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【note過剰考察vol.9】言葉の数だけ世界が広がる話(喜木凛🌿ブックシェアコーディネーターさん)


メンバーシップ版note過剰考察シリーズ第9弾です!


今回は、喜木凛さんです!


いや~ついに第9弾まで来ました!

喜木凛さんは、図書館の司書として働かれているかたで、キャッチコピーは「本とあなたをつなぐ、心と言葉がひとつになるとき」です。

図書館っていいっすよね……(笑)

最近はあまり行けていませんが。
子どものときは本があまり読めなかったんですけど、図書館に行くのは結構好きでした。その空間にいるだけでなんか頭が良くなってくるような気がします。
たぶん、本を読んでいる時間より、本を探している時間のほうが多かったのではないかと思います。

今でも、そこまでたくさんの本を読める人間ではなくて、本を読もうとするときに、とりあえずどれにするかなというところでかなり迷ってしまい、本を読み始めるまでの時間が異様に長いです(笑)

「読書」によって得られる経験っていろいろあると思いますし、それこそ、私が言うまでもなく、いろいろな人がいろいろないいことを言っていると思いますが、今回は、喜木凛さんの文章を通して、このアカウントなりに「読む」とか「言葉」とかについて、過剰考察と深掘り考察で考えていけたらなと思っています。

ということで、今回の記事に入っていきます!



言葉の数だけ世界が広がる話




ということで、早速見ていきましょう。


書き出し


読書家のみなさんも、そうでない方も、本を読む理由を考えたことありますか?

私自身は、自分の世界が広がるから読んでいます。

本はその道のプロばかりが書いているものが多いですし、やっぱり本になるだけの価値があるものなんですよね!

言葉の数だけ世界が広がる話より

冒頭の一文。いきなりのどストレートな問いです(笑)

この一行で一週間弱考えさせられることになりました(笑)

「本を読む理由」


この記事を過剰考察するとしたら、やっぱこの問いについて考えるしかないですよね。
どうしよう。とりあえず、あまり難しく考えすぎず、自分の思ったことをまずは回答してみようと思います。

「本を読む理由」。

それは……「自分の世界が広がるから」……あ、やっぱ喜木さんと同じでした(笑)

ことばと世界の認識みたいなものは考えるのが好きです。
色々なアプローチがあると思いますが……うーん、やっぱりまずは難しく考えすぎずに。

まず、本を読むと現実世界では出くわさない場面に出くわすことができます。それは、小説やエッセイでもそうでしょうし、それ以外の文章でもそうだと思います。

文字というか、「ことば」を通した営みだと思います。絵や写真集といったものもありますね。

端的に言うと、私は自宅に居ながらにして、アラスカの寒さや砂漠の暑さを知ることができるみたいなやつです。

本を読まなければ得られないものというのはあると思います。例えば、古典なんかは特にそうです。
今現在の現実社会で、その古典が書かれた当時のことを体感で知ることはできません。しかし、当時書かれた本を読むことによって、当時を垣間見ることができる。
私の人生そのものは、一生の間に、行けるところも限界があるし、話ができる人も限界があるし、体験することができることも限界がある。

あーそんなことを考えてみると、一生の間に実体験でできる事なんて本当に限られている。あと気持ち的にもなんでも実体験をするのはきつい。もしかしたら、本当は頑張ればできるかもしれないけれど、挑戦する気すらない実体験もある。ほら、もう年だったりすると実際にチャレンジするのはきついよななんてことたくさんあるじゃないですか。

これって一歩間違えると絶望です。私が一生の間にできる事なんて本当に限られている。

そこにおいて、本は人生の大きな代替手段になってくれていると思います。
実体験でできないこと、やれないこと、もしかしたらやれるかもしれないけどやろうとまでは思えないことについて、本を読むという行為を通して代替して経験をすることができる。

結果、本を読む理由は自身の経験の幅、自分の世界を広げることができるから。
これは、こう言っていいんじゃないかと思います。

本はその道のプロばかりが書いているものが多いですし、やっぱり本になるだけの価値があるものなんですよね!

言葉の数だけ世界が広がる話より

文章の「価値」みたいなものがあります。これは、けっこう難しいと思っていて。まず経済的に見れば、プロの書き手さんが書いた文章は、経済的価値があり、アマチュアの人が無料で書いた文章は経済的価値がないということになります。

でも、実際のところ、そうではないですよね。

「価値」のない文章なんて本当にあるのでしょうか。

noteでは、ときどき私の文章を価値があると言ってくれる方がいます。素直にとてもうれしくて、そういうコメントをいただくと、今後も読んでいただいた人が価値があると感じていただけるような文章を書きたいと思います。

