イラン情勢は秩序崩壊の試金石である
ある国の体制が気に入らないからといって、先制攻撃を仕掛けて指導者を殺害してよいということにはならない。これは好悪の問題ではない。国連憲章の根幹だ。
2月28日、米国はイスラエルとともにイランへの大規模な先制攻撃を開始し、最高指導者ハメネイ師を殺害した。ラマダンの最中にだ。米国国際法学会(ASIL)は翌々日に会長声明を出し、武力行使禁止条項への違反、議会との事前協議義務の不履行、先制攻撃を正当化する証拠の不在を指摘している。ある国の法律家団体が自国政府の軍事行動をここまで明確に批判すること自体が異例だ。
日本政府はこの攻撃に特段の立場を表明していない。「ルールに基づく国際秩序」を掲げる政府が、その秩序の根幹が壊れる局面で黙っている。
追い詰めたから壊れた
イランがホルムズ海峡の封鎖をこれまで実行しなかったのは、弱さではなく計算だ。アラブ世界との関係、米国との直接衝突、自国経済への打撃——これらを秤にかけて自制してきた。だが国家存亡の認識が閾値を超えれば、計算は変わる。
米国とイスラエルは、テヘランは弱く反撃にも慎重だと侮っていた。核協議に前向きだったにもかかわらず繰り返し攻撃し、結果、イランの戦略は防御から攻撃へ転換した。ホルムズ海峡とバブ・エル・マンデブ海峡が標的に入った。相手を追い詰めれば追い詰めるほど、抑止が外れる。古典的な誤算だ。
ブルームバーグ(2026年3月23日)によれば、トランプ大統領がイランの電力インフラ破壊の脅しを撤回した背景には「インフラに恒久的な損害を与えれば、国家として機能不全に陥る」というパートナー国の警告があった。体制転覆と国家崩壊は同じではない。インフラを叩けば体制が倒れるのではなく、国家が壊れる。イラクでフセイン政権を倒した後に来たのは民主化ではなく、ISだった。
問われているのは秩序だ
誤解のないように書いておく。この議論はイランの体制を擁護するものではない。だが体制が気に入らないことと先制攻撃が許されることは別の話だ。この区別ができなくなったとき、秩序は壊れる。
ホルムズ海峡は世界の原油輸送の約2割が通過する。ここが封鎖されれば、そのコストは日本の家計にそのまま降り注ぐ。だがエネルギー以上に深刻なのは、先制攻撃の禁止、主権対等の原則、武力行使への法的拘束——これらがなし崩しに無力化された世界が、どこへ向かうかだ。ASILはこう言っている。「国際法への違反を通じて自由や民主主義が達成されることは稀である」。
イラン情勢は遠い中東の話ではない。問われているのは「イランをどうするか」ではなく、秩序の崩壊をどこで止めるかだ。
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ポール・ケネディ『大国の興亡』(草思社文庫)。
大国が覇権を維持できなくなる構造を500年のスパンで描いた古典だ。「力の過剰伸長」という概念は、いまの米国が中東で直面している問題をそのまま説明する。
