ゆうキャラ相談室|ずっとトップだった子が、初めてつまずいたとき
昼休みの職員室は、少しだけ静かだった。
書類を整理していた赤いちゃんの前に、ムギちゃんがゆっくり近づく。
「少し、いいですか」
赤いちゃんは顔を上げて、柔らかく頷く。
「ええよ。どうしたん?」
ムギちゃんは一度息を整えてから、椅子に座った。
「相談というか……気になっていることがあって」
少し迷う間。
そして、言葉を落とす。
「ずっと中学校でトップだった子がいるんです。進学校に入ってから、スランプになって、成績が落ちてしまって」
赤いちゃんはすぐには返さない。
「……うん」
それだけ。
ムギちゃんは続ける。
「本人は何も言わないんです。でも見ていると分かるんです。今までできる側だった子が、初めてうまくいかなくなっている」
少しの沈黙。
「こういうときって……やっぱりショックは大きいんでしょうか」
その問いは、まっすぐだった。
赤いちゃんはペンを置いて、少しだけ姿勢を変える。
「そら、大きいやろなぁ」
ムギちゃんは小さくうなずく。
「やっぱり、そうですよね」
そのとき赤いちゃんが、ふと目を細める。
「……妹さんの話やろ?」
一瞬、空気が止まる。
ムギちゃんは少し驚いて、それから小さく笑った。
「……分かりますか?」
赤いちゃんは軽く肩をすくめる。
「そら分かるよ。話の距離が、近すぎるもん」
ムギちゃんは少しだけ視線を落とす。
「妹なんです。沙耶っていって、中学ではずっとトップでした。でもこの学校に入ってから、順位も下がって、今はあまり楽しそうじゃなくて」
赤いちゃんは静かに聞いている。
ムギちゃんは続ける。
「でも何も言わないんです。だから余計に気になってしまって」
赤いちゃんは少しだけ息を吐く。
「しんどいやろなぁ、それは」
ムギちゃんは小さくうなずく。
「はい……」
赤いちゃんは椅子にもたれて、窓の外を見た。
「ずっとトップやった子ってな、できる自分が当たり前になってもうてること多いねん」
ムギちゃんは黙って聞く。
赤いちゃんは続ける。
「それが崩れたときって、成績だけやなくて、自分そのものが揺れる感じになることあるで」
ムギちゃんは小さく息をのむ。
「そこまで……」
赤いちゃんはゆっくり頷く。
「そこまでいく子も、おるな」
その言い方は、責めるでもなく、決めつけでもなく、ただ現実を置いていく感じだった。
ムギちゃんはぽつりと言う。
「見ている側も、少ししんどいですね」
赤いちゃんはすぐに返す。
「しんどいって思えてるだけで、ちゃんと見てる証拠やで」
ムギちゃんは少しだけ驚く。
「そう、なんですか」
赤いちゃんは軽く笑う。
「無関心やったら、そもそも悩まへんやろ?」
ムギちゃんは黙る。
赤いちゃんは少しだけトーンを落とす。
「でもな、全部背負ったらあかんで」
その声は少しだけ厳しい。
ムギちゃんはうつむく。
「……そうですね」
少し空気が重くなる。
そのとき赤いちゃんが、ふっと笑った。
「でな」
ムギちゃんが顔を上げる。
赤いちゃんは少しだけ柔らかくなる。
「その子、落ちたって思ってるだけちゃうかな」
ムギちゃんは目を細める。
「落ちた……だけ?」
赤いちゃんは頷く。
「ずっとトップやった世界が、その子の全部やっただけやろ」
「でも今は、その外に出ただけやねん」
ムギちゃんは少し考える。
「それは……どう伝えればいいんでしょう」
赤いちゃんは少しだけ笑う。
「正解言おうとせんことやな」
ムギちゃんは顔を上げる。
赤いちゃんは続ける。
「しんどいなってまず受け止めることやで」
「その上で、それで終わりちゃうでってだけ、そっと置いたらええ」
ムギちゃんは小さくうなずく。
「難しいですね」
赤いちゃんは即答する。
「難しいよ」
少し間を置いて、柔らかく続ける。
「でもな、助けるって、全部どうにかすることちゃうからな」
ムギちゃんは静かに聞いている。
そのとき、赤いちゃんがふっと笑った。
「まぁ私もな」
ムギちゃんが首をかしげる。
「赤いちゃんも?」
赤いちゃんは軽く手を振る。
「大した人間ちゃうで。アルバイトやしな」
ムギちゃんはすぐに返す。
「でも途中入社でいきなり主任じゃないですか」
赤いちゃんは目を丸くする。
「そこ言う?」
ムギちゃんは少しだけ笑う。
「事実です」
赤いちゃんは苦笑しながら、
「そこは言わんとこ(笑)」
と肩をすくめる。
空気が少しだけ軽くなる。
ムギちゃんは小さく息を吐く。
「少し楽になりました」
赤いちゃんは静かに頷く。
「それでええ」
そして最後に、少しだけ柔らかく言う。
「ムギちゃんはな、ちゃんと見てる人やから」
ムギちゃんは少しだけ笑う。
「見てるだけで終わらないようにします」
赤いちゃんはふっと笑って、椅子にもたれる。
「それで十分やで」
職員室の空気は、さっきより少しだけ、やわらかくなっていた。
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