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【短編】もう一人の自分 (4376字)  #シロクマ文芸部

「三月は私の誕生月なんだよね。でも私は三月が嫌いなんだ」

 弥生は友達の卯月に俯き加減にそう呟いた。

「どうして。いいじゃん、三月ってさ。私なんか四月だよ。同じ学年なのにほぼ一年も違うじゃん。背も低いし、みんなからはチビチビってバカにされるし。それに比べて弥生は最高じゃん。ワタシらの中では一番のお姉さんなんだから」
「いや、そういう問題じゃなくてさ。だってもう、とっくに学校卒業してるし、そんなの関係なくね」
「あっ、まぁ、そうか。じゃあ、なんで嫌いなのさ」
「三月はさ、いろんな別れとか決断とかしなくちゃいけない月でしょう」
「ああ、まぁ、人事異動の前だからね、会社では」
「…」

 弥生は卯月に話そうかどうしようかと迷った。弥生は卯月と学生の頃からの友達ではあったが、口の軽い卯月をあまり信用はしていなかった。だから重要な話はこれまでもしたことがなかった。

「あー、ワタシのこと信用できないって顔してる。ひっどーい。友達なのに」
「えっと、そうじゃなくて。卯月はさぁ。友達いっぱいいるじゃん。だから、ポロっとおしゃべりの中で話しちゃうかもなぁって思ってさ…」
「ほらっ。やっぱり信用してないんだ。こう見えて、ワタシは口が硬いんですからね」
「えー、本当に」
「そうだよ。試しに、なんで三月が嫌いか話してみたらわかるよ」
「そっか、わかった。あのね、第三営業部にさ、主任の如月さんっているでしょう」
「うん、いるね。プチイケメンの彼ね」
「えっ、プチ。違うでしょ、かなりでしょ」
「うん、かなり。で、その『かなりの彼』がどうしたの」
「…。うん、告られちゃったんだよね」
「えーーーーーー。あの、如月に」
「うん」
「すっごーい。ていうか、ワタシ、狙ってたんだけどなぁ」
「えっ、そうなの。知らなかった…」
「あっ、ごめんごめん。それで、その彼が何か関係あるの?」

 卯月は自分が狙っていた男だっただけに、身を乗り出して弥生に迫った。

「ちょっ、近ーい。卯月、離れてよー」

 我に返った卯月はハッとして一歩下がった。

「あー、ごめんごめん。ちょっと興奮しすぎちゃった。ごめんね、弥生。で、その後はどうなったの?」
「うん、実はさ…、聞いてると思うけど、彼さ、ニューヨークにいくのよね。それでね、ついてきてくれって言われちゃったのよ。
「…ああ、そうなんだ。って、えーーー。それってプロポーズってこと」
「うーん、かなぁ」

 にわかに卯月の顔が曇った。卯月は弥生に悟られないように、電話がかかってきたふりをしてその場を離れることにした。

「あっ、ごめん、弥生、仕事の電話が入っちゃった。話はまた後でね。絶対だよ」
「あーー、うん。わかった。じゃあね」

 弥生は悩んだ。卯月に話すべきじゃなかったと。そう思った矢先、卯月からの執拗な攻撃が始まることとなった。

 弥生のもとを離れた卯月は、第三営業部の如月の元へと急いだ。顧客への訪問を終え、帰社したばかりだった如月は、自分のデスクに座ってホッと一息ついていた。

「如月主任、少しお時間いただいてもいいですか?」
「ん、おや、卯月さんじゃない。どうしたの?」
「あのう、如月主任。ちょっと聞いたんですけど、ニューヨークに赴任されるんですか?」
「えっ、なんでそれを。まだ正式じゃないから誰も知らないはずなのに。どこからの情報?」
「えっ、ちょっと人事にも知り合いがいますので」
「そうなんだ、ちょっと怖いね。それで、何か?」

 如月はあくまでも他の部署の社員に対する対応に心掛けていた。しかし、卯月は二人っきりになりたいと思い、モジモジしていた。何かを察したかのように如月はエスコートした。

