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3月2日 遠山の金さんの日 【SS】迷裁き

【今日は何の日】- 遠山の金さんの日

1840年(天保11年)のこの日、遠山の金さんこと遠山金四郎景元(とおやま きんしろう かげもと)が江戸北町奉行に任命された。

時代劇「遠山の金さん」は、遠山の金さんの死後、講談・歌舞伎で基本的な物語のパターンが完成し、陣出達朗(じんで たつろう)の時代小説「遠山の金さん」シリーズなどで普及したようだが、名裁きの記録は残っていないようである。テレビドラマなどでの水戸黄門同様、スッキリする最後に構成されていて人気があったようだ。


【SS】迷裁き

 今日は北町奉行所の遠山の金さんこと、北町奉行は休暇をとってお伊勢参りに行ってしまっている。あまり知られてはいないが、北町と南町の間に中町奉行所というのが存在していた。この奉行所は北町と南町で何事かあり対応できない時などにそれぞれの奉行所を支援する役割を担っていた。この度は、北町奉行が休暇ということで中町奉行の大森官兵衛忠盛という奉行が代行の任にあたった。

 しかし、この大森官兵衛はお白洲の経験はなく、勉学のみで奉行になった人材である。現場経験も何もない。通常は代理での吟味などは起こらないので、毎日をのほほんと暮らしていた奉行である。

 今回は一ヶ月ほどの期間の代理なので、何事も起こらねばいいのにと、大好きな酒も絶ってヒヤヒヤしながら毎日を過ごしていた。そんなある日、北町奉行所から連絡が入ってきた。

「中町奉行どの〜、事件でござる。何卒、お白洲を開いて吟味の程を」

 中町奉行の大森は、もう寝ようとしていたところに、この連絡が入り、仕方なく寝床に入るのを少しばかり延期して訴状の内容に目を通した。如何せん、油の行燈は暗い。どうせそれほど緊急ではないであろうと判断し、翌日目を通す事にして、再び床に入り込んだ。

「あぁ、やっぱり布団の中は極楽極楽。明日は明日の風が吹くであろう」

 こうして眠りについた大森奉行であったが、翌日目が覚めた時には、すっかり訴状のことは忘れてしまい、いつものように書を読む事に没頭していた。そんな時、北町奉行所の使いが来て、迫ってきた。

「昨晩、お届けした訴状の処理はいかがいたしましょうか。ご指示を」

 中町奉行の大森は忘れていたとは言えず、仕方なく「本日午後、白洲を開く。北町において準備されたし」と言い放ってしまった。後悔先に立たずである。

 大森奉行は、慌てて居室にあるはずの訴状を探した。するとあろうことか、真ん中に酒がこぼれて文字が読めなくなっているではないか。その訴状の内容がほぼ把握できないまま、覚悟を決めて北町奉行所に向かった。内心は心の臓が飛び出すのではないかというほど緊張していた。しかも初めての白洲である。

 今回の内容は、廻船問屋の主人である五平が妾に入れ込みすぎて店の金を使ったという奥方であるお米からの訴えだった。それを聞いた大森は『うわっ、痴話喧嘩の仲裁じゃないか。私は妻を娶っておらぬからよう解らん』と思いながら、そんなことは言えるはずもなく「奥方どの、言い分を申してみい。内容によっては其方を厳しく罰するぞ」と言い放った。すると、奥方はちょっと憶したように口ごもり始めた。

「この人は養子の身でありながら、廻船問屋の売り上げを使い込み、街の女たちにばら撒いているのです。私は人足たちの給金を工面しているというのに、この人は遊んでばかりなんですよ。お奉行様、どうぞこの人を罰してやってください」

 奥方の言い分を聞いた大森奉行は「なるほど。それは主人の方に非があるのう」とうなづき、亭主である廻船問屋の主人の方に話を振ってみた。

「奥方はこう申しているが、何か言い分はあるか」

「お奉行様。違うんでございますよ。あっしは、廻船問屋のお得意さんをなんとかして増やそうと思い、江戸中を毎日駆け回っているのです。日々のことは女将が仕切ってくれているんで安心して客探しをしてるんですよ」

「おお、それは感心なことではないか。養子で入った家のことを考え商いを大きくしようとしているのじゃな。感心なことであるぞ」

「へい、ありがとうございます。お奉行様に分かってもらってホッとしました」

「お奉行様、こんな奴の言うこと、信用しちゃなりませんよ。私は一生懸命尽くしているのに全く家を顧みない人なんですから」

「なに、そうなのか。いったいどっちが悪いのだ。わからなくなってしまったぞ。えーい。そこまで言うのなら、お前たちは、もう離縁でもすればよかろう。どうだ、それで」

「お奉行様、なんて浅はかな。私はこの人が嫌いではないのです」

「お米、俺はすっかり嫌われていると思っていたよ。俺はずっとお前のことを思い続けていたんだぞ」

「あんた。私も同じだよ。最近全然優しくしてくれないから、やきもち焼いていたんだよー」

「お米、すまんな。俺が悪かった。もう、一日中外回りするのはやめてお前といることにするよ」

「まぁ、うれしい。あんた」

「おいおい、二人とも、白洲の場で何を勝手に話をしているのだ、全く。わしをなんだと思っておる。で、二人は中直りをしたのか」

「へい。申し訳ございません。今回の件は我々の誤解だったようです。な、お米」

「はい。早とちりで訴状を書いてしまったようですので取り下げます」

「あい解った。ならば今回の訴状はなかったものとしよう。では、これにて一件落着」

 こうして、痴話喧嘩の訴えは訴えた者同士で仲直りし、訴状そのものを撤回する事になった。留守を預かった大森奉行もハラハラしながらも何事もなく終了してホッと胸を撫で下ろしていた。この後は、街に出て一杯ひっかけに行くのだろう。残りの代行期間、何事もなければよいのだが、いったいどうなることやら。北町奉行の帰りが待ち遠しく思われる日々が少しずつ過ぎていくのであった。


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