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雪舟、小堀遠州、重森三玲…なぜ岡山県から歴史的な作庭家が次々と生まれたのか。

おかげさまで、最近は日本庭園の歴史についてお話をさせていただく場が多少なりともあります。
その中でほぼ必ずふれる存在が「日本庭園の歴史を代表する四人の作庭家」


■日本庭園の歴史を代表する四人の作庭家

①京都『天龍寺』等で知られる鎌倉~室町時代の禅僧・夢窓疎石(夢窓国師)
②京都『二条城』等で知られる桃山~江戸時代の大名/茶人・小堀遠州(小堀政一)
③京都『無鄰菴』『平安神宮』等で知られる近代の庭師・七代目小川治兵衛(植治)
④京都『東福寺本坊庭園』↓等で知られる昭和の美術家・重森三玲

重森三玲『東福寺本坊庭園』

例に挙げた庭園の通り、全員「京都の庭園の歴史」に名を刻んでいる人物、言わば庭園界のスーパースターたち。

で、今となっては『京都代表』として語られるこの4人ですが、

実は「京都生まれ・京都育ち」は1人も居ない。

(´-`).。oO(小川治兵衛は長岡京なので京都と言えば京都だけど、本物の京都人は「京都じゃない」と言うエリアかも…)

「生まれ」「育ち」の時間において、この4人でもっとも濃いエリアは、実は『岡山』
それも岡山の中心部ではなく、小堀遠州が青年期を過ごした備中高梁、重森三玲が生まれ育った現・吉備中央町と狭いエリアから4人中2人の名作庭家が輩出されている。

小堀遠州、重森三玲、そして雪舟も“岡山”

更に言うと。水墨画家として有名な雪舟等楊。彼も実は「作庭家」として“雪
舟四大庭園”
とも呼ばれる国指定文化財の庭園を残している存在…
で、そんな雪舟も岡山(備中国)出身。

ちなみに“雪舟四大庭園”以外にも九州にあるこの庭園とかもめちゃくちゃ良いです。

雪舟の出身地「総社」は先の備中高梁の玄関口的な立地――
なぜ、日本庭園の歴史に名を刻む名作庭家はここまで「岡山」(備中国)に集中しているのか?
(※そして小堀遠州も重森三玲もきっと岡山県内よりも京都府内での方が圧倒的に知名度が高いんだろうなあというのも面白い所で)

■「豪渓」に代表される巨石/岩肌の景観

先述の「総社」と「備中高梁」の間に「豪渓」という景勝地(国指定名勝)があり、駅名にもなってます。(駅から近いわけじゃないけど)

そして豪渓から重森三玲の出身地の吉備中央町にかけては「岩屋山」と呼ばれる、文字通り巨石/岩山の景勝地があります。この山裾(周辺)には●●の滝の様な場所もけっこう点在。

雪舟、小堀遠州、重森三玲。後世(現代)から見て彼らの作風が近い訳ではないけれど…

・雪舟は自然石の岩組で水墨画のような景観を形作る作風。
・小堀遠州も
(“刈込”のイメージが強いけれど、)『二条城二の丸庭園』の護岸石組や『南禅寺 金地院』の枯山水など、その代表作は「石」が印象的な作品(備中高梁の『頼久寺庭園』↓も、彼には珍しい?一本の立石を見せている空間がある)
・そして重森三玲は言わずもがな――

『頼久寺庭園』の立石

三者とも共通する「石の強さ」(石の選び方・見せ方のセンス)というのは、『備中の岩山の景観』が原風景として刻まれていたのではないか、と感じます。

■備中国出身の雪舟が与えた、岡山県出身の重森三玲への影響

山口県『常栄寺 雪舟庭』の南側にある重森三玲庭園

後の時代に生きた重森三玲は、日本全国の庭園研究を経て、作庭生活では明確に「前時代とは異なるデザイン」にチャレンジしていたのではないでしょうか。
京都・近畿の重森三玲庭園から見始めると、《突然変異的/独創的なデザインをする方》…というインパクトがあるけれど、中国地方〜九州に点在する雪舟庭園や、同じく中国地方〜四国に点在する上田宗箇、松平不昧ゆかりの古庭園を網羅的に鑑賞すると、重森さんにも《アイデアの引用元/影響》が存在することがわかってきます。これはどんな芸術でも同じだと思う。

その中でも。雪舟四大庭園の一つ『常栄寺』には重森三玲の庭園も残されていたり、京都の『芬陀院(雪舟寺)』のお庭は重森三玲により復元(再現)されていたりと、三玲さんは地元が同じ雪舟にシンパシーを感じていたのが伝わってくる(し、だからこそ「超えなければならない」と強く思っていたのではないでしょうか)。

■中国・四国地方ゆかりの作庭家/名クリエイター

重森三玲に影響を与えた『阿波国分寺庭園』(徳島県)

もう少し包括的に言えば。広島や徳島の大名庭園に名を残す大名茶人・上田宗箇、松江藩主で近代~昭和の茶人に敬愛される大名茶人・松平不昧…と、中国地方を拠点に、日本庭園の歴史に名を残す文化人が。

三玲さんはこの2人の作風からも大変強い影響を受けている…どこか地域性によるシンパシーもあったのだろうし、「非・京都」の良い所取りを京都に持ち込んで、京都の歴史に名を刻んでいるのだから面白い。
四国・高松にアトリエを構えた世界彫刻家:イサム・ノグチが重森三玲と仲良しさんだったのも、偶然か必然か。

…もっとも、挙げ始めれば関東にも九州にも後世に名を残す文化人は居るわけですが…。それでも、現代の『足立美術館』といい、日本庭園の歴史において「中国地方」の影響力ってすごいなぁ。

■名作庭家を輩出した、岡山の庭園をめぐるツアー

岡山ツアー

5月28日(金)29日(土)、そんな岡山の名庭園をめぐるツアーを開催予定です!(クラブツーリズム様主催)

小堀遠州が育った備中高梁に残る、遠州作庭の『頼久寺庭園』
公共交通機関ではたいへん行きづらい、重森三玲の出身地・吉備中央町の庭園『友琳の庭』。更にもちろん外せない日本三名園『岡山後楽園』や、京都の名庭師・七代目小川治兵衛が中国地方に残した貴重な庭園『新渓園』(大原財閥・大原家の旧宅)などを巡ります!

残席あと少しとのこと。第二弾も企画できそうなぐらい、実は層の厚い岡山の庭園…ぜひご参加お待ちしております!


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