「あ、今、第一会議室が空いてるから、よかったらそこで話を聞くよ」
「はい、お願いします」

 二人の時間を作れると思った卯月は急にウキウキとなり、それが態度にも現れた。会議室に入るなり、如月の気を引くことに全神経を使い始めたのだ。

「如月さん、ニューヨークに赴任されるのだったら…私も連れて行ってほしいな」
「えっ、卯月さんもニューヨークに行きたいの?」
「だってぇ。如月さんのそばに居たいんですもの」
「いやいやいや、遊びにいくわけじゃないから、それなりにクライアントのケアとかやってもらわないと困るんだけどな」
「ええ、でも弥生は行きたくないって言ってましたよ。強引に引っ張られるなら会社やめようかなって相談されたんです」
「えっ、弥生さんがそんなことを。そうか、気づかなかったなぁ。喜んでくれてるとばかり思ってたから。あっ、そうか、卯月さんは弥生さんから聞いたのか、ニューヨーク赴任の話を」
「そうなんです。弥生は代わりに私に言ってくれないかなってお願いに来たんですよ〜。仲のいい友達だし、如月さんのお役に立てるなら、三食の料理を作ることも苦になりません」
「はっ、それじゃあ、夫婦みたいじゃないか。ははは」
「えーっ、ひどーい。私はそうなってもいいと思ってるのに」

 如月には、なんとなく状況が見えてきた。弥生を出し抜こうとして卯月が近づいてきたんだと。

「あー、そんなに僕のことを思っていてくれてたんだね。ありがとう」
「そんなお礼だなんて。当然ですよ。愛する人のためなら」
「そうか、申しではありがたいんだけどさ。卯月さんは英語のスキルがないよね」
「えっ、そんなもの頑張って勉強しますよ。二人の生活のためなら」
「あーっ、そうじゃなくて。僕が忙しい時にクライアントとの交渉をやってほしいんだよね」
「えっ、クライアント…って仕事ですか?」
「そりゃそうだよ。仕事で赴任するんだから」
「いや、私は家庭を守りますから、ご主人である如月さんがクライアントの相手をなさってはいかがでしょうか」
「あのね、卯月さん。僕は遊びでニューヨークにいくんじゃないんだ。僕と一緒に仕事ができる人と行きたいんだよ。公私混同はしないで考えてくれるかな」
「…そんな。私より、嫌がっている弥生の方がそんなにいいんですか?」
「いや、そんな問題ではなくてね…」

 卯月は涙を流しながら、会議室を飛び出した。その光景を見た如月の部下たちがびっくりした様子で如月を見つめていた。

「ああ、みんな、誤解しないでくれよ。彼女が勘違いしてただけなんだから。さぁ、仕事に戻って」

 如月は自分の行動を後悔していた。もしかすると弥生は卯月と同じような感情を抱いていたのかもしれないと思ったのだ。その時、一人の女性が近づいてきた。同じ第三営業部で仕事をしている五月だった。

「また、女性に対する対応を間違ったんでしょう」
「ああ、そうみたいだ。どうしたらいいかな?」
「もう、どうしようもないわね。私の存在を隠してるからそんなことになるのよ」
「ああ、別に隠してるわけじゃないんだけどさ。結婚式が終わったらオープンにしようと思ってるだけなんだけど」
「そんなこと言って、結構楽しんでるんじゃないの。女の子が勘違いする時間を」
「なんてこと言うんだよ。僕には五月だけなんだよ」
「はいはい、私には甘い言葉は通用しませんからね。身辺整理をちゃんとしておいてくださいね。父はその辺厳しいので」
「わかったよ。くれぐれもお父さんを怒らせないでおいてくれよ」

 如月は役員の娘である五月との結婚を望んでいた。自分の将来を考えたからだ。一方、五月はうるさい両親の呪縛から逃れるために如月と結婚することを決めていた。お互いに愛は二の次だったのだ。

