自意識過剰なのか、当時の私には判別がつかなかった。今でも、正直、つかない。
「まばたきの話、本気にしますね」彼女は言った。「で、本当にまばたきしたら世界、消えるんですか?」
「いいえ。まばたきでは、消えません」
私は、ここぞとばかりに、説明を始めた。意味の剥奪の理論。海老原部長の消去。満員電車の焦点技法。内なる声への宣告。諸君、私はこの時、自分でも驚くほど雄弁だった。普段の私は、初対面の人間に対して、これほど饒舌になれる男ではない。だが彼女の、あの品定めするような目の前では、なぜか言葉が、堰を切ったように溢れ出た。これもまた、後から思えば、危険な兆候だったのかもしれない。
説明が終わると、彼女は、しばらく黙って町を見下ろしていた。
そして、こう言った。
「面白い。じゃあ、今、あそこを歩いてる人たち、全員、あなたが許可してるから存在してるってことですよね」
「理論上は、そうなります」
「じゃあ私も、今、あなたが許可してるから、ここにいるんだ」
「……そういうことに、なりますね」
彼女は、初めて、目元まで使って笑った。それは、これまでの品定めの目とは、まるで違う種類の笑い方だった。
「光栄です。許可してくれて」
諸君、認めよう。この瞬間、私の中で何かが、音を立てて崩れた。いや、崩れたという表現は正確ではない。むしろ、何かが、新しく組み上がった、と言うべきかもしれない。彼女は、私の理論を、馬鹿にすることも、本気で信じることもなく、ただ、面白がって、その内側に、するりと入り込んできたのだ。これまで私が「消去」してきた人間は皆、私の理論の外側で右往左往するだけの存在だった。だが彼女は違った。彼女は、最初から、理論の内側に立っていた。
これが、彼女との、最初の会話だった。
名前を聞いたのは、それから十五分後、二杯目の缶コーヒーを奢ったあとのことだ。彼女は、名乗りながら、こう付け加えた。
「ちなみに、私のことは、簡単には消せないと思いますよ」
「なぜ、そう思うんです」
「直感です」
その時の私は、その発言を、ただの挑発的な軽口として受け流した。鼻で笑い、内心では、いずれ私の理論の正しさを彼女自身に証明してみせよう、などと、傲慢な決意さえ抱いていた。
だが諸君、今振り返って、正直に告白しよう。
彼女の直感は、正しかった。
第四章 共犯者
彼女の名は、澄(すみ)といった。
字面まで、私の心境を見透かすような名だと、初めて聞いた時、思った。澄む。澄んでいる。濁った私の理論の水底まで、すうっと見通せてしまうような響き。諸君、これは後付けの感傷だと笑ってもらって構わない。だが人間というものは、恋に落ちる時、相手の名前にすら、運命という名の都合のいい意味を、後から塗りたくる生き物なのだ。
——いや、待ってほしい。「恋」という単語を、私は今、軽率に使ってしまった。訂正させてほしい。これは恋ではない。これは、私の理論にとっての、唯一の「対照群」との出会いだったのだ。科学的関心である。これもまた、哲学的探究の一環である。諸君がどう思おうと、当時の私は、本気でそう信じていた。
我々は、その日のうちに連絡先を交換した。
これ自体、私の人生における、一つの革命だった。これまでの私であれば、展望台で出会った見知らぬ女性に連絡先を聞くなど、想像するだけで胃が三回転するような所業だった。だが、その時の私には、もはや「断られたらどうしよう」という恐怖そのものが、存在しなかった。なぜなら、断られた未来の私の姿など、見もしなければ、聞きもしなければ、いくらでも消去できる、と知っていたからだ。
これこそが、私の理論の、最も実利的な応用だった。恐怖とは、まだ起きていない未来を、勝手に「見て」しまうことから生じる。 ならば、見なければいい。それだけのことだった。
澄との逢瀬は、それから、奇妙な様相を呈していった。
