カテーテル狂想曲3 〜パラグアイの消えた夜、白兎は手術台で跳ねる〜
今日はちょっと長くなります。それほど僕の2日間は壮絶でした。
さあ、カテーテル3回目、治療としては2回目のマウンドである。
「もういい加減、慣れているはずだった」
そんなセリフは、フラグ以外の何物でもないことを、私は身をもって知ることになる。今回の入院は、最初から最後まで、何やら波乱含みの様相を呈していたのだ。
深夜の白兎と、妻の狂気
すべては、入院前日(というか当日)の深夜から始まった。
明日に備えて早めにベッドに入った途端、奴がやってきた。そう、「因幡の白兎」である。
刺すような痛みならまだ耐えられる。だが、この白兎がもたらすのは、左足の甲を常にビリビリと焼き尽くすような、浅く皮膚の一枚裏側をなぞるような不快な痛みだ。
横になれば兎がぴょんと跳ね、悶絶して起き上がりベッドに腰掛ける。少し足の位置を低くすると和らぐ気がするが、再び横になるとまた兎が跳ねる。起きる、寝る、跳ねる、起きる。
結局、苦肉の策として「左足だけをベッドから床へ下ろして寝る」という奇妙な体勢で行き着き、1時間ほどの悶絶の末に意識を失った。
わずか3時間後、再び兎のジャンプで強制起床。
諦めて電子版お薬手帳(これについては、マイナンバーカードで一本化できない日本のDX化への怒りとして、いずれ別稿で吠えたい)を準備し、朝を迎えた。
午前8時45分。カミさんの運転で、一路、宇部へと向かう。
ここまでは順調だった。負のイベント(入院)さえなければ、快適なドライブだった。
しかし、大学病院手前、右折レーンのわずかな混雑を見たカミさんが、何をトチ狂ったか「反対車線に入れば左折だから早い」とのたまい、一気に逆車線へ殴り込みをかけた。
これが大裏目。元いたレーンの車たちが悠々と病院へ吸い込まれていくのを横目に、我が家は1区間を45分かけてのろりのろりと進む羽目になった。
病院に着けば20人待ち。11時の病棟受付には大遅刻。
ところが、世の中何が功を奏するかわからない。一般病棟が満床だったため、同料金で「特別室D(3人部屋)」へ案内された。しかも、広い室内に患者は私一人。
「これは明日の手術もうまくいく予兆だな!」
カミさんとガッツポーズを決め、己の強運にご満悦だった。そう、この時までは。
緑の紐パンと、消えた看護師
翌日、神がそう容易くジジイに恩恵を与えないことを知る。
同室に新たな住人がやってきた。かつて私の睡眠を破壊した伝説の男「音次郎」ほどの爆音ではなかったが、いびきは健在。しかし、前夜の白兎に比べれば可愛いものだ。私は9時半の消灯とともに爆睡モードへ突入し、むしろ私の「寝言授業地獄」をお見舞いしてやったかもしれない。
翌朝。主治医の先生(なぜか「博士くん」みたいな、やたら『はい、息を止めて』の声が良いイケボ医師)から、私は「本日5番目」という非情な宣告を受ける。
5番目。つまり、ラスボス(最後尾)だ。
1人2時間としても、手術開始は夕方。朝食は半分(好き嫌いで結局その半分しか食べていない)、昼食は絶食、のど飴もNO。おまけに入院特有の「出口付近の頑固な便秘」に襲われ、頭の中は「術中に本当の便意が来たらどうしよう」ということで一杯になり、妙な緊張感で時間は潰れた。
午後3時。新人看護師がやってきて、緑色の「紐パン」を渡される。
形成の手術で紙おむつと尿道カテーテルを経験している身だ、今さら恥じらいなどない。……と言いたいところだが、それにしても何も隠せない情けないパンティである。私のか細きプライド(通称:パラグアイ)は維持できるのか。
さらに手術着を着て愕然とした。ちっちゃい。確実にサイズがちっちゃい。丈は膝上だし、キツく結んだ紐が容赦なくジジイの腹を締め付けてくる。
「いやだなぁ、怖いなぁ」と稲川淳二ばりに悶々としているうちに時計は5時を回った。
足音が近づく。「いよいよか!」と思ったら、さっきの新人看護師が爽やかに言った。
「私、交代の時間なので帰ります。頑張ってください!」
「ちょいとお前さん、この服小さくないかえ?」と問えば、「いや、かっこいいっす!よく似合ってます!」と言い残し、そそくさと定時退勤していった。おーい、俺のカテーテルわーい!