 一人の男、如月を巡り、弥生と卯月と五月が争奪戦を繰り広げる展開になっていった。だが、弥生は卯月が如月に近づいたことに気づいてはいなかった。

 たまたま会社の廊下で如月と弥生は出会った。弥生は少し頬が赤くなるのを感じながら、軽く会釈をして話しかけた。

「あの、この前のお話の件ですけど…」
「えっ、ああ弥生さん、気にしなくてもいいよ。卯月さんから聞いたから。あんまり乗り気じゃないみたいだね。弥生さんは英語が堪能でレポートも得意だから、一緒に行ってくれると本当に助かると思って誘ったんだけどね。話をした時は喜んでくれてると思ったんだけど、違ったんだね」
「えっ、卯月が言ったんですか。私が嫌がってるって」
「そうなんだ。まだ誰にも話してないことだったからびっくりしちゃったんだけど、弥生さんを悩ませてしまうことになって申し訳ないと思っているよ。あっ、そうだ卯月さんにも伝えておいてくれるかな。人事に確認したんだけど卯月さんの英語のレベルじゃちょっと無理だって」
「はい。あの、卯月は行きたいって言ったんですか?」
「ああ、そうなんだよ。ちょっと困惑したけどね」

 弥生はがっくりと肩を落としてオフィスに戻った。友達だと思っていた卯月に裏切られたことが許せなかった。

「あら、弥生さん。元気ないわね。どうしたの」
「あっ、五月さん、いえ、なんでもないです」
「ふふ、わかるわよ。如月さんのことでしょう。彼はね、仕事のアシスタントとして一緒に赴任してくれる相手を探していたのよ。もちろん英語が前提なんだけど」
「えっ、あっ、そうだったんですね」
「まぁ、優しい性格で誤解されやすい男だから、話しかけられた女性はみんな勘違いしてしまうのよ。気を悪くしないでね」
「あっ、全然」
「よかった。あっ、あなただから、教えておいてあげるわ。彼はね、私と結婚することになってるのよ。優秀で仕事ができる人だから、私と一緒になるのが合理的でしょ。もちろん、ニューヨークには私も行くのよ。だから、彼の甘い言葉には気をつけてね。それじゃあ」

 卯月からも五月からも打ちのめされてしまった弥生だった。なんとなく一人で空回りしていた数日が恥ずかしくなってしまった。弥生は卯月をテラスに呼び出した。

「ねぇ、卯月。如月さんと話しした?」
「えっ、ああ、ちょっと立ち話程度ね。なんで?」
「伝言を頼まれたのよ。ニューヨークの件で」
「あっ、そう。私に…」
「そうよ。五月さんとうまくやれるなら考えてもいいって言ってたわ。前提は英語をマスターすることと、五月さんと友達になれることみたいだけど。五月さんも仕事でニューヨークに赴任するらしいのよ」
「あ、そうなんだ。弥生は…いいの?」
「うん。私はやっぱり日本がいいから行かないことにしたの」

 ほんの少しだけ仕返しをした弥生。この後、卯月は五月のところに行って奈落の底に落とされるだろうと弥生は思った。そんな想像をして少しだけ喜んでいる自分がいることに驚いた。弥生は自分の中にはもう一人の自分がいるんだと認識したのだ。

「やっぱり、三月は嫌いだな。余計なこと考えなくちゃいけないし、もう一人の自分にも気づかされてしまったし…」

 窓越しには桜の蕾が見えている。桜は枝を春一番に揺らされながら暖かい春の日差しを待っているかのようだ。弥生は「よし」と自分に声をかけ、もうひとりの自分と一緒にオフィスへと戻った。


あとがき

 「三月」は別れの月でありますね。会社なら人事異動が気になる月です。そんなことを思い浮かべながら綴ってみました。

 表紙の画像はCHATGPTに作ってもらいました(内容と誤差があるのはご愛嬌)


下記企画への応募作品です。

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