我々がしたことは、一般的な恋人たちがするであろう、映画だの食事だのといった行為と、表面上はさほど変わらない。だが、その合間に挟まれる会話の質が、決定的に違っていた。
ある夜、混雑した居酒屋で、隣の席のサラリーマン集団が、下品な笑い声を上げ続けていた時のことだ。私が、いつものように、視線の焦点をずらし、彼らを背景へと還元する作業に取り掛かろうとした、その瞬間。
澄が、私の目を見て、静かに言った。
「今、消してます?」
「ええ」
「私にも、教えてください」
私は、その夜、生まれて初めて、自分の技術を、他人に伝授するという経験をした。これがどれほどの陶酔をもたらしたか、諸君に正確に伝える語彙を、私は持ち合わせていない。教祖が、初めての信徒を得た時の感覚とは、おそらく、こういうものなのだろう。
澄は、覚えが早かった。三十分もしないうちに、彼女は、隣のサラリーマン集団の方角を見ながら、平然と言ってのけた。
「あ、もう、いませんね。空気の塊だけがある」
「正確な表現です」
「楽しい。これ、癖になりそう」
その夜から、我々は、町を歩きながら、すれ違う様々なものを、ゲームのように消し合うようになった。電柱に貼られた、しつこい督促状めいたチラシ。駅前で怒鳴り合う、見知らぬカップルの痴話喧嘩。電車内で大音量の動画を見る、マナーを知らぬ若者。一つ一つを、我々は、二人がかりで、視界から、意味から、丁寧に剥ぎ取っていった。
これは、はたから見れば、ひどく身勝手な遊びだったと、今は思う。だが当時の私は、これを「世界の浄化作業」と呼んで、誇らしげに胸を張っていた。
そして、何より特筆すべきは、この時期、私の人生が、これまでにない速度で、上昇気流に乗り始めたという事実である。
海老原部長の下での仕事ぶりは、もはや誰の目にも明らかな変化を見せていた。提出する企画書には、以前にはなかった大胆さが宿るようになった。なぜなら、却下されることへの恐怖を、私はすでに、消去する術を心得ていたからだ。失敗の可能性を、未来から、あらかじめ剥ぎ取ってしまえば、人はどこまでも大胆になれる。これは、諸君、一種の真理だと思う。少なくとも、その当時の私にとっては。
私は、課内の新規プロジェクトに、自ら志願した。これまでなら、絶対にしなかった行動だ。プレゼンの場でも、声は震えなかった。なぜなら、会場を埋める無数の視線——これまでの私を萎縮させてきた、あの「採点者たち」の視線——を、私はもはや、恐れる理由を持たなかったからだ。彼らは、私が見なければ、存在しない。それだけのことだった。
三ヶ月後、私は、係長に昇進した。
海老原部長は、辞令を手渡しながら、半ば呆れたような、半ば感心したような顔で、こう言った。
「お前、何か悪いものでも、食ったか?」
諸君、これほど的確な評価を、私は他に知らない。
私は、確かに、何かを食べたのだ。世界という名の、巨大で、重たく、私を縛り続けてきた何かを。そして、それを、少しずつ、自分の都合のいいように、咀嚼し、消化し、選別して、飲み込んでいた。
その全てを、澄が、隣で、面白がりながら見ていてくれた。
諸君、私が当時、どれほど幸福だったか、想像できるだろうか。理論があり、技術があり、成果があり、そして何より、その全てを共有できる、唯一の人物がいた。これ以上、何を望むというのだろう。
だが——今だから、正直に書いておかねばならない。
この幸福の絶頂にあった時期、私はすでに、決定的な間違いを、犯し始めていたのである。
それは、消すべきではないものまで、消し始めていた、ということだった。
第五章 消しすぎた男
最初の兆候は、母からの着信だった。
諸君、これは弁明のしようもない事実なので、最初に断っておく。母は、その頃、週に二度ほど、私に電話をかけてきていた。父の血圧の話、近所の誰それが入院した話、漬物の出来がどうの、という、特に用件と呼べるほどの用件もない、ただの確認の電話だった。元気にしているか、という。それだけの電話だった。
