煙の匂いの向こう側にあった、家族の時間
便利さと引き換えに失った、 「誇り」という名の温もりを、
そっと思い出してみる
建て直す前の家には
囲炉裏があった。
冬になると
その火のまわりに
家族が集まる。
火を見ていると
なぜか落ち着いた。
風呂は
薪で沸かしていた。
その係りは
私だった。
学校から帰ると
まず薪を持ってくる。
そして
風呂の釜に火をつける。
パチパチと
薪が燃える音。
煙の匂い。
それを見ながら
風呂が沸くのを待つ。
頃合いを見て
風呂の蓋を開ける。
長い棒で
湯をかき混ぜる。
それから
手を入れて
湯加減をみる。
熱いか。
ちょうどいいか。
そんなふうにして
確かめていた。
風呂に入る順番は
決まっていた。
じいちゃん。
ばあちゃん。
父親。
母親。
私は
風呂を沸かす係りだった。
子どもながら
少し誇らしかった。
今はもう
薪で沸かす風呂はない。
でも
蓋を開けて
湯をかき混ぜ
手で湯加減をみた
あの時間は
今でも
覚えている。
だから、思う。
ゴミ箱にしたくない。
今日も一ミリ。
農地の問題は、放置すると家族の問題になります。
私は「ここにあるものを守る行政書士」を目指しています。
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