5月17日 生命・きずなの日 【SS】生き続ける
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】-生命・きずなの日
ドナー(臓器提供者)の家族で作る「日本ドナー家族クラブ」(JDFC)が2002年(平成14年)に制定。
日付は5月は新緑の候で生命の萌え立つ季節であることから、17日は「ド(10)ナー(7)」と読む語呂合せから。生命の大切さ、生命の絆について考える日。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
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【SS】生き続ける
交通事故は一瞬で人の命を奪ってしまう。家族旅行を楽しんでいた佐山家族の乗用車に、居眠り運転をしていたトラックが中央線を超えて正面から突っ込んだ。乗用車を運転していたのは佐山家の大黒柱、佐山一郎だった。一郎は咄嗟にブレーキを踏んだが間に合わない。ハンドルを切る暇もなく四トントラックが正面に現れ、みるみるうちに大きくなって接近しぶつかった。エアバックが瞬時に膨らみ前方もサイドも真っ白いエアバッグで視界は遮られた。
一瞬の出来事で車内にいた家族は何が起こったかわからなかった。乗っていたのは、妻の好美、子供は兄の太一、妹の正美だった。太一は不思議な感覚になっていた。大破した車が自分の眼下に見えているのだ。太一は助手席に乗っていた。後部座席には、好美と正美が乗っていたが、車内のどこかで頭をぶつけたようで血を流していた。少しだけ手の指が動いているように見える。運転席の一郎は足元を挟まれているようで身動きが取れなさそうだ。どうやらブレーキをかけて車の前方が沈み込んだままトラックと衝突したため、車の前面は大破してトラックに潜り込んでいたせいかもしれない。幸い、後続車から追突されることはなかった。
太一はなぜ上から見下ろしているのだろうと不思議な感覚のまま成り行きを見守っていると、けたたましくサイレンを鳴らしたパトカーや救急車、そして消防車が集まってきている。トラックの運転手は自力で脱出できたようだ。トラックは荷物を積んでいなかったようで、重量が軽かったことが乗用車の前面部分大破のみで停止したのだった。もし荷物を満載していたらその重さでトラックは止まれずに乗用車を押し続けて潰していたかもしれない。
佐山一家は乗用車から何とか助け出されて、救急車に乗せられ救急病院へ急行した。太一は救急車の上を飛ぶようにしてついていった。この時点で太一は気づいた。自分は死んでしまったのだと。でも、他の三人は自分と同じようになってはいないのでまだ生きているんだと確信していた。病院に到着してそれぞれ手術室へ運ばれたが、太一の身体が乗ったストレッチャーだけは手術室には入っていかなかった。周りで救急隊員が手を合わせている。そして身元確認のためなのか、太一の衣類のポケットなどを確認している。財布を見つけたようだ。中に入っている免許証を確認している。裏返して確認すると「臓器提供欄」に署名があることを確認し、医師に連絡しているようだ。
一方、手術室では、妹の正美の容体が急変している。どうやら肝臓が破裂しているらしい。事態は急を要するようだった。そこに救急隊員から免許証を受け取った医師が入ってきて、この子のお兄さんの肝臓が適合するか確認しようと話をしていた。どうやら、肝移植に踏み切るようだ。
俄かに慌ただしくなり、太一の乗ったストレッチャーがすぐ近くの大学病院に移送され、免許証で同意している臓器の摘出が始まった。同時にドナー登録されて待っている人たちとの適合検査も実施されようとしていた。妹との適合検査も速やかに実施された。結果は適合すると出たようだ。空中から見守っている太一もほっとしてるようだ。切り刻まれた自分の体を見て悲しそうにはしていた。
その後、親子三人の手術は無事終了した。肝移植も成功した。そこまで見届けて太一は静かに消えていった。これからは妹の体の中で生き続けらるんだということを自分に言い聞かせて白く輝く光の中に吸い込まれていった。それから数ヶ月後、親子三人はやっと退院することができるようになった。妹の正美は定期的に通院が必要だったが、それでも命が繋がったことに感謝していた。
その時、軽傷だったトラックの運転手が病院の玄関で頭を下げていた。親子三人は、入院中も何回も訪ねてきているのは知っていたが、一切会おうとはしなかったのだ。まだ心の整理がついていないからだ。どんなに頭を下げられても太一は戻ることはない。そう思うと会う気にはなれなかったのである。退院が決まった時に警察から知らされたことがあった。相手の運転手は過酷な労働条件を強いられ、睡眠不足のまま業務を強制されていたということがわかった。ある意味、加害者の運転手も被害者だったのだ。それを知り、佐山一家は運転手の謝罪を受け入れることにしたのだ。
こうして、思いもよらぬ方向に曲がってしまった人生だったが、正美は兄に感謝するとともに、時折不思議な感覚を感じることが多くなった。兄の記憶らしきものが時々顔を出すのだ。兄と遊んだ時の記憶が自分の視点ではなく、兄の視点で思い出されたりすることが時々起きていた。正美は自分の体の中にいる兄を意識し、やっと繋がった命を兄と共に大切にして生きていこうと心の中で呟いていた。
父一郎は、両足複雑骨折で、元通りに歩くことはできなくなり、車の運転もできなくなった。妻の好美も今回の事故の経験以後はハンドルを持つのが怖くなり運転していない。普段の生活で何気に使っていた移動手段が使えなくなり、家にいる時間が長くなった一家だったが、正美は明るく振る舞い、両親をできるだけ元気づけようとしていた。幸いなことに、相手方の保険や生命保険があり、仕事ができなくなっても生活は維持できていた。それでも近所から注がれる同情の視線が体を貫くように辛く感じたため、三人で知らない土地に引っ越すことを決意し、家を売った。
今では少しの畑を借りて耕す生活に馴染み始めている。正美も普通の生活ができるところまで回復し、現在、近くの農協の職員として採用され仕事をしている。もちろん、車の免許も取って仕事でも乗っているようだ。少しずつ、昔の明るい家族に戻りつつあった。太一のお骨は土の中に入れずに、まだ部屋の中に置いてある。今年のお盆が終わったら、家族会議を開きどうするか決めることになっているようだ。
了
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