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赤いワンピースの少女〜メイ #5

 数日経った時、クオンが勤めていた工場に一通の手紙が届いた。工場側はちょっと迷ったが、同僚だったズンとフォンに渡して内容を確認してくれるように依頼した。クオンの家族への連絡は、電話で既に済んでいたが、おそらくその電話の前に投函された手紙だったのだろう。消印を確認するとクオンが水死体となって見つかった日になっていた。手紙を受け取ったズンとフォンは、罪悪感を抱きながらも開封した。ズンとフォンはクオンの家庭環境をほとんど知らない。二人は静かに手紙に目を落とした。

「おにいちゃんへ 

 おにいちゃん、元気で働いてますか。わたしは、おにいちゃんが送ってくれたお金で手術をすることができました。手術は成功です。間に合いました。肺の悪かった部分は切り取られて激しい運動はできないけど普段の生活は問題なくできるようになるそうです。全部、お兄ちゃんのおかげです。遠いところに出稼ぎに行ってくれてありがとう。お父さんもお母さんも喜んでくれたわ。今度帰ってきたら私の作った料理をごちそうするから楽しみにしていてね。次はお兄ちゃんの希望を叶える番だね。こっちでお兄ちゃんが作る工場が楽しみだな。今一緒に働いているお友達と一緒につくるんでしょ。出稼ぎしなくてもいいようになるといいね。 チュン」

 読み終えた時、二人の後悔の気持ちはさらに大きくなった。クオンが妹の手術費用を送るために頑張っていたんだということを理解した。そして、手術の期限もありなんとか早くお金を工面しようとしていたんだということもわかった。それに加えて、自分達と一緒にベトナムに工場を作ろうとしていたということも初めて知った。二人は、妹からの手紙を持ったまま泣き崩れた。知らなかったとはいえ、お互いに知る努力もしなかったことを大きく後悔していた。そして、今頃ベトナムのクオンの家族は訃報を聞いて悲しみにくれていることを想像すると、更にたまらなくなり、ズンは「自首しよう」とフォンの腕を掴んで訴えた。「解った。自首しよう」とフォンも返した。このまま知らない顔で生きていたら一生後悔することになる。そう考えた二人は翌日、警察に出頭した。

 該当のテレビニュースでは、ベトナム研修生殺害の事件解決が報道されていた。参考人として調べられていた光一は解放され、ズンとフォンが自首したことにより、一気に解決となったことが伝えられていた。同時に、クオンの妹からの手紙も公開されていた。ニュースを見ている人の大半はクオンに同情していた。メイは思った。「クオンももっと自分の心に素直になれば変わっていたのに。もっと、みんなに打ち明けていればよかったのに。私がクオンに触っていればよかったのかしら。そうすれば変わっていたのかしら」

 メイは、少し考えた後、事件が起きた工場へと足を運んでみた。そこでは、工場の経営者らしき人と光一たちが集まって話をしていた。

「全くひどいことになったもんだな。こんなことなら研修生なんて受け入れなければよかったな。我々が悪いようなことまで言われてしまったしな」

「しかし、社長がもう少し給与を出していればよかったんじゃないですか」

「なんだと。その時は、お前たちの給与を下げることになるんだぞ。それでもよかったのか」

「我々も、そんなにもらっていないから、それはそれで困りますけど」

「今は、不況で金が回らないんだよ。雇ってやってるだけありがたく思えよ」

「そ、それは、一応感謝してますけど。俺たちみたいなものを雇ってくれて」

 少し離れたところで話を聞いていたメイは、この社長と呼ばれている人がもっと優しさを持っていてくれればよかったんじゃないかと考えていた。そもそもの発端はこの社長だったのかもしれないと思い始めた。働いている人たちに対する思いやりが少ないように見えた。安い給与で働かされていたクオン、ズン、フォンそれに光一たちも被害者だったのかも知れない。メイは今回は慎重になっていた。経営者の心の内をきちんと知ってから対応したいと考えていたのだ。その矢先、国税の調査官が経営者のところにやってきて質問していた。

「経営者の上内さんですか」

「えっ、はい、そうですが。なんですか。私は今回ひどい目に合ったんですよ」

「えぇ、そうでしたね。ただ、少し確認をさせてください。海外からの研修生として受け入れられていたわけですが、基本賃金の安さと時間外手当の未払いがあるようなので、少し調べさせていただきたいと思います。また、雇用調整助成金も申請され受給されていますが、社員の方に確認したところ、研修などは一切受けていないと報告を受けています。この辺りも調べさせていただきたいと思います」

「あっ、いや、その、悪いことはしていません。本当です。設備とか光熱費とかが大変で資金繰りが厳しいんです」

「その割には、上内さんの個人資産は結構ありますよね」

「いや、それは一生懸命働いているわけですから」

 このやりとりを聞いていたメイは、ひとりでうなづいた。この経営者の強欲な心が結果的に複数の人々を追い込んでいったのだと確信した。国税の調査員が屋内に入りパソコンや帳簿類を調べ始めたのを確認して、メイは上内に近づいた。

「こんにちは」

「ん、誰だお前は。今、忙しいんだ。用がないならとっとと消えろ」

「言われなくても、消えます。あなたの心を癒やしたら」

 そう言って、上内の両手を掴んだ。「もし、この人に少しでも優しい心が残っていれば、命がなくなることは無いだろう」手を掴みながらメイは祈っていた。途端に、上内は地面に膝をついて崩れ落ちた。上内の心の中に僅かに残っていた良心が増幅され心の中がやさしさや思いやりで満たされた。同時に、これまで搾取しながら強欲にお金を着服していた行為を反省し、社員や研修生に辛く当たっていたことを認識し、自分で自分が許せない気持ちになっていた。メイは静かに声をかけた。

「上内さん、これまでの行いは決してやさしさの表れではありませんでしたね。でも、そのことをしっかり認識されたことだと思います。本当はどうすべきだったのかということも。でも、まだあなたにはたくさん時間があります。これから、社員の方々のためにあなたの時間と資産を使ってあげてくださいね」

「あぁ、私はいつからこんな強欲になってしまったんだろう。みんなに申し訳ない。本当に申し訳ない。自分の財産を積み上げることだけを考えてしまっていたな。まずは、今来ている国税の人に正直に話して綺麗な会社にしよう。そして、社員と共に生きていけるようにしていこう。研修生の家族にもなんとか支援をしていこう。もう一度、やり直してみることにするよ。お嬢さん、私の心を救ってくれてありがとう。本当にありがとう、やっと目が覚めたみたいだ」

 メイは、人々の心を救うことの難しさを知った。同時に権力を持っている人の心が優しさで満ち溢れることの大切さも知ることができた。神様は今回のことの成り行きを静かに見守っていた。そして、これまでのどの少女よりも丁寧な対応をしてくれていると感じていた。やはり、世間に出ることがないままに亡くなってしまったことが、人々の心を素直に受け止められるのだろう。神様は、大いに満足し期待以上の行いをしてくれたメイの活動をもう少しの間見守ることにした。きっと、いろんな場所で良い癒やしを施してくれることだろう。


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