だが私は、その頃には、もう「煩わしいもの」を処理する技術に、すっかり酔いしれてしまっていた。
スマートフォンの画面に「母」の文字が浮かぶたび、私は、これまで上司や他人の視線に対してそうしてきたのと、全く同じ手順で、それを処理した。焦点をずらす。意味を与えない。鳴り続ける振動を、ただの物理現象——机の上で踊る、無機質な四角い物体の、規則的な痙攣——に還元する。
電話は、やがて鳴りやんだ。
私はそれを、勝利だと思った。諸君、信じてもらえるだろうか。当時の私は、母からの電話を無視できたことを、自らの理論のさらなる実証だと、本気で喜んでいたのだ。「煩わしさからの自由」という、美しい言葉で、自分の冷酷さに、丁寧に化粧を施しながら。
これが、最初の兆候だった。だが、これだけならば、まだ、引き返せたのかもしれない。
二つ目の兆候は、もう少し、深刻だった。
私が新規プロジェクトのリーダーを任されたのは、先述の通りだ。だが、その裏で、私は、地味で、煩わしく、何の栄誉ももたらさない、別の仕事を一つ、抱えていた。後輩の一人——名を伏せるが——が、私のかつてのミスの尻拭いとして、彼女自身では手に負えない取引先のクレーム対応を、私に泣きついてきたのだ。
「先輩、本当にすみません、これ、一緒に対応してもらえませんか」
私は、その後輩の懇願する顔を、見た。見て、そして——諸君、これが私の犯した、最も重い罪だと、今では思う——意味を与えないことに、決めた。
なぜなら、その仕事は、私の輝かしい新規プロジェクトと比べて、あまりにも、地味で、面倒で、何の見返りもないように思えたからだ。私は、その後輩の存在を、まるで満員電車の中の見知らぬ肩のように、焦点の外へと押しやった。彼女の声を、まるで内なる評論家の声のように、「私には聞こえなかったことにする権利がある」と、勝手に宣告した。
「すみません、今ちょっと立て込んでて。また今度」
私は、そう言って、彼女の前を、まるで彼女がそこに存在しないかのように、通り過ぎた。
諸君、これのどこが「意味の選択」だろうか。これは、ただの、冷淡さだった。それを、私は、自分の崇高な理論で、丁寧にラッピングしていただけだったのだ。
クレームは、案の定、こじれた。
二週間後、その案件は、もはや後輩一人の手に負えるレベルを超え、課全体を巻き込む、ちょっとした騒動に発展した。海老原部長が、久々に、私の名前を怒鳴った。
「お前、知ってて放置してたのか!?」
諸君、ここで、私は、最も恥ずべき行動に出た。
私は、その怒声を、いつものように、消去しようとしたのだ。
だが——できなかった。
なぜできなかったのか、当時の私には、分からなかった。焦点をずらしても、海老原部長の顔は、消えなかった。耳をふさいでも、彼の声は、まるで頭蓋骨の内側から響いてくるかのように、鮮明だった。
今ならば、分かる。これは、罪悪感だったのだ。罪悪感とは、外側から与えられる意味ではない。自分自身の内側から、勝手に湧き上がってくる、消去不可能な何かなのだ。
その夜、私は澄に、この一連の出来事を、半ば自慢げに、半ば言い訳がましく、語って聞かせた。
澄は、いつものように、面白がってはくれなかった。
彼女は、しばらく黙って、缶コーヒーを両手で包み込みながら、こう言った。
「それ、後輩の人からしたら、結構、ひどい話じゃないですか」
「彼女の声に、意味を与えなかっただけです」
「意味を与えなかったんじゃなくて、面倒だったから無視したんでしょう」
私は、その言葉に、強く反論しようとした。だができなかった。なぜなら、澄の言葉は、これまでの私のどんな美辞麗句よりも、正確に、私の行動の本質を、言い当てていたからだ。
「それに」澄は、続けた。「お母さんの電話も、無視したんですよね。それも、意味がなかったから?」