で、そういうふうに感じていただける文章って何なんだろうということですね。

私は、これは、先ほどの喜木凛さんのおっしゃっていた「世界が広がるかどうか」なんじゃないかと思っています。

つまり、読み手がその文章を読んだことで「自分の世界が広がった」と感じていただけるか。そんなふうに思っています。

ここの中には、実は、「本とか文章における価値の秘密」のヒントがあるんじゃないかと思っています。

どういうことか。私のアカウントの文脈でいうとこういうことになると思っています。

すなわち、「本とか文章に価値を感じていただくのは読み手が創造をしている」から。

なので、実は書き手が文章に価値をつけているんじゃなくて、読み手の方がその文章を読んでその文章に価値をつけてくださっているんだと思うわけです。

だから、文章の価値は、実は読み手にかかっている。

書き手は「読み手が文章に価値を感じていただけたことに只感謝するほかないんじゃないか」という気がしています。

こう書いたら読み手の「世界が広がる」んじゃなかろうか、そう思って文章を読んでいただけるようなご提案をする、そうして読み手に「世界が広がった」と感じていただき「価値を感じていただく」そんなやり取りが、本や文章を通じた基本的なやり取りなんじゃないかと思うわけです。


中盤①


今回は、言葉を得ることによって世界が広がる話をしたいと思います。

赤ちゃんが初めて発する言葉がママだったとします。

それは、ママという存在を認識したのかもしれないし、お乳という食べ物を意識したのかもしれません。

赤ちゃんは、次に近所のおばちゃんをみてもママというかもしれません。

ママじゃなくておばちゃんよ、と教えられます。

赤ちゃんの世界には、ママとおばちゃんが存在するようになるわけです。

世界が先に存在しますが、概念を理解しなければ自分の世界は広がらないのです。

言葉の数だけ世界が広がる話より

これも、非常に面白い話だと思いました。
この話を読んで、これを過剰考察するにあたって、何かしらの補足をしたくなってきてしまいました(笑)

そうして読んだ本が、昨日読書感想文で書いた下記の本です。

※Amazonのアソシエイトに加入しています。

世界に存在する情報は、乳幼児が一度に取得するには複雑すぎる。

子どもは状況の手がかりとなる少ない知識を使って、単語の意味を推論する。一度に複雑な情報を処理することができないために、取り入れる情報をあえて少なくして、身体感覚に紐づけられた最初の知識を自分で作り出す。

目に入る情報、世界に入る情報は、複雑です。

「ママ」ということばは、ママ以外の情報を全てぶった切って、身体感覚に紐づけて得た最初の知識。

そこから、赤ちゃんは推論で「ママ」とは何なのかを他との区別で習得していくみたいな感じだと思います。

ポイントは、言語の習得は、最初は、身体感覚から入るというところかなと思います。

そこから、「ママ」という記号を認識して、だんだん抽象化していく。


中盤②


もう一つ、喜木さんは例を出しています。

例えば、興味のない人にとって車は車でしかありませんが、マニアにとってみれば、ランボルギーニとフェラーリは、全然同じではありません。

マニアの世界は、知れば知るほど深いですよね。

その人にとっての世界は、やっぱり知りうる言葉でしか表せないのです。

言葉の数だけ世界が広がる話より

これも、ことばが世界を広げる例として挙げられています。

実は、さっきのママの例と真逆の例なんじゃないかという気がしています。

どういうことか。

先ほどの赤ちゃんは、ある対象に「ママ」という言語を発見したと思います。いわば世界が先にあって、そこに言語が当てはめられたという流れです。
一方で、ランボルギーニとフェラーリは、ことばを知るによってはじめて、両者が区別されることを知った。
こちらは、言語があることを知ることで、初めて世界を知ることができたという流れです。

世界が先か、言語が先か。

そんな議論がありますが、いずれにしても、私たちは、ことばによって認識する世界を広げることができるということができそうです。

中盤③

それにしても、不思議なのは、概念を理解できる我々です。

あれは、犬です。

ときいて、シェパードやコーギーやら色々いるはずの犬という言葉で一つの概念を知っているわけです。

犬とは何か、ということは四足歩行でうんたらかんたらという共通項があるわけですが、すっ飛ばしてあれは犬だと理解できるのは不思議じゃありませんか?

言葉の数だけ世界が広がる話より

これも面白い問題意識でした!そして難しい!(笑)

これ読んで思い出したのは、この前読んだ言語の本質の「記号接地」問題と絡んでくるような気がしました。

ここの問題は、この前読んだ「言語の本質」にもよく書いてありました。2024年の新書大賞の本です。

あれは犬!というのを人間が言語を習得するときには、身体感覚として、「あれば犬」と理解する。そのあと、身体的な感覚を手立てにして、犬の特徴をことばで理解できるようになっていきます。

だから、ことばの意味を本当に理解するためには、丸ごとの対象について身体的な理解をしていなければならないといいます。

これは、AIと決定的に違うみたいで、AIは「犬」という記号としての言語をその特徴を示す別の記号に変換することを繰り返して、「犬」という記号に変換できる大量のパターンを取り入れるみたいな感じになります。

