「癖になってんだ」 #せりふ三題噺
チーン!
「うあああっ!」
うっかり電子レンジの音にビビリまくった。もはや職業病だ。仕事はとっくに辞めたのに、職業病はすぐには治らないらしい。
とりあえず温まった白ご飯を茶碗にあける。それからサバ缶に醤油をたらして、海苔を切って、インスタント味噌汁にお湯を入れて、飯を食う。
退職するときに固く口止めされたから、俺がどんな仕事をしていたかは本当は教えられない。だが、まあ、これは俺の独り言だから、特別に全部ぶちまけてやるよ。
俺は宇宙人との連絡係だった。UFOが空を飛んでるからって、宇宙人も空にいると思っているやつが多すぎる。しかし宇宙人はそんなマヌケじゃない。宇宙人はとっくに地球に自分たちの拠点を持っている。それがどこかといえば……
ずばり、深海だ。
街で偶然宇宙人大使館を見つけるなんてことは絶対にない。宇宙人と話をしたかったら我々が深海に行かなきゃならない。そんなことできるわけないよな? だが我々はどうしても宇宙人とコンタクトを取らなきゃならなかった。その手段を模索してたとき、それをどうやら宇宙人のほうが察知したらしい。ヤツらは「無理矢理」我々に連絡してきた。
つまり、我々は無意識のうちに人のいない海岸に来ていた。操られたんだ、ちくしょう。そして眼の前にある奇妙な乗り物に乗れと指示された。テレパシーでだぜ?
『ひとりでそれに乗れ。それは自動操縦だ。合図があったら降りろ』
だとさ。で、俺は同僚とのジャンケンに負けて、それに乗ることになっちまった。
中に入ったら、ドアが勝手にロックされた。その乗り物は水しぶきひとつたてずに、まるでUFOみたいな速さで沖へ移動し、海底に向かって潜り始めた。
窓の外はすぐに暗闇になったんだが、不思議なことにある程度の様子がわかるんだよ。光以外の手段でものが認識できてるんだ。妙な感じだったな。それに、暗闇の中を泳いでいた深海魚が、魚とは思えないような形だったなぁ。なーんか、生きたルーズソックスみたいなさ。俺は思ったね、海はまだまだ未知の世界だって。
俺はしばらくはこの未知の世界を楽しんでいたんだが、どうやら体は危険を感じていたらしい。なにしろ深海だからな。鼓動が速くなり、バクバクと音が聞こえてきた。寒気も感じる。俺はダウンコートのフードをかぶってファスナーを上まで引っぱり上げた。ヤバいかもって思ったね。
震えながら見る窓の外には超低速で泳ぐ魚の群れ。オバQの群れみたいに見えるのは発光する三本の触手のせいかもな。そのうちに、スケルトンなヒトデがあたりに散らばっているのが見えてきた。どうやら海底に到着したらしい。
チーン!
電子レンジみたいな音がして、テレバシーがいった。
『合図だぞ。降りろ』
降りろだと? この水の中に? 死ぬぞ? オバQになっちまうぞ?
「こんなとこで降りられるわけねえだろ!」
震えながら俺は怒鳴った。聞こえてないかもしれないが、知らん。するとヤツは猛烈に嫌がらせをしてきやがった。
チーン! チーン! チーン!
その音は俺の脳みそに突き刺さる。
「うわーっ、頼む、やめてくれ!」
しかし俺の意思を無視して、体が勝手に動き出した。ヤツが俺を操っている。俺はドアに向かって歩き、俺の手は必死の抵抗虚しく、レバーを握って、ぐいっと引いた。俺は死を覚悟した。
気づいたら俺は海岸に戻っていた。迎えてくれた同僚がいうには、俺は乗り物で戻ってきて、ドアを開けて外に出て、宇宙人とのやりとりをすっかり報告し、まとめた書類と動画まで持っていたらしい。その書類と動画を同僚に渡した瞬間、俺の海底での記憶は消えた。記憶は消えたけど、恐怖心は消し忘れたらしい。ちくしょう、気が利かねえ宇宙人だよな。涙が出るぜ。
その後も宇宙人とのコンタクトは必要だった。宇宙人は俺を指名してきやがった。海底に出向いた回数は二十三回。そのたびに記憶を消され、恐怖心は増していく。
この間、俺は電子レンジのチーン! を待たずに扉を開けるようになった。うっかり時間がくるのを避けるために電子レンジに張り付いて待っている。白飯を温めている間に缶詰を開けたり海苔を切ったりしていると、チーン! と不意打ちされてビビりまくっちまうからな。
こんな生活も半年になる。そろそろ限界だと思って、俺はついに会社を辞めたんだ。
まあ、俺はおぼえていないけど、宇宙人はいるんだぜ。
ところがだ。
未だに俺のあの恐怖心は消えていないらしい。
退職したあと田舎に帰って、地元で知り合った女性と結婚して、二人の生活が始まってからも、俺は電子レンジのチーン! を避けていたんだ。タイマー二秒前に扉を開ける俺に、妻が聞いてきた。
「ねえ。適当に時間入れて適当に取り出す人はいるけど、あなたみたいにきっちり二秒前まで待ってるのって、どうしてなの?」
俺は一瞬返事に詰まった。で、解凍した白ご飯を取り出しながら、ごまかした。
「あ、ああ……、癖になってんだ」
「ふーん。変なの」
妻は俺の様子を鋭く察知して、深く追求しないでくれたらしい。まるでテレバシーでも使えるのかと思うほど、彼女は人の気持ちに敏感なんだ。
……テレパシー。いやな響きだ。俺は結局、俺の記憶を消した宇宙人の姿をまったくおぼえていないのだ。
チーン!
「うわーっ!」
完全な不意打ちだ。みっともない大声をあげちまった。妻はニコニコして、熱々の白ご飯を取り出している。
「私、白ご飯は熱々じゃないと嫌なのよ」
マズい。
マズい。
いや、飯はうまいが、マズい。
俺は、チーン!の恐怖から身を守るために、妻にあの半年間の秘密を白状した。すると妻は、チーン!ではなく、ピーッ!の電子レンジに買い替えてくれた。
な、なるほど、その手があったか。
ところが俺は、すっかり忘れていたんだ。俺の職務内容は、退職するときに固く口止めされていたことを……。
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