赤いワンピースの少女〜アンナ #5 (最終話)
ロシア軍兵士
アンナは少し郊外の方に足をすすめていた。歩いていると、ロシア軍の戦車の残骸らしきものを見かけた。ロシア軍に対し、ウクライナ軍はかなり抵抗している様子が伺えた。ドローンや小型の携帯用ミサイルで抵抗していたのである。武力に武力で答えている。そのことが少女の心を苦しくさせていた。これが第二の憎しみを生み出すことになると少女は思っていた。そう考えながら歩いていると物陰に隠れてうずくまっている兵士を見かけた。かなり傷付いてはいるが四肢は失っていないようだ。おそらくロシア軍の兵士に違いない。もしかするとさっき見た戦車に乗っていたか、戦車の影に隠れてついて来ていた兵士かもしれない。アンナは迷うことなく近づいていった。
「お怪我は、大丈夫ですか」
「き、君は、誰だ。ロシア人か。僕は負傷しているから動けない。そ、そばにいないほうがいいぞ。巻き添えになっても守ってあげられない」
「だいぶ怪我をされていますね。楽にして差し上げます」
そういってアンナは自分の光って見えない右手で兵士の腕を力強く掴んだ。一瞬で兵士は眠りに落ちた。一、二分ほど経つと兵士は目を覚ました。兵士は全身から痛みが消えているのを感じた。同時に戦時下にいるにもかかわらず、清々しい気持ちを自分自身の中に感じていた。アンナは、より強い癒やしの心の念を兵士に送ったのだ。そのため兵士は心の急激な変化に耐えられず一瞬眠ったのだ。気絶したというのが正確な表現だろう。兵士は体で失った部分がなかったので、体にうけた傷は元通りに癒えていた。これがもし四肢のどこかを失っていたとしたら、その部分は復元できないし痛みも消すことはできなかった。この兵士はそれだけ命に縁があったようだ。兵士は、アンナに礼を言って、ロシアの占領した範囲まで戻るために駆け出していった。アンナは複雑な気持ちで見送った。「あの兵士は、戻ったらまた攻撃に加わるのね。あの人にその意思がなくても従わなければならない立場にいることくらいは想像できるわ。いくら心を癒やしてあげても、抗うことができない仕組みがそこには存在しているというのはとても悲しい」アンナはここでも大粒の涙をこぼした。戦争が起こっている場所では溢れるほどの涙はでるが転げ回るほどの笑顔に遭遇することはない。アンナはそう思っていた。
アンナは、もう少し移動してみることにした。だんだんとロシア軍の勢力範囲内に近づいているのを感じ取っていた。数百メートル先に兵士がいるのをアンナは察知していた。兵士は、誰かが近づいてくると悟った瞬間に、持っていたマシンガンの引き金を引いていた。その銃口は真っ直ぐにアンナを捉えていた。どうやらロシアが雇った傭兵のようだった。彼らは、自分の身に何か起こると感じたら観察することよりも引き金を引くことを優先する。そうすることで、彼らは生き残って来たからだ。遅れる判断は自分の命を差し出すのと同じと考えていた。連射された銃弾は容赦無くアンナを撃ち抜いていた。兵士も手応えを感じたのだろう。確認するためにアンナに向かってマシンガンの引き金を引いたまま走って来た。すでに蜂の巣になっているだろうと思って走って来て兵士は驚いた。そこには綺麗な赤いワンピースを着た髪の長いアンナが無傷のまま佇んでいたのだ。アンナの兵士を見る目は悲しそうだった。
兵士は何が起こっているのか理解できないでいた。兵士が撃ったマシンガンは確かにアンナに命中していたのだ。何十発も。しかし、どう見てもワンピースは汚れ一つない状態だった。兵士はその場の状況を理解できないまま、至近距離からありったけの弾丸をアンナに向かって撃ち続けた。そして、硝煙で前が見えなくなるくらい撃った後、煙が収まるのを待って確認した。そこに見えたのは赤い綺麗なワンピースの少女だった。兵士は叫んだ。
「いったい、どうなっているんだ。お前は誰だ。何者だ」
「あなたの心は、恐れでいっぱいになっていますね。これまでもこんな仕事をして生活して来たのでしょう」
「お前には関係ないことだ。もう一度弾をお見舞いしてやろうか。この化け物め」
「私にいくら弾を撃っても無駄ですよ。当たることはあり得ませんから」
「なに、ど、どういうことだ」
「あなたは、今の生き方に誇りを持っていますか」
「はぁ、何を馬鹿なことを。俺は金をもらって人を殺す。それだけだ」
「そうですか、でも小さい頃はどうでしたか」
「俺が小さい頃か、あぁ、まずは親を殺したさ。邪魔だったからな」
「はぁ、悲しくなりますね」
「へっ、じゃあ、泣きなよ。お嬢さん。死んだ魂が救われるかもな。はっはっはっ」
兵士が悪態をついているとき、アンナは瞬間に兵士の直前まで移動した。そして、両手で兵士の右手を掴んだ。同時に引き金が引かれ、アンナの胸を直撃したかのようだった。しかし、弾丸はアンナをすり抜け、後ろの林の木に直撃していた。兵士は驚いていたが、次第に力が抜けていくを感じていた。ついには立っていることもできず、膝から崩れていった。そして、上半身は前のめりに倒れ、次第に息が浅くなり、静かになった。そう死んでしまったのだ。アンナは悲しく思っていた。こんな生き方をしなければもっと素敵な人生になったのかもしれないと。
この傭兵は、本当に少しだけ優しい心を持っていたようだったが、これまでの生活が心を蝕み、完全に怒りに任せた行動をするようになってしまっていた。アンナの右手の力で優しさを増幅してもそのやさしさが大きくなることはなかった。それ以上に闇の心が大きかったのだ。結果、アンナの左手の力が大きく影響し、兵士の闇の心を消し去ることになり、優しい心で包み込んでしまうことが不可能な心の状態になっていた。結果として、アンナの左手の力である命を奪い取ってしまう力が確実に作用してしまい、死に至ったのである。そして、この傭兵の魂はいずれ転生して誰かの心になっていくことになる。そうなってしまった人が自ら修正して違う人生を歩んでくれることを願うばかりである。
アンナは疲れ果てていた。もうこれ以上は癒やしてあげることはできないと感じていた時、神様に呼び戻された。戦争の犠牲で死んでしまったアンナが戦争の犠牲になっている人の心を癒やすということは、どれだけ辛いことかということを神様は理解していた。そして、アンナの行動を高く評価した。あとはアンナが休息の時間をもらう番である。赤いワンピースを脱ぎ捨て、眩しいくらいの白いドレスを身に纏い、天国への道に立っていた。神様は、アンナに声をかけて背中を押した。
「アンナ、ご苦労だったね。よくやってくれた。君が救った人々の数は少ないけれど、確実に後世に伝わっていく仕事をしてくれたよ。これからは何も心配することのない世界で、次の転生の時まで穏やかに過ごすといい」
「神様、ありがとうございました。とても良い経験ができました。きっと、次の人生でも役にたつと思います。さようなら」
こうしてアンナは天国へと旅立っていった。次に転生し人間になったとしてもきっとやさしいアンナの心はそのまま受け継がれていくだろう。一日でも早く地球上から戦争がなくなる日が来ることを望んで止まない。
了
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