🏫桜美咲シリーズ【学校編】第4話 誰かを支える人の小さな疲労
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この物語は、私が普段書いている
「優しい言葉10選」の延長にあるお話です。
桜美咲シリーズは、すべて1話完結編となっており、
どの回から読んでもお楽しみいただけます。
前書き
この学校では、今日もいろいろな出来事が、静かに重なっています。
カンニングという一つの選択に揺れた生徒のこと。
そして、理由をうまく言葉にできないまま、何度も保健室に足を運ぶ生徒のこと。
「悪いことをした生徒」として片づけてしまえば簡単でも、
その裏には、誰にも見せられなかった不安や、焦りや、孤独があります。
その声を、真正面から受け止めているのが養護教諭の伊藤真央先生です。
いつも穏やかで、誰に対しても同じ距離で向き合い、
生徒の話を途中で遮ることなく、最後まで聞こうとする人。
けれど
カンニングの相談も、進路への不安も、家庭の悩みも、
保健室に集まる小さなSOSも、すべてを一人で抱え続けるうちに、
真央先生自身の疲労は、少しずつ積み重なっていました。
助ける側でいる人ほど、
「しんどい」と言うタイミングを失ってしまうことがあります。
今回の物語は、
問題を起こした生徒のその後だけでなく、
相談を受け続ける教師の側の心にも、そっと目を向けたお話です。
誰かを守る立場にいる人も、
同じように守られる存在であっていい
そんな思いを込めて、続きをお届けします。
本文
前日
1年4組の小テストで、カンニングが発覚した。
教科担当がその場で厳しく注意した瞬間、生徒は教室を飛び出した。
先生はすぐに後を追い、校門の前で、泣き崩れている生徒を見つけた。
そのときは、あえて叱らず、ただ静かに声をかけて、保健室へ連れて行った。
そして、翌日の午前中。
午前中
1年4組のあの生徒は、
学年主任の藤崎愛菜と、保健室の伊藤真央に呼ばれていた。
処分の話ではない。
これから、どう立て直していくか。
そのための、短い面談だった。
愛菜は、いつものはっきりした口調で言った。
「今回のことは、もう学校としての判断は終わってる。
でもな、あなた自身まで否定されたわけちゃう」
生徒は、黙ったまま、小さくうなずいた。
そこへ、真央がそっと言葉を添える。
「ずっと、ちゃんと勉強してきたよね。
小テストも、これまで安定してた」
「しんどかったら、保健室に来ていいから。
がんばれじゃなくて、
しんどいって言いに来る場所やと思ってほしい」
少しだけ、生徒の肩の力が抜けたように見えた。
愛菜が最後に、静かに伝える。
「次は、点数よりも、戻ることを目標にしよ」
その一言に、生徒は小さく、
「はい」
と答えた。
この生徒は、もともと授業態度もよく、まじめな生徒だった。
中間考査はクラス40人中8位。
けれど、この学校に集まっている生徒たちは、
中学時代にクラスで1位や2位だった子ばかりだ。
どうしても、順位は思うように上がらない。
周りと比べるたびに、焦りだけが大きくなっていく。
その焦りが、
今回のカンニングにつながってしまったのだと、本人は話していた。
処分は、小テストであったこともあり、
この教科の成績を50点減点する、というものだった。
重い現実ではある。
けれど、総務担当職員の桜美咲は静かに伝えた。
「この子なら、取り返せる」
たとえ1学期の成績が欠点になっても、
追試で十分にクリアできる力はある。
そう説明すると、
生徒の表情は、ほんの少しやわらいだ。
家でも、塾でも、
「成績」の話ばかりをされていたという。
両親は面談で、
「子どもに成績のことを聞きすぎました。
それが一番よくなかったと思います」
と頭を下げた。
通っていた塾も、見直すことになった。
また、教科担当の教員も、今回の対応を深く反省していた。
テスト中であるにもかかわらず、大きな声で叱責してしまったこと。
ほかの生徒を残したまま、
教室を飛び出した生徒を追いかけ、
結果的に小テストを中止にしてしまったこと。
「感情で動いてしまいました」
そう、正直に話していた。
この件は、ひとまず、これで落ち着いた。
少なくとも、
この生徒がもう一度、教室に戻るための道は、
静かに用意された。
1年4組の生徒たちは、
誰ひとりとして、あの子を偏見の目で見ることはなかった。
むしろ、
「大丈夫かな」
と、静かに心配している様子のほうが多かった。
もちろん、
カンニングがいけないことだという認識は、みんな持っている。
けれど同時に、
「それだけ追い込まれてたんやろな」
と、口にする生徒もいた。
「気持ち、分からんでもない」
そう言った声は、決して軽い同情ではなく、
同じ教室で、同じ順位に悩み、
同じプレッシャーの中にいるからこそ出てくる言葉だった。
誰かを責める空気よりも、
誰かのしんどさを想像しようとする空気。
その日、1年4組の教室には、
静かだけれど、確かなやさしさが残っていた。
昼休み
この一連の対応がひと区切りついた頃、
職員室の時計は、もう12時半を回っていた。
真央は少し遅れて、食堂へ向かった。
扉を開けた瞬間、
聞き慣れた声が飛んでくる。
「真央ちゃーん、ここやで!」
声の主は、1年3組生徒の井川沙耶だった。
テーブルの向こうで、満面の笑顔で手を振っている。
「真央ちゃん、こっち!」
思わず真央は、くすっと笑ってしまう。
するとすぐ横から、総務担当職員の西野花音が
つっこんだ。
「またちゃん付けやん(笑)」
沙耶は少し胸を張って言う。
「きゅん付けも、ありますよ?」
「……は?」
一瞬、全員が止まる。
姉で総務担当職員の井川つむぎが慌てて言った。
「沙耶ちゃん、何言ってんの……」
それでも、美咲は小さく笑ってから言った。
「でもな、
沙耶ちゃんが言うと、なんかかわいいわ」
テーブルの空気が、ふっとゆるむ。
ついさっきまでの重たい空気が、
ここではもう、少しだけ遠くにあった。
こんなふうに無邪気に見える沙耶だが、
実は、まわりに人がいないことも、
真央が重たい案件を抱えていたことも、ちゃんと分かっている。
だからこその、あの声だった。
騒がしくならないタイミング。
真央が、ひと息つける場所。
それを、自然に選んでいる。
周りの空気を読める子やな。
美咲は、少し離れた席からその様子を見ながら、そう思っていた。
笑わせようとしているわけでも、
目立とうとしているわけでもない。
ただ、
「しんどそうな人がいる」
それだけに、ちゃんと気づいている。
それができる沙耶は、やっぱりすごいなと、
美咲は静かに感じていた。
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