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#7 ある脳卒中当事者の、発症〜現在の10年間を振り返っていただいて

今回、お話を伺ったのは愛知県にお住まいのMさん。
脳梗塞を発症されて10年。その10年を振り返っていただきました。

-倒れた時のことは覚えていますか?

まずは、お昼までよかった。
夜ご飯はあんまり食べたくなかったんで、「お母さん、ご飯今日いらんよ」って言った。
夜の10時頃に寝床行って、で寝とって、未明だな。
そこで何の気なしに起きて、お母さんがリビングでテレビを見てたもんだから、
「お母さんまだ起きてるの?」って。
そしたら、フラフラーとなって後ろへ倒れていって。
後ろにテレビがあったもんだ、バターンとならなかった。
ほんで、「お父さんおかしいよ」って、救急車呼んでもらって。
搬送されて、そんな時は手も足も動いて、病院ついた時に看護師さんが手をあげてくださいとか足上げてって言ったもんだ、それはできた、意識もあったし、全部できた。

一度も意識を失うことなく、はっきりと当時のことを覚えてみえた。
発症したその日は、手足も動き、喋ることも出来たのだ。
しかし、翌日に状況は一変する。

次の日に専門医が来て、「じゃあちょっと手を動かしてください」って言ったの。全然できへん。
自分で立てるかなと思っても、あかん。しゃべるもあかん。
病院に着いて、1日経ってみたら、手も動かんし、しゃべるも足も動かん。

医師から告げられたのは残酷なものだった。
医者がね、足は完全不随ではないけど、手の方は完全不随だって言ったでね。
人生終わったなと思った。
65歳、本当に64から65になるときだ。
本当にこれからお母さんとね、定年後はどっかへ遊びに行こうと思ったらさ。。

思わず息がつまる。

お母さんいい時無いわ。わがままばっかだったもんな。
お母さんに恩返ししようと思って(いた矢先に)。

あんたもね、なんかやろうと思ったらその時にやらんとね。
思っとるだけじゃあかんでね。

「後悔ばっかだ。」

できるだけ、役に立たんにしても、ご飯作れる時に作ったり、
子供たちにね、孫を連れて来てくれるようなおじいちゃんにならないかん。

やっぱり悔しいよ、うん。後悔よりも悔しい。
何もかも満足じゃないけど、不満はないけどね、不安がいっぱい。
だから自分で自分を慰めたというのかね。
まだこの人みたいじゃないでいいか。まだしゃべれるでいいか。
(自分の)いいところを探してた。
人と比較してだ。上を見てもしょうがないもんだ。
(自分よりも)悪い人を見て、いかんけんね、こういうことは。
人間としていかんけんけどね、正直に話しゃそういう人を見てたんだ俺は。

今のところ、子供も嫁さんもみんな大きな病気もない。
孫も大きな病気もないし、大きなけがもないもんだ。
まあ、幸せだって言えば幸せだよね。

この病気になったことは、もう、しょうがないよねって思うしかないじゃん。
だもんで、心の持ちようだ。
心をどこへ持ってくだから。
病気っていうのはなりたくてなるわけじゃないもんだ。

うちでは百姓のことも教えたりね。
歩いていけんにしても、乗せてもらったり、自分で行けるところまで行って指導したり。

一人でいると、悪いことばかり考えてしまう。
過去を振り返っては、悔しさを滲ませるMさん。
不自由さを感じながらも、精一杯自分にできることを今日に至るまで続けられている。

一番大事なことは、心が折れたらね、何もできんじゃないかな。
こういう病気になった人で、みんな思っとると思うよ。
1日の中でも、「あ、ちょっと今日調子が悪いな」とかさ、「あ、昼から調子が良くなった」とか。時間ごとに変わっちゃって。
そういうことを気にしちゃうだ、どうしても。足が動かんなとか。
心が折れたら、まずアカンだらね。


包み隠さず、本音で話してくださったMさん。
次回は、心の持ちようと自宅での工夫について語っていただきます。
是非、ご視聴ください。


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