小説以外 その20 幻想文学怪人偉人列伝 国書刊行会編集長の回想 礒崎純一
読み出したら面白くて、予定を変えて読みふけって、最後まで読んでしまう本はいい本だとアドバイスを受けたことがあったけれど、この本はそういう本だった。
澁澤龍彦、松山俊太郎、種村季弘、矢川澄子、橋本治、須永朝彦、田辺貞之助・由良君美・曽根元吉、南條竹則、山尾悠子、佐藤今朝夫という、著者が編集者として出会った錚々たる怪人偉人、幻想文学に関心のある人には綺羅星のごとくといった作家、翻訳家、編集者、出版人の回想を記す。
いろいろと興味深い逸話があるけれど、矢川澄子が若き日の澁澤龍彦のラブレターを離婚後も大切にとっておいた話からは、晩年に放浪生活を送った辻潤が、やはり離婚した妻の伊藤野枝のラブレターを持っていた話を想起させられた。
矢川の没後、矢川澄子追悼特集のユリイカに載った座談会で、矢川の思い出を語る松山俊太郎は、矢川をボロカスかつ的確に批判しているのだけど、フラットに、矢川の仕事を認めるところは認め、若い人に澁澤と関係なく矢川が読まれているならそれがいちばんいいことだとか、矢川さんを精神的に未熟だと思ったことはないなどと述べていて、人間としてやさしさがある、大事なことからぶれない観察眼や洞察のある人だと印象に残っていたのだけど、この本の松山俊太郎の章でも同様だった。
松山も著者も長い付き合いのあった、ある編集者が文芸評論家として活躍するようになって、著者は「あんなにすごい書き手だとまったく見抜けなかったのは、編集者であるのに私の不徳のいたすところである」という意味のことを松山に話すと、松山はさらりと「でも、それは礒崎さんに見る目がなかったというのとはちょっと違っていて、あの人は自分が優秀なのを他人にさとられないように隠そうと努めていた人だからね。それを見やぶれなかったのも、まあ当然だともいえるね」と言ったとのことで、「ちょっと違っていて」って、なかなか言えないと思う。よく見ていないと言えない。よく観察して洞察していたけど黙っていた人が、フラットに話しているだけなのに、結果的に著者をも認めていることがわかる、やさしさがある。
ていうか松山俊太郎の稲垣足穂「弥勒」論があるのか。読みたいな。
種村季弘の本はなぜだかあまり読んだことがないけれど、この逸話を読むと、いっきょに読んでみたくなった。
話が、その時こちらが刊行を準備していた《日本幻想文学集成》の編者たち(種村さんもその内の一人である)の品定めみたいなことになり、構造主義なんたらとかほざいているやつらなんかでなくて、須長や堀切をこの編者に起用したのはたしかにひとつの見識でいいけれど、しょせんかれらには自分の敵っていうものがわかってないからな
自分の敵っていうものがわかってないからな!!
橋本治は若いときにはまって何冊読んだか分からない。手当たり次第に読んだ。ただし小説は1冊も読んだことがない。とても説明がうまい人だと思う。楽しく勉強させてもらったと感謝している。
その大量に読んだ橋本治の書きもののなかで私が1番好きな文章は、芥川龍之介論の「殺された作家の肖像」。何度も読み返し、今も読みたくなる名篇だ。
この文章は国書刊行会から出た《日本幻想文学集成》の芥川龍之介の巻の解説で、編者も橋本治。橋本治はこの本のために芥川の作品を全部読み直したという。
《日本幻想文学集成》の編者9人のうち7人までもが澁澤龍彦に縁のある人で、橋本治はそうでない人の1人。著者は橋本治を起用した理由を「「橋本治がいいと思ったから」としか、実は、なんとも言いようがない」と記す。橋本治を起用してくれてありがとう!!!
そして、なんと残念なことに「橋本さんはこの時の仕事を軸に、九〇年代の後半だったろうか、河出書房新社から五巻本の芥川龍之介選集をやる予定もあったようで、作品のセレクションも完了し、業界誌には出版の予告も出ていたのだが、結局その本は一冊も出ることがなかった」とのこと。読みたかったな。橋本治による、べつの新しい芥川についての解説も。
須永朝彦は著者にとっては「編集者を志す者には、学生の頃から愛読して、仕事に就いたら何がなんでもこの人からは原稿をもらいたいと思う特別な書き手がいるもので、私にとっては須永朝彦はそんな書き手の筆頭だった」とのこと。
須永が亡くなったあとも須永の部屋に残された遺品整理に携わるまで付き合いぬいた著者にとって、特別な書き手について記すこの章は、わたしはたまたま須永朝彦の著作をまとめて読んだことがあり、ユリイカの須永朝彦追悼特集号も完読したので、知っている話が多いのだけれど、重みと読みごたえがあった。読後感は悪くない。書いてないこと、書けないこともふくめて、いろいろあったんだろうなと思える、いい文章だと思う。
ユリイカの須永朝彦追悼特集での東雅夫と著者の対談もよかった覚えがある。須永朝彦の作品を時代的にもグラムロックみたいなものだったのではというようなことを言っていたのはどちらだったか。なるほどと思って印象に残っている。
また著者はその対談で東が「旧字旧仮名といい滅びゆく文化を体現していたのが須永朝彦なので、ある種の正統を継いだ最後の人だったのかもしれない」という旨の発言をしたのに同意している。
私は須永の短歌への鑑識眼はずば抜けていると思うし、須永の世代にあれほど短歌の鑑識眼のある人はいない。その意味で、最後かどうかはともかく「正統を継いだ」人だとは言えると私も思う。
田辺貞之助(明治38年生)・由良君美(昭和の初め生)・曽根元吉(大正元年生)という、著者にとっても大先輩の、古き良き時代の名翻訳者、碩学についての章は心があらわれる。
南條竹則は作家、名翻訳家として知られるけれど、私は必要あって調べていたことについて、南條竹則だけがまともなことを言っていたということがあって以来、なんとなくその名前を心にとめていた。
なので、著者の同年で、若い頃から親しい南條竹則の章も、興味を持って楽しく読めた。この章は「南條家奴隷」によるオチがついているのもいい。
最後の章は、先月亡くなった国書刊行会創業者、社長の、佐藤今朝夫について。確かにこの人は「怪人偉人」としか言いようがない。次々と繰り出される逸話に何度も吹き出しながら読んだ。
こういう本は証言として貴重だとはいえ、へたしたらただの内輪ウケになってしまう。でもこの本はそうなっていない。どちらかというと、自分が直接知っている、大方は他界した、敬意を払うすごい人たちにかかわって、忘れ難い大事なことや思い出、おかしな話を、わざわざ言い残しているという感じがする。私は読んでいて、とくに嫌な気持ちにもならなかった。いい本だと思う。
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こちらの須永朝彦追悼特集号も在庫あり。