「……それは」
「それも、消去理論で説明するつもりですか」
私は、何も言えなかった。
諸君、この時の沈黙こそが、私の理論が、初めて、根底から揺さぶられた瞬間だったのだと、今は理解している。だが当時の私は、その揺らぎを、まだ、ただの一時的な動揺だと、自分に言い聞かせていた。
明日になれば、また、晴れやかな朝が来る。消去すれば、また、軽くなれる。そう、信じて疑わなかった。
だが——その確信こそが、私が、最後まで気づくことのなかった、最大の誤りだったのである。
第六章 消される側
それから、二週間ほど、私と澄の間には、目に見える変化はなかった。少なくとも、私はそう思い込んでいた。
会えば、いつものように、町を歩いた。いつものように、煩わしいものを、二人で消し合った。だが——今、こうして書きながら気づくのだが——澄の方から、新しい標的を提案することは、もう、なくなっていた。彼女は、ただ、私の隣にいて、私が何かを消すのを、黙って見ているだけになっていた。
私は、その変化に気づかなかった。いや、正直に言おう。気づいていたが、それすらも、消去した。
「最近、静かですね」
ある夜、私は、軽い気持ちで、そう言った。彼女の沈黙にすら、軽口で蓋をしようとしたのだ。我ながら、なんと愚かな男だったことか。
澄は、しばらく、何も答えなかった。そして、ようやく口を開いた時、その声には、これまで聞いたことのない、平坦な響きがあった。
「ねえ。試してみてもいいですか」
「何を、です」
「あなたの理論」
私は、その時、彼女が何を言おうとしているのか、まだ理解していなかった。理解していれば——いや、これは詮無いことだ。諸君、続けよう。
澄は、私の目を、まっすぐに見た。そして、ゆっくりと、目を閉じた。
最初、私は、それを、ただの瞬きだと思った。だが、彼女の瞼は、開かなかった。一秒、二秒、三秒。
「澄?」
返事は、なかった。
彼女は、目を閉じたまま、両手を、ゆっくりと持ち上げた。そして、その指先で、自分の両耳を、そっと、ふさいだ。
諸君。
ここで、私は、文章を続けることに、いささかの困難を覚える。これまで、私は、この記録を、ある種の余裕を持って——時に滑稽に、時に誇らしげに——書き連ねてきたつもりだった。だが、この場面を思い出すとき、私の手は、今でも、わずかに震える。
なぜなら、私は、その瞬間、初めて、理解したからだ。
私が、これまで、海老原部長に対して、通行人に対して、後輩に対して、母に対して、行ってきたことの、正体を。
目を閉じられるということが。 耳をふさがれるということが。
——どれほどの、暴力であったかを。
「澄、待って」
私は、彼女の名を呼んだ。だが、彼女には、聞こえていないはずだった。なぜなら、彼女は今、私を、消去している最中だったからだ。
私は、彼女の肩に触れようとした。だが、触れる寸前で、手が、止まった。これもまた、諸君に正直に告白せねばならない、恥ずべき事実である。私は、怖かったのだ。触れた瞬間、自分が、本当に、消えてしまうのではないかと。
これまで私は、消去とは、消す側にとっての、解放であり、勝利であり、福音であると、信じて疑わなかった。だが今、消される側に回って、初めて分かった。
消去とは、消される側にとっては、ただの——抹殺だった。
存在を、まるごと、なかったことにされる。声も、表情も、訴えも、何もかもが、相手の中で、無意味な雑音へと、還元されてしまう。これに抗う術は、ない。なぜなら、抗おうとする行為そのものが、相手の中では、すでに、聞こえない音、見えない影に、変えられてしまっているからだ。
私は、その場に、立ち尽くした。
どれくらいの時間が経っただろうか。十秒だったかもしれないし、三分だったかもしれない。私の中で、時間の感覚は、すでに、意味を失っていた。
やがて、澄は、目を開けた。
そして、何事もなかったかのように、こう言った。
