7月17日 東京の日 【SS】べらんめぇ
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】- 東京の日
1868年(慶応4年)のこの日(旧暦、新暦では9月3日)、明治天皇の詔勅(しょうちょく)により「江戸」が「東京」に改称された。
この「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」(えどをしょうしてとうきょうとなすのしょうしょ)は、天皇が江戸で政務を執ることを宣言し、地名も「東京」と改称するという内容である。「西の京」の「京都」に対して、「東の京」から「東京」という名前が付けられた。これは「東にある都」という意味である。
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【SS】べらんめぇ
「おい、八っつぁん。知ってるかい。あっしたちのお江戸の名前が変わるんだってよ」
「はぁ、吉べぇよ、何言ってんだい。お江戸はお江戸よ。明治になったからって、おいらのお江戸の名前をそう簡単に変えられちゃたまんねぇよ。一体、誰がそんな出まかせを言ってるんでぇ」
「いやいや、八っつぁん。お前さん、張り紙を見てないのかい。もう、みんなその話でもちきりだよ。この長屋で知らないものは、八っつぁんだけかもしれないよ」
「えぇ、誠のことなのかい」
そんな噂話で長屋も盛り上がっていた。時の明治政府は天皇の詔書という形で、「江戸」を「東京」と呼ぶことにすると広く公示したのだった。もちろん噂では広まってはいたものの、江戸っ子を気取っていたものたちの間では、色々な話で盛り上がっていた。
「おい、八っつぁん。とうとう変わっちまったなぁ。これからはお江戸じゃなくてお東京だってよ。『とうけい』かな『とうきょう』かな、読み方はどっちなんだろうね。まぁ、京都に対抗するためには、やっぱり『きょう』と読ませるんだろうねぇ。それに『とうけい』だと闘鶏と間違えそうでいけねぇな」
「吉べぇよ、ちげえねぇ。『とうきょう』だろうよ。しかし、何だな、お東京は言いにくいや。東京でいいだろう。何だかしっくりこねえなぁ。よし、こんな時には寿司でも食いにいくか。鬱憤ばらしでもしなくちゃ気が晴れねぇ」
こうして、八と吉は近くの寿司屋へと繰り出していった。暖簾をくぐり、店の大将に向かって八が注文した。
「おい、大将。東京前の並、二人前と熱燗を頼む」
「えっ、すいやせん。注文が聞きとれやせんでした。何とおっしゃいやした」
「東京っ子に何度も言わせるない。東京前の並だよ、並」
「あ〜、へいへい、承知しやした。握りの並ですね(また、変な客が来たよ。街の名前が変えられただけだから、これまでの江戸前は変えなくてもいいのにな)」
「なぁ、八っつぁん。俺たちは江戸で育ってきたんだから、江戸っ子でいいんじゃないのかい。これから生まれて育っていく赤ん坊は東京っ子かもしれないけどさ」
「なーるほど、吉べぇは賢いなぁ。言われりゃあ、その通りだな。てぇ、ことは何かい。これまで呼んでいたお江戸のいろんなものに対しては江戸でいいのかい」
「八っつぁん。そうだと思うよ。江戸府が東京府に変わるだけなんだから、それ以外はこれまで通りの方がしっくり来るわなぁ。まぁ、東京という呼び方もしばらく使ってりゃあ、きっと慣れちまうよ。いやぁ、慣れないと時代に取り残されちまうだろうよ」
「ちげぇねぇや。よし、住所は今日から東京だ。ちゃんと覚えておかねぇとな。ひょっとして京都から見れば東の京都みたいなもんだから、東京なのかい。この名称」
「八っつぁん。まぁ、そんなこと気にしても仕方あるめぇ」
こんな会話がされたとかされなかったとか。実直な人であればあるほど、江戸を東京に言い換えなければならないと思い込んだのかもしれない。長年使い続けた言葉は無くなるはずもなく、住んでいるところの名称が変わっても、いまだに江戸前という言葉は根強く残っているものだ。そもそも江戸前という言葉は、江戸の街に面する一部の海域のことを言っていたようで、そこで採れた魚を使って握るので江戸前の寿司と呼んだそうだ。そういえば、その時には湾という呼び名がついていなかったので、江戸湾という言葉は実際には無かったらしい。その代わりに江戸前という言葉を使っていたということらしい。
それに「東京」も最初は読み方まで周知されたわけではなかったので「とうけい」と呼ぶものもいたそうだ。「闘鶏」と間違えたりすると何とも変な解釈になってしまっていたかもしれない。それでも、時間というものは全てを飲み込んでいくようで「東京」はごく自然に人々に受け入れられ、最終的には「東京都」として違和感なくその名前が浸透しており、今や、日本人のみならず世界中のビジネスマンにとっては「東京」は日本経済にとっても中心の場所であるということで知らないものはいなくなった。
さて今後の東京はどう発展するのだろうか。今では一千三百万人を超えるほどに成長したわけだが、東京と言われるようになる前は、わずか九十万人弱程度だったようだ。百五十年程度の間に、十五倍近くに膨れ上がったことになる。日本全体としては、三千万くらいの人口が一億三千万程度に膨らんでいることになるはずなので五倍にも達していない。それだけ、一極集中が進み、他所からの転入が増加し東京の人口の伸び率が高くなったものと考えられる。そうなると、土地の値段も半端なく高騰するのも納得できるというものだ。
もし、今の時代を八と吉が見ていたら、どんな会話をするのだろうか。もしかしたら、こんな会話になるのかもしれない。
「おい、おい、吉べぇよ。東京ってところは何でこんなに夜が明るいんだ。それによう、でっかい鳥のお化けみたいな奴が空を飛んでるし、馬が引いてるわけでもないのに馬車みたいなのが物凄くいっぱい動いてるじゃあないか。しかも、目も尻も光ってやがるぜ。こりゃあ、もしかすると合戦が起きてるんじゃないのかい。家もべらぼうにのっぽだし、あれじゃあ上まで行くのに難儀だろうなぁ。おいらはこんな時に生きてなくて本当に良かったなぁ。これじゃあ、幾つ命があっても足りねえや。おお、くわばらくわばら」
「おや〜、八っつぁん。おまえさんらしくないねぇ。あんまりの凄さに怖気付いちまったのかい」
「べらんめぇ、こちとら江戸っ子でぇ。火事と喧嘩は江戸の花。祭り大好きなこの八に怖いもんなんかあるもんかい。へんっ」
了
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