伏魔殿、あるいは「球団経営カンファレンス」
引き継いだ夜勤のベテラン看護師は冷静だった。私の息子に「ユリドーム」を着せてガッチリとキツく縛り上げ(これまたキツい)、車椅子で伏魔殿・カテーテル室へGO。
治療が始まった。お股からの進入を危惧していたが、幸いにも右腕からイン。
局所麻酔のため、意識はクリアだ。イケボ主治医の「石灰化してるから、ちょっともぎょもぎょ……」という声が聞こえる。室内には、女性医師、ベテランおばちゃん看護師2名、若い助手、タイムキーパーなど、なかなかの大帯同だ。
1箇所目は順調に終わった。しかし、ここで忘れていた「因幡の白兎」が、手術台の上にぴょこんと元気よく現れた。左足のジンジンビリビリがMAXに達する。
ダンディ医師の声も、パラグアイの尊厳も、一気に吹き飛んだ。
だが、私には秘策があった。狭い手術台から、左足だけを「こそっ」と下に下ろすのだ。これで兎は逃げていくはず。
――勝てなかった。手術室の番人、おばちゃん看護師シスターズのディフェンスは鉄壁だった。
「〇〇さん!足落ちてる、落ちてる!痛いの?」
親切心100%で足を手術台に戻され、さらに痛いところを逆撫でするように優しく撫でてくれた。スラムダンクの桜木花道ばりに「左足は下に置くだけ」という秘策は、ここに完全封印された。10分おきに飛んでくる温かい「大丈夫?」の声が、寝て誤魔化す作戦すらも叩き潰す。
こうなれば、室内の会話を全部記憶してnoteのネタにしてやる!と、耳をウサギのようにながーくして聴くことにした。
すると、我が主治医、熱心なのは良いのだが、カテーテルが進むたびにギャラリーの医師たちにプレゼンを始めるのだ。
「ちょっと良いですか?こちらに注目してください。私はこれをこうして、あーするつもりですが、いかがでしょう?」
普通なら「うん、それが最適解だね」で終わるはずが、背後に控えるベテランのダンディ医師(おそらく偉い人)が渋い声で突っ込む。
「そこの数値はどうなってる?チェック。助手ダッシュ。……だったら、もう少し幅を広げたら?」
主治医の上位互換からの提案だ、無下にできない。「そうですね、でもモゴモゴ……」
「でもって何や!聞こえんやん!」と心の中で突っ込む私。
そこへ、ちょい先輩らしい中堅の甲高い声の医師がいらんことを言い始める。
「俺なら、あくまで俺なら、こうするね」
そこから女医も巻き込み、私の手にカテーテルを刺したまま(多分)、血管の分岐点ごとに「経営戦略会議」が開催されるのだ。
白兎に苦しめられ、気を失いかけては、主治医の「はい、息を止めてー」のイケボで現実に引き戻される、地獄のループ。看護師の激しいツッコミは、まるでオーナーと球団代表のようだった。
兵糧攻めの果てに
そんなドサクサに紛れて、主治医は悶絶する私に、恐ろしい爆弾を2つもぶっ込んできた。
「血栓が飛んじゃってます。不整脈や狭心症の可能性があるので、経過観察のため入院は来週火曜まで、4日間最低延長ですね」
「はい……(白目)」
「あと、分岐のところが難しくてバルーンで膨らませてますが、思ったより膨らんでない。萎んでくる可能性もあるので、1ヶ月後またカテーテル入れて、ダメなら再治療ですね」
「はい……(ヤケクソ)」
博士くん(主治医)が「よし、今日は終わりまーす!」と声をあげた瞬間、2人の看護師が声を揃えて不遜なことを聞いてきた。
「〇〇さん、今何時だと思います?」
私の体感では、5時15分から始まったから、延びて8時15分。
「もうすぐ10時ですよ。ほぼ5時間。よく頑張りましたね」
時計を見れば、夜の22時。
私はジジイの最大限の見栄を切り、「先生方も、長い間本当にお疲れ様でした」とダンディに返してみせた。
心の中は大荒れである。
なんでやーい!俺の晩飯は10時過ぎとるわーい!足の痺れは最大級で、飯なんか喉を通るかーい!
やっとの思いで口にした「いろはす塩レモン」が、カラカラの身体にしみた。
今夜は、暴れる白兎と、どこかへ消え去った我がパラグアイのせいで、一歩も眠れそうにない。カテーテル狂想曲第3幕、ここに(一応の)終焉である。再治療の第4幕が開かないことを、今はただ、祈るばかりだ。

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