「——どうでした? 消された気分は」
その声には、怒りも、嘲りも、なかった。ただ、静かな、観察者の声だった。それが、何より、私を打ちのめした。
「……分かりました」
私の声は、自分でも驚くほど、かすれていた。
「何が、ですか」
「これは——」
私は、続きの言葉を、見つけられなかった。これまで、私は、どんな場面でも、雄弁だった。屁理屈を、美辞麗句で塗り固める術に、長けていた。だが、この瞬間、私の語彙は、すべて、剥ぎ取られていた。まるで——皮肉なことに——自分自身が、自分自身の理論によって、意味を、剥奪されてしまったかのように。
澄は、静かに、私を見つめていた。そして、言った。
「あなたが消してきたのは、世界じゃない。世界に対する、自分の責任ですよ」
その言葉は、これまでのどんな怒声よりも、深く、私の中に、突き刺さった。
「海老原部長を消したとき、あなたは、上司の理不尽から、自由になったと思ったでしょう。でも、本当は、自分が反論する責任から、逃げただけかもしれない。後輩を消したとき、あなたは、煩わしさから自由になったと思ったでしょう。でも、本当は、彼女を助ける責任から、逃げただけだった。お母さんの電話も——」
「……もう、いい」
私は、初めて、彼女の言葉を、遮った。だが、それは、これまでのような、消去ではなかった。むしろ、逆だった。私は、その言葉の続きを聞くことが、怖かったのだ。聞けば、もう、後戻りできなくなる。そう、直感していた。
澄は、それ以上、何も言わなかった。
ただ、私を、しばらく見つめたあと、静かに、踵を返した。
「澄」
私は、彼女の背中に、呼びかけた。
彼女は、振り返らなかった。
歩いていく彼女の後ろ姿を、私は、ただ、見ていることしかできなかった。皮肉なことに、その時の私には、彼女を「消去」するという選択肢は、もはや、頭の片隅にも浮かばなかった。なぜなら、私はすでに、消去という行為が、どれほどの暴力であるかを、骨身に染みて知ってしまっていたからだ。
私は、その夜、生まれて初めて、目を閉じることが、怖くなった。
第七章 誰が采点者だったのか
それから、しばらくの間——正確に何日だったか、もはや思い出せない——私は、ある種の機能不全に陥っていた。
会社には行った。仕事もこなした。だが、かつてのような大胆さは、もう、どこにもなかった。会議で発言しようとすると、口を開く前に、ふと、考えてしまうのだ。これを言ったら、誰かを、また、見えなくしてしまうのではないか、と。それは、以前の私を支えていた「恐怖の消去」とは、似て非なるものだった。むしろ、新しい種類の、慎重さだった。
海老原部長は、相変わらず、誰かを怒鳴っていた。だが、私は、もう、その怒声を、消去しようとはしなかった。
これは、奇妙な発見だった。なぜなら、消去できないのではなく、消去しないことを、私自身が、選ぶようになっていたからだ。
ある日の午後、私は、給湯室で、海老原部長と、偶然、二人きりになった。
あの、すべての始まりとなった場所だった。
部長は、コーヒーを淹れながら、こちらを見ずに、言った。
「お前、最近、また、戻ったな」
「戻った、とは」
「前の、おどおどした感じに。係長になった頃の、あの、妙に肝の据わった感じが、消えた」
諸君、これは、皮肉な指摘だった。なぜなら、まさにその「妙に肝の据わった感じ」こそが、私の理論の、最も誇らしい成果だったからだ。だが今、それを失ったように見えると言われて、私は、不思議と、傷つかなかった。
「部長」
私は、初めて、自分から、彼に話しかけた。怒鳴られてでもなく、業務報告としてでもなく、ただの、対話として。
「部長は、なぜ、いつも、怒鳴るんですか」
部長は、コーヒーを啜る手を、止めた。そして、しばらく黙ったあと、ぼそりと、言った。
「お前らが、見てくれてると、思ってるからだろうな。怒鳴れば、聞いてもらえると、思ってる。情けない話だが」
