赤いワンピースの少女〜アンナ #4
シェルター
その頃、アンナは先回りをしてシェルターの前にいた。スーパーの前にいた男性の手に触れた瞬間に、シェルターの場所を感じ取っていたのだ。それで先回りして避難している人たちのことを確認しにきたのだった。シェルターの中には、数十人の家族が疲れた体を寄せ合っていた。どうやら食料もほとんどない状態にもかかわらず、酷い攻撃のため外に出ることも叶わず、シェルター内に留まっているようだった。この状況にもアンナの胸は痛んだ。どうしてこんなになるような戦争を起こすのだろう。自分の両親のことがフラッシュバックして余計に悲しくなった。シェルターの入り口に立ち尽くしているアンナを見て、一人のお婆さんが声をかけてきた。
「お嬢さん、早く中に入りなさい。外はあぶないから、早く中へ」
「おばあさん、ありがとう。酷いことになってしまいましたね」
「まったくだよ。どうしてみんな優しくなれないのかねぇ。こんなことしても誰も嬉しくないし、悲しいことを作り出すだけなのに」
「本当にそうですね。人は本来優しいはずですよね。きっと、そのことを忘れてしまっただけの人が引き金を引いたんでしょうね。おばあさん、絶対に平和な時間はまた戻ってきますよ。頑張りましょう」
そう言ってアンナはおばあさんの手を強く握りしめた。「このお婆さんには悪い心は無いから両手で触れても大丈夫だわ。右手の癒やしも無駄かもしれないけど暖かさは伝えられるわね」そう思った。おばあさんは不思議そうに尋ねた。
「お嬢さん、手が見えないんだけど、お嬢さんはどこからきたんだい」
「私の手は、光を曲げてしまう皮膚なので見えにくいんです。ごめんなさい。私は、キーウから来ました。向こうも空爆を受けて悲惨な状況です」
「そうかい、そうかい、キーウからきたのかい。遠いところから大変だったのう。この国では、どこの国の人間でも仲良く暮らしているのになぜ戦争になるのかのう。昔もそうじゃった。時々繰り返すんじゃよ、愚かな行為を」
後ろで二人のやり取りを見ていた、小さい少女がアンナのことが気になるようで声をかけてきた。
「おねえちゃん、赤いお洋服かわいいね。汚れて無いね。きれいだね」
「あら、ありがとう。かわいい天使さん、幾つかな」
「六歳、マリアっていうの」
「マリアちゃんね、お父さんとお母さんといっしょなの」
「ううん、お母さんだけ、お父さんは悪い人をやっつけにいったよ」
「そうか、じゃあ、ママのそばにいたほうがいいね」
「うん、でもここは何にも無いからつまんないの」
「あぁ、そうね。おもちゃが無いもんね」
「うん、だからお姉ちゃん、あそぼ」
「そうねぇ、お姉ちゃんも遊びたいけど、これからまた出かけるのよ」
「ええ、お外は危ないんだよ」
「うん、わかってる。気をつけていくわ。だからママと一緒にいてね」
「はーい」
アンナは、女の子を見て同い年くらいの弟を思い出した。小さい子供たちを巻き込んでしまう戦争はどんな屁理屈をつけても正当化することはできない。しかし、生きていかなければならないし、国として正しいと判断したら戦争も辞さないというのが現代社会の仕組みの一環であるということ自体もおかしい。この町に来て何とか戦争が起きない世界になってほしいとアンナはいつも思っていた。そして、そろそろさっきの男性たちがやってくるだろうと思い、シェルターから離れることにした。
「おばあさん、みなさん、立ち寄らせていただき、ありがとうございました。私はここを出ます。まだいかなければならないところがあるので」
「こんな、戦争の時に行かなければならないのかい。ここにいていいんだよ。外に出たら死んでしまうよ」
「おばあさん、気をつかってくれてありがとう。でも、私は大丈夫。使命があるから死なないわ。心配しないで。それじゃ、みなさん、さようなら」
アンナはそう言って姿を消した。シェルターを出た途端にアンナの姿は消えてしまった。シェルターの中は不思議な空気で包まれていた。全く汚れの無い服だったししかも薄着だったのに寒そうにしていなかった。極め付けは両手が見えなかったということだった。もしかしたら、「神様だったのかな」とか「いや、神様なら助けてくけるだろ」とかいろいろと憶測で盛り上がっていた。そこに、スーパーで強盗をしていた男性たちが入ってきた。
「みなさん、大丈夫ですか。ロシア人の我々がみなさんの前に顔を出すのも申し訳ないのですが、勇気を持ってみなさんと合流することにしました。それで、食料もないだろうと思い、これまた申し訳ないのですが、アパートのそばのスーパーで食料を借りて来ました。店員がいなかったのでお金を払えなかったんですよ。さぁ、みんなで分けて食べましょう」
「おーい、スーパーの持ち主はここにいるぞ。お金払う気なんか最初からなかっただろう、本当は。ははは、支払いはもういいよ。どうせ売り物にはならないし、みんなのためになるのならそのほうがいいさ」
シェルター内が久しぶりに大きな笑いで満ちた。ここには、敵味方の区別はなかった。ともに生きている仲間だった。みんなで食糧を分けて食べながら、お互いの不思議な話になり、赤いワンピースの少女の話になった。ロシア人の男性たちは素直に話をした。
「本当は、我々は食糧を持って逃げようとしていたんです。祖国のやっていることを思うとみんなの前にはとても顔を出せないと思って。でも、その不思議な少女に出会って、考えが変わったんです。やっぱりみんなと一緒にいたいと。受け入れてもらえるかどうかわからないけどこうして舞い戻って来ました。ごめんなさい」
「よかったよかった、私たちはみんな仲間なんだから、国籍は関係ないよ。でも、ここにも赤いワンピースを着た不思議な少女がやって来て、私と握手をしたよ。暖かかったよ、手はみえなかったけどね。心の優しい子だったね。あなたたちが来るちょっと前に出ていったけど、入り口あたりで見なかったかい」
「おばあさん、ありがとう。よかった、戻って来て。でも、入り口付近には誰も見かけなかったな。でもどうして、ここがわかったんだろう。それも不思議だな」
何とも不思議な少女という印象だけがみんなの記憶に焼きついた。それも長い髪で赤いワンピースという格好も印象付けるのに強烈だった。きっとみんなの記憶から消えることはないだろう。少なくとも、アンナと出会ったことにより、アパートの仲間に久しぶりの笑いが生まれたのは事実だった。
つづく
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