8月11日 山の日 【SS】消えた山々
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】- 山の日
「国民の祝日」の一つ。2014年(平成26年)に制定され、2016年(平成28年)に施行された改正祝日法により新設された。
「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ことを趣旨としている。
国民の祝日に「海の日」(7月第3月曜日)があるなら「山の日」も、ということで、日本山岳会をはじめとする全国「山の日」協議会加盟諸団体を中心に制定運動が起こった。お盆前の8月12日とする予定であったが、日航機墜落事故が起きたと日であるとして反対され、8月11日となった。8月11日という日付に特に意味はなく、山に関する特別な出来事などが由来ではない。
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【SS】消えた山々
過去の日本には「山の日」という祝日があった。今から三百五十年も前のことである。年間十六日もある祝日の一つだったようだ。欧米と比較すると祝日は多いのだが、アジア圏でみるとそうでもなかったようだ。当時までの日本人は勤勉で、残業も多くなかなか休暇も取らなかったようで、国としての祝日にして国民は安心して休みを取っていたとも言われている。
日本の山といえば、代表は富士山であることは当時も今も変わらない。当時は南北アルプスや阿蘇の外輪山といった山々が日本にはあったそうだ。歴史の本や博物館にある山脈や山の本を紐解いてみれば確認できるだろう。全ては、三百五十年前の決断に基づいて走り続けて来た結果である。国民は涙を飲んでその決断に同意したのである。
三百五十年前の日本の決断に至った会話は以下のような内容だった。
「首相、世界的な気候変動による影響で海面上昇が続いていますが、いよいよ日本の国土も危うくなって来ました。兼ねてからの懸案事項だった計画は、その工期を考慮するともはや一刻の猶予もございません。ご決断をお願いします」
「本当にあの計画しか無いのか」
「すでに多くの案を検討した結果です。隣国も同様な措置を取り始めました。日本も工事に取り掛からなければ国土が小さくなってしまいます。そんなことになれば、日本の領海も狭まり、ただでさえ少なくなってきている漁獲高に大きな打撃を与えることになるでしょう」
「うーむ、しかし、本当に海水面が二メートルも上がってしまうのか」
「はい。計算したところ、急激に北極の氷も溶けており、海水の温度も一気に三度も上昇しているそうです」
「そうか。どうしようもないのか。しかしなぁ、計画を実行した場合、川はどうなるのだ」
「そ、それは、計画書にも記載がありますが、現在の二割程度に減少してしまうかと思われます。そのため、代替策として湖を作るしかありません。ゲリラ豪雨の時の水を逃す場所としても活用できるかと思います」
「しかし、なぜ私が首相の時にこんな大事な決断を迫られることになってしまったのだ」
「首相、何をいまさらおっしゃっているのですか。以前、あなたが野党のリーダーだった時に、あなたが追求した計画ではありませんか。早く実行すべきだと」
「あぁ、そうだったな。あの時は勢いに乗っていたからな。しかし、実際に実行に移さなければならないほど、逼迫していたと思ってはいなかったんだ。しかし、こうなったら、腹を括るしかないな。よし、首相として計画書に承認印を押そう」
こうして、計画書は承認され、国をあげての大工事が始まり、工期は百年にも及んだそうだ。その計画書は『日本国沿岸保全計画書』だった。内容は、海面が二メートル以上上昇した場合に沈んでしまう沿岸を埋め立てて海水の侵入を防ぐという計画だった。港という港は全てが対象となり、海水浴で賑わう砂浜は全てなくなり、代替として海と直接繋がらない人工の砂浜が作られていった。まるで、日本全体が海水の侵入を防ぐための壁に囲まれた要塞のようにする計画だったのだ。埋め立てに使用する大量の土は、日本国内の富士山を除く山を削って捻出することになっていた。日本の美しい山々は日々削られ、国土はまるで全てが平野だったかのように変貌していった。かろうじて、民家が密集して建てられている部分は残されたが、それはわずかだった。山がなくなることで、気象環境への懸念もあったが背に腹は変えられない。苦渋の決断の末の計画書だった。
そして、百年が過ぎた。その時の首相は過去の判断が正しかったことを国民に宣言していた。
「世界中で海水面の上昇は急速に進み、この百年で百五十センチも上昇しました。過去の諸先輩の方々の計画と判断は正しかったのです。私たち国民は美しい山々の景観を捨て、領土を守り抜くことを決断しました。そして今、その決断は正しかったと断言します」
だがその対価は高くついていた。日本の沿岸は五メートル以上の高さの壁に囲まれ、海から吹いてくる風も遮断してしまうようになり、日本海と太平洋の間の山々が無くなったことにより、雨や雪の降る地域も大きく変化してしまったのだ。そして山が無くなったことで地下水が少なくなり、川も細くなってしまった。その結果、海に流れ込むプランクトンも少なくなり、沿岸の養殖に大きな影響を与えていたのだ。それでも、国民は逞しく未来を生きる子供達のために国土を守ろうとしたのだった。
やがて、そんなことも遠い歴史の話となり、今では気にするものは誰もいない。ところが、その後の新しい発明によって、気温は上昇したままにも関わらず、北極の氷や永久凍土を維持できるような装置が開発されたのである。更に、オーストラリアの砂漠やモンゴルのゴビ砂漠、アフリカのサハラ砂漠などに、海と間違うほど巨大な人工湖まで作ったのである。世界の気候はこれにより大きく変動することになったし、海面上昇は安定どころか、五十センチ程度下がり、その後も少しずつ下がっていったのである。さらに水のそばに街ができ人口分布も大きく変わることとなったのである。当初人工湖は海水で満たされたのだが、長い年月が経過するとともに、真水へと変化し淡水湖へと変化を遂げていったのである。
そして、現在の日本。新たな議論が国会で沸き起こり始めた。
「三百五十年前の美しい日本を取り戻すために、これから百年の歳月と国費をかけ、築いた沿岸の埋め立てを元に戻したいと思う。そして、山の日という祝日を復活させたいと思っているが、皆さんの考えは如何に」
了
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