「はっぴいえんどが高く評価されてるのに、サザンオールスターズは評価されてない」という説に関しての私感

 Xを覗いていたら、こんな書き込みに遭遇しました。

 最近「はっぴいえんど史観」の功罪みたいなことがSNSで話題になっているので、その文脈での発言でしょうか。この書き込みに対していろんな方がいろんなコメントをしていますが、私もちょっと思ったことを。

 サザンなんてめちゃくちゃ売れてる国民的バンドだし、そういう意味では「日本国民全体からの高い評価」はある。またロッキングオンあたりは(特に渋谷陽一さんが健在な時は)しばしば長いインタビューをやってたし、ロキノンフェスにも出てた。ミュージックマガジンもかなり高く評価してる(してた)はず。

  「ロック的な評価」という言葉の意味がイマイチ曖昧なんですが、ことロック系のアーティストの「批評的な意味での評価」に関しては、桁違いに売れてる人って評価されない、というか評価されにくいというのはあるかもしれません。サザンがそうであるかは別として、ミスチルもB'zもラルクもグレイもそう(例えが古いですが、その件に関しては後述)。憶測ですが、そのレベルになると音楽誌のインタビューを受けなくなるからじゃないでしょうか(理由は、忙しくなるので雑誌のインタビュー受けてる時間がない、メディア対策ならより効率のよいテレビを選ぶ、とか)。日本の音楽誌はインタビューなしで誌面を作らない(作れない)傾向があるから、インタビューができないと誌面でも取り上げなくなる(もちろん例外はあります)。つまり批評もされにくくなる。雑誌の側も、あまりに売れすぎてる人を今更語っても…というのはあるような気がします。自分たちが取り上げたから売れた、という自己満足が得られないから。……というとなんかイヤな感じですが、「音楽はこんなに良いのに、それに見合った評価(この場合は主にセールス)を受けてない、だから俺たちが盛り上げなきゃ」というのは雑誌やってる人のモチベーションのひとつだと思う。私だってそうです。一種の職業的使命感でもありますね。常に「これから」という若手や新人、「もっと売れてもいいのに」という中堅やベテランを扱ったほうが雑誌の主張や存在感も出しやすいから、自然とそういうものが取り上げられ、評価もされやすくなる。でもアーティストの側が「批評的な意味での評価」を欲していない場合もある。

 また、ミリオンクラスの人になると、せっかく苦労してインタビューとって誌面に出しても、意外と反響がない、数字(部数)に結びつかない、というのもありそう。音楽誌読むような音楽マニアは、100万単位で売れるような売れ線を敬遠する傾向がある気がするんですよ。特にロックでは。売れてる人は音楽誌に頼らずとも情報がいっぱいあるから、特に音楽誌を買う必要がない、というのもある。読者が求めてないものは誌面になりにくいですよね。ラルクとかグレイとか(星野源もそう)、表紙にするとアホみたいに雑誌が売れた、という例もありますけど。

  あと、社会現象レベルで売れてる人って、「その音楽がいかに良いか」じゃなく「なぜ売れてるか」という音楽直接関係ない社会学的経済学的分析になりがち、というのもありますね。「音楽が良いのは大前提」みたいにすっ飛ばされてしまう。

もちろん宇多田さんとか米津玄師とか、例外はある。星野源もそうでしょうか。最近は音楽誌の影響力が激減してSNSの力が桁違いに大きいから、そうした傾向も変わってきてる。上に挙げた例が古いバンドばかりなのは、そういう理由もあります。

 ……というようなことをFacebookに書いたら、「ロッキングオンがいきものがかりを表紙にしたときは、こんなものまで!とびっくりした」というコメントがつきました。これは「まず最初に桁違いに売れてしまった」アーティストが、次に「音楽的な評価」を欲しがった例だと思います。いきものがかりが実際にどうだったかは知りませんが、ただ一般層に向けて売るだけじゃなく、音楽専門誌や音楽評論家に評価してもらいたい、というアーティスト(あるいは、そのスタッフ)は意外と多いんですよ。私もそういう理由で取材を頼まれたり推薦文を書いたことは何度もあります。もちろん、そんな「評価」なんて必要ない、と割り切ってるアーティストもたくさんいます。雑誌の側は売れてる人を使って話題を盛り上げて部数増に繋げたい。「売れてるものが正義だ」という渋谷イズムもありますから、アルフィーだろうがチャゲアスだろうが、どんなものでも批評の対象になりうる、という意思の表明ですね。でもそれはアーティスト側が「音楽的な評価が欲しい」と望んでないと成立しにくい。

 「日本のコアなロックファンは10万人」という説があります(具体的な数字には諸説あり)。それ以上に売りたいと思ったら、それ以外の層にもアピールしなきゃいけない。逆にいうと音楽マニアに「評価」されてるだけなら10万枚が限度、ということでもあります。フリッパーズ・ギターなんかの時はそんなことがよく語られていて、だからコーネリアスなどが世界進出に熱心だったのは、日本国内では10万枚が限度だから、それ以上広げようと思ったら海外に行くしかない、という思いがあったのかもしれない(憶測です。アーティストというよりスタッフに)。世界20ヶ国で各5千枚ずつ売れたらそれだけで10万。売れ線を目指さず、自分の音楽を変えず、なおかつ日本国内で「評価」されることを目指して頑張るよりもそっちの方が全然いい、ということもありそうな。

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