5月9日 黒板の日 【SS】黒板の向こう側
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】- 黒板の日
全国黒板工業連盟が、創立50周年を記念して2000年(平成12年)7月に制定、翌2001年(平成13年)から実施。
日付は「こ(5)く(9)ばん」(黒板)と読む語呂合わせと、アメリカから黒板が初めて輸入されたのが1872年(明治5年)5月頃だということから5月9日となった。黒板の有用性をPRすることが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
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【SS】黒板の向こう側
いつ頃からだろうか。学校の教室に違和感を感じるようになったのは。高校に進学して最初は気づかなかったのだが、どうも黒板の向こう側に何かがいる気配を感じ始めたのは、高校二年になった時だった。僕たちのクラスは校舎でも一番端っこのクラスで、黒板の向こう側は壁しかない。壁の向こうは校舎の外のはずなのだ。そう、黒板の裏側には教室は存在しないのである。しかし、僕は何かを感じていた。
自分なりに冷静に思い出してみると、いくつかのことが思い当たる。先生が板書している時、チョークの音に合わせたかのように、微かに同じようなチョークを黒板に擦り付けるような音が聞こえた気がしていたのだ。先生が書いた文字を複写するかのようにほんの少し遅れて追いかけるようにチョークか何かの音がするのだ。一番それを感じるのは、先生がチョークで黒板をトントンと叩いた時だ。最初は先生のチョークの音が教室で木霊しているものだと思い気にしてはいなかった。おそらく教室にいたみんなも同じだと思う。しかし、気になって耳を澄ませると明らかに違うということに気づいたのだ。遅れてトントンと微かに聞こえていたのだから。
もう一つ気になっていたのは、先生が「ここ、大切だからちゃんと覚えておくように」ということを時々言ってくれるのだが、その時クラスにいるメンバーは、必死でノートにメモをとっているので誰も声を出していないにも関わらず、ものすごく小さな声で「ハイ」と聞こえていたのだ。ただ、この声も意識して聞き取らないとわからないくらいの声だったので、窓を開ける習慣がついたここ数年は外の音にかき消されていたのだと思う。
僕がこのことに気がついたのは、実は内緒で音声を録音していたからである。僕はメモを取るのが極めて遅い。だから、内緒でボイスレコーダーをポケットに仕込んでおいて帰ってから文字起こしをして復習していた。その時にパソコンを使って音声解析をしていて、小さな波形に気づき、その音だけを再生してみて確信したのだった。
僕はこのことに気づいた後、誰にも話すことができず、通っている学校に何か秘密があるのかもしれないと思い、学校の歴史を調べるために図書室に向かった。仮説を立てたのだ。もしかすると今の校舎になる前、この学校で何か起きていたのではないかと。それで、図書室に向かい誰も借りた形跡がない、僕たちが通っている高校の生い立ちが記載されている記録史の本のページをめくった。
その記録によれば、明治時代に建築された時には当然だが木造の校舎が建てられていたようだ。図面を確認してみると、今の僕のクラスの隣にも教室が存在していたのだ。さらに記録を読み込んでいくと、そのクラスは他の生徒の学習スピードについていけなくなった生徒だけの特殊学級用として使われていたようだったのだ。しかし、昭和に入り、原因不明の火災が発生しその特殊学級の生徒一人が犠牲となり校舎も全焼してしまったのだった。その後、後者を建て直す際に、現在の形にしたようだった。すなわち過去に特殊学級があった部分は必要がなくなったためコスト削減を目的として抹消されてしまっていたのだ。
もしかしたら、当時学びたいけどみんなについていけなかった生徒が、まだ学ぼうとして学校に残っているのかもしれないと僕は思った。きっと今でも違う次元に一つのクラスが存在し、生徒が勉強しているのではないかと考えたのだ。こんなことは誰にも相談できない。僕は、夜になるのを待って、学校に戻った。
僕は自分のクラスの黒板の前に行き、チョークを持ち「勉強しているのかい」と書いてみた。すると明らかに黒板の向こうというか内側とでもいうべきところから「ハイ」と小さな声が聞こえたのである。一瞬僕は恐怖で帰りたい衝動に駆られたが、なんとかして返事をした黒板の向こう側にいる子に死んでいるということを教えなければならないという変な使命感を覚え、チョークによる会話を試みた。チョークで黒板に書けば見えない相手にメッセージが届けられると思ったのだ。
『君は生徒ですか。クラスと名前を教えてください』
「ハイ、特殊学級の田原森一平といいます」
『火事になった時にいましたか』
「ハイ、僕が火をつけました。ごめんなさい。勉強できないのが悔しかったから」
『一平くん、君はその時に死んでしまったのですよ』
「でも、僕はまだ勉強しなければいけないんです。みんなより、遅れているから」
『君はもう十分に勉強をしたと思います。安心して鉛筆を置いてください』
「もういいの? もう勉強しなくてもいいの?」
『はい。もういいんですよ。ゆっくり休んでください』
このメッセージを伝えた後は言葉が聞こえてくることはなかった。一瞬黒板がうっすらと光ったような気もしたが、定かではない。僕が聞いていた先生のチョークの後に聞こえていた音は、一平という生徒がメモを取る鉛筆を走らせる音だったようだ。一平くんが火をつけたことは記録には残っていない。不審火として処理されてしまったようだった。今回のこのことを敢えて報告する気もなかったし、話をしても誰も信じてはくれないだろうと思い、僕は口を閉ざすことにした。
この夜以降、変な音が聞こえることはなくなり、平穏な高校生活を送っていたのだが、ある日、偶然にも古くなった黒板の交換が実施されることになり、外された黒板の裏を確認する機会がやってきた。黒板の裏側には『特殊学級用』と書かれていたのである。僕は自然と手を合わせていた。
了
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