私は、その答えに、虚を突かれた。
これまで私は、海老原部長を、ただの暴君として、ただの「消去すべき対象」として、扱ってきた。だが、彼もまた、自分なりのやり方で、誰かに「見てもらおう」「聞いてもらおう」と、必死だっただけなのかもしれない。怒鳴り声という、不器用すぎる方法で。
これは、彼を許す話ではない。諸君、誤解しないでほしい。怒鳴ることは、依然として、許されるべき行為ではない。だが——彼もまた、私と同じ、ただの、怯えた人間にすぎなかったのだという事実は、私の中で、何かを、静かに、組み替えた。
私は、これまで、「采点者は、いない」と、高らかに宣言していた。だが今、私は、思う。
采点者がいないのではない。全員が、采点者であり、同時に、ただの、怯えた被告人でもあるのだ。
海老原部長も。母も。あの後輩も。澄も。そして、私自身も。
誰も、絶対的な権威を持って、誰かを裁いてなどいない。皆、ただ、自分の不安を、誰かにぶつけたり、誰かから引っ込めたりしながら、生きているだけなのだ。
その夜、私は、「消去記録」と名付けた、あの大学ノートを、久しぶりに開いた。
三十二件の戦果。几帳面な字で書き連ねられた、勝利の記録。
私は、そのノートの、最後のページに、新しい一文を、書き加えた。
——消去とは、力ではない。選択である。そして選択には、常に、責任が伴う。
諸君、これが、私の、最終的な結論である。世界は、確かに、私が知覚する限りにおいて、私の中に存在する。それは、今でも、真実だと思う。だが、その真実から導かれるべき結論は、「だから何をしてもいい」ではなく、「だからこそ、何を選ぶかに、責任がある」ということだったのだ。
私は、海老原部長を、消したのではなかった。
私は、海老原部長に対して、恐れずに向き合うという選択を、ようやく、自分に許しただけだったのだ。
そして、後輩のクレームを無視したとき、母の電話を拒否したとき——私は、消したのではなかった。
私は、向き合う責任から、逃げるという選択を、自分に許してしまっただけだったのだ。
同じ「目を閉じる」という行為が、片や勇気になり、片や臆病になる。その違いを分けるものは、ただ一つ。
——その先に、誰かの痛みがあるかどうか、だった。
私は、ノートを閉じた。
そして、スマートフォンを手に取り、母に、電話をかけた。
数コール後、母の声が、聞こえた。
「あら、珍しいわね、あんたから」
私は、何から話せばいいか、分からなかった。だが、それでよかった。なぜなら、この時、私が本当にすべきだったのは、雄弁に語ることではなく、ただ、声を、聞くことだったのだから。
最終章 まぶたの裏
澄とは、それきり、会っていない。
連絡先は、今も、私の電話の中に残っている。だが、私は、その番号に、一度も、かけていない。これを、諸君は、どう判断するだろうか。未練だろうか。それとも、ようやく学んだ、節度というものだろうか。正直、私自身にも、分からない。
ただ一つ、確かなことがある。
私は、もう、彼女を「消去」してはいない。
これは、控えめながら、私が、最後に辿り着いた、ささやかな誠実さだった。会わないことと、消すことは、違う。会わないことは、ただの、距離だ。だが消すことは、存在そのものへの、宣告だった。私は、もう、その宣告を、誰に対しても、軽々しく下すまいと、決めていた。
噂では、彼女は、今も、あの展望台に、時々、現れるという。これは、後輩の——あの、私がかつて見捨てかけた後輩の——又聞きにすぎないので、真偽のほどは保証しかねる。だが、もしそれが本当ならば、彼女は今も、あの場所で、町を見下ろしながら、誰かの理論を、面白がって、聞いているのかもしれない。
あるいは、それすらも、私の願望が作り出した、都合のいい幻想にすぎないのかもしれない。