この場合、本当にAIは「犬」を本当に理解しているのかというのが「記号接地」問題だそうです。

要は、人間が犬を理解できているのは、「犬」を丸ごとの対象として身体感覚として感じることができていることにあるといいます。

でもでも、しかし、じゃあすべてを身体感覚として経験していないと概念を理解することはできないのか??
たとえば、数字とかを身体感覚として感じることなんてできるのか??ってなりそうですよね。

ここに、人間がことばを習得する秘密があるような気がします。

そのあたりについては、先ほどの「言語の本質」に詳しく書いてある気がします。

いずれにしても、人間が、例えば「犬」とかの概念を理解する、その最初には身体感覚がある(AIにはない)ということは、面白いところかなと思ったりします。


終わらせ方

あの気持ちを表す言葉が知りたい、という気持ちもよくあると思いますが、このモヤモヤを表現するには言葉を探すしかないですよね。

ヘレン・ケラーが『Water』という言葉で水を感じたように、衝撃的な言葉との出会いは必ず訪れます。

そう、私の言いたかったのは、こうゆう事なんですよ!という感じです。

取り留めもなく書いてしまいましたが、言葉を知っていれば知っているだけ、豊かになりますよねって話です。

言葉のプロは作家さんでしょうから、自分の世界を広げたい方は、ぜひ読書を!

貴方の心のモヤモヤが晴れるかもしれません。

ことばの数だけ世界が広がる話 より

心のモヤモヤを表現するには言葉を探すしかない

まさにそうだと思いました。あ、これだ!という言葉を見つけることができると、その感情がなくなるかどうかはわからないけど、少なくとも自分が今こういう感情・状態なんだということを説明できるようになります。

それは、すっきりすることにつながるし、モヤモヤを解消することに伝わると思います。

ヘレンケラーが、「Water」という単語に気がついた話、これも言葉の発見がモヤモヤを解消した話、と言い換えることができるかもしれません。
ここまでの衝撃に出会えるのかはわかりませんが、読書によって、新しいことばや新しい世界に触れ、自分の世界を広げることができるというのは、その通りなんだろうなと思います。

だから、「本を読む理由」を一言で言うとしたら……

やっぱり、「自分の世界が広がるから

ですかね😂

けっきょく最初と同じやん(笑)深掘りすると長くなるからはこの先は別記事にします。

喜木凛さんは、ブックシェアコーディネーターとして素敵な本をたくさん紹介してくれています。
本を紹介するモチベーションって「この本良いよ!あなたも読んでみて!」が基本なんじゃないかと思います。それによって、私の広がった世界を、相手にも伝える、そして世界がまた一つ広がる、そんな世界観を表す言葉として「ブックシェアコーディネーター」という肩書はステキだなと思いました。

思いのほか、いろいろ書いてしまったような気がしますが、「本を読む理由」に長い注釈をつけるような感じになりました。

喜木凛さん、素敵な文章ありがとうございました!!


エンディング&次回予告



ということで、note過剰考察第9弾、無料の過剰考察編はここまで!

この前過剰考察はやりすぎという声があって、「まあ過剰ですからね……」と思ったんですけど、過剰でも過剰じゃなくても何か伝わるものがあればいいなと思っています。


今回の有料のメンバーシップ限定の深掘り考察ですが……


テーマはこれで行こうと思います。

「読書」と「ことば」と「noteを書くこと」


やべえ抽象的なテーマですが(笑)

「読書」と「ことば」のことについて、いろいろ考えたので、まだ言い足りないことを書こうと思っています。
でも、それだとさすがにいくら何でも引きがないし、ちょっとくどい気がするので(笑)、noteを書くということに引き付けて考えてみたいと思っています。

この過剰考察という企画の目標の一つに「もっと読み書きを楽しく」というのがあります。そこに至るために、「ことば」とは何なのかということを自分なりに持っておいたほうがいいのではないかという気がするのです。

若干哲学的かもしれないんですけど、ここで一度考えとかスタンスを固めて、だんだん創作大賞とか、もっといい文章を書くために、役に立ちそうなことも考察できるようになっていけたらなと思っています。

ということで引きつづき、「noteの読み書きを楽しむ」旅へ、気になった方はお付き合いをいただければと思います。


そんなささやかな成果を覗いてみたいと思われた方は、よければメンバーシップ覗いてみてください~

上記のメンバーシップ限定の深堀考察記事は、明日18:00公開予定です!




そして、次回の過剰考察はやきいもさんのこの作品です!


きました!やきいもさん!!そして、コンテスト受賞作!!

こちらも必見でございます。

ということで、次回もお楽しみに!

今回も、長文お付き合いありがとうございました!
ということで、それではまた!「今日一日を最高の一日に


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