いや——諸君、正直に書いておかねばならないことが、もう一つある。
それは、噂などではなかった。
ひと月ほど前のことだ。私は、何の意図もなく、ただ、足が向くままに、あの展望台に、足を運んだ。平日の、夕刻だった。客は、ほとんどいなかった。
そして、彼女は、いた。
最初に出会った、あの場所に。あの姿勢で。まるで、時間が、その一角だけ、止まっていたかのように。
私は、声をかけるべきか、迷った。だが、迷う間もなく、彼女の方が、こちらを振り返った。驚いた様子は、なかった。まるで、私が来ることを、最初から、知っていたかのように。
「久しぶりです」
私は、それだけ、言った。
澄は、何も答えず、代わりに、手に持っていた一冊の、古びたノートを、私に差し出した。
「これ、見ますか」
私は、受け取った。表紙には、何も書かれていなかった。だが、開いた瞬間、私は、息を呑んだ。
そこには——諸君、これを書いている今でさえ、自分の正気を、疑いたくなる——私の人生が、年表のように、整然と、記されていたのだ。生まれた日。最初に泣いた日。海老原部長に怒鳴られた、あの火曜日、午後三時十七分。澄と出会った、展望台の、あの瞬間。母への、最後の電話。そして——
そして、その先に、まだ起きていないはずの日付が、何行も、続いていた。
私は、ページを、めくる手を、止めることができなかった。
「これは……」
声が、震えた。
「あなたが、ずっと、見たり見なかったりしてきたものの、記録です」澄は、静かに、言った。「面白いでしょう。あなたが目を閉じている間も、ちゃんと、誰かが、見ていたんですよ」
「誰が」
「さあ」
彼女は、微笑んだ。あの、最初に出会った日と、同じ笑い方だった。
「私かもしれないし、あなた自身かもしれない。それとも、ただの——世界、かもしれない」
私が、その言葉の意味を、咀嚼しようとした、まさにその一瞬——本当に、瞬きほどの、一瞬だった——彼女は、いなくなった。
ノートも、消えていた。
私の手の中には、何もなかった。最初から、何も、なかったかのように。
私は、その場に、長い間、立ち尽くしていた。町は、いつものように、眼下に広がっていた。だが、その日に限って、私には、その町が、誰の許可も得ずに、ただ、それ自体として、確かに、そこにある、ように見えた。
これを、諸君に、どう説明すればいいだろうか。
幻覚だったと言えば、簡単だ。だが、それでは、あのノートの重みを、私の手のひらが、今でも覚えていることの、説明がつかない。
彼女が何者だったのか、私には、もう、永遠に分からないのだろう。私の良心の化身だったのか。世界そのものの、束の間の顕現だったのか。それとも、ただ、私が出会い、私が失った、一人の、ただの人間だったのか。
諸君、ここまで、長々と、私の記録に付き合ってくれたことに、感謝する。
最後に、一つだけ、告白しておかねばならないことがある。
私は今、この原稿を、夜のデスクで書いている。窓の外は、すでに、暗い。部屋の電気は、まだ、点いている。
ふと、思う。
この部屋も、この机も、この原稿も——いや、これを読んでいる諸君でさえも——本当に、私のまぶたの外側に、独立して、存在しているのだろうか。それとも、やはり、すべては、私が知覚する限りにおいてのみ、かろうじて、この世に、繋ぎ止められているのだろうか。
あの日、給湯室で気づいた真実は、今でも、揺らいでいない。世界は、私の中にある。それは、変わらない。
だが、もう一つ、付け加えるべきことがある。
私の中にあるということは——私が、世界に対して、責任を負っている、ということでもあるのだ。
これは、福音だったのだろうか。それとも、ただの、重たい罰だったのだろうか。
諸君、正直に言おう。私には、もう、分からない。
ただ、今、ここで、もう一度、試してみようと思う。
最初の日と、同じように。
私は、ペンを置く。
そして——
目を、閉じる。
