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2月9日 ふくの日 【SS】毒殺事件

【今日は何の日】- ふくの日

 下関のふぐは全国的にも有名である。語呂合わせで「ふく」と読めるこの日を下関ふく連盟が「ふくの日」として制定した。ふくの普及と宣伝が目的だった。「福」と同じ発音で縁起がいいことから「ふく」と呼ぶ様になったそうだ。関東などでは「ふぐ」という呼称のほうが一般的ではある。

 いまでは、養殖のフグも大量に流通しており、だいぶ安価で食される様になっている。高級料理であるフグをできるだけ身近な食文化にしようと「とらふぐ亭」というチェーン店が展開されている。2月9日はとらふぐ亭の日としても登録されている日である。


【SS】毒殺事件

『あいつだけは許せない。僕の大切な人を弄んだ末にゴミのように捨てやがった。そのせいで未央は自殺してしまったんだ。絶対に許さない。必ず復讐してやる』

 未央の恋人だった料理人の島津誠は悲しみの中で、未央が収められている棺桶を目の前に、周りには聞こえない様に声を殺して涙を流しながら呟いていた。

 島津の愛する恋人を酔わせた上に乱暴し、自殺に追い込んだのは沼中亜久魔というジュエリー販売をしている男だった。しかし、沼中はあくまでも合意の上での行為だったと主張し、未央と沼中の会話が録音されたスマホを証拠として提出していた。スマホには、沼中の言葉に対して、しずかに「はい」という未央の声が録音されていた。結果として、未央は合意の上沼中と男女の関係になったが、島津とのことを思い、自責の念に駆られて自殺してしまったと結論づけられてしまったのだ。

 未央の葬式に沼中が顔を出すことはなかったが、弔電とお花、そして香典が届けられていた。このことも「辛くて顔を出せないのだろう」と事情を知らない人は解釈していたのだ。

 結局、自殺との因果関係は立証できず、沼中は自由を謳歌していた。沼中は小顔でモテそうな風貌を利用して片っ端から女性をナンパしている様な男だった。業界内でも評判は悪く、セレブの奥様に取り入るのが上手で他の営業マンのお客様を見境なく奪い取っていたのだ。どうやらそのイケメンの顔とトークのうまさを利用し体の関係まで持っていきジュエリーを定期的に購入させていたという噂まで流れていたくらいである。しかし、当の本人は悪びれる様子もなく至って陽気だった。

 島津は、商売柄フグの養殖場に頻繁に出入りしていた。島津は考えた。「フグの毒を使って殺害してやろう」そう思い、憎しみを顔に出すのを我慢して沼中に近づいた。

「あ、沼中さん、実は宝石を買いたいと言っているお金持ちの婦人がいらっしゃるんですけど会ってくれますか。できれば詳しく情報をお伝えしたいので一度僕と二人だけで食事でもしませんか。僕はこう見えて料理人なんですよ」

「へぇ、僕は商売になるんだったらどこにでもいくよ。その料理とやらも奢りなら喜んでいくよ。いつ」

「できれば明日の夜はどうですか。明日お店は休みなので二人でゆっくり話ができるんです。場所はここです」

「おお、もしかしてフグ料理。行く行く。明日の午後八時ね。了解。じゃあその時に」

 沼中の呼び出しに成功した島津は、笑みを浮かべながら去っていく沼中の背中を見送った。

 そして翌日の夕方になり、島津は水槽からトラフグを一匹取り出し、沼中に食べさせる料理を作り始めた。もちろん肝やその周りをテッサや小鉢、唐揚げに紛れ込ませた。

 夜八時になり沼中がやってきた。白い前掛けをして板前の格好をしている島津を見て一言言った。

「おぅ、よく似合ってるじゃん。あの女と一緒にならなくてよかったんじゃない。あっ、まさか僕を毒殺しようなんて考えてるんじゃないよな。僕も馬鹿じゃ無いよー。フグに毒があることくらい知ってるよー」

「そんなわけないだろ。僕は自分の店を出すために勉強してるんだから。フグの調理免許だってちゃんと持ってるし」

「あれ、間に受けた。冗談だよ冗談。ヒレ酒もあるのかなぁ。うまそう」

 一瞬警戒されたのかと思い、冷や汗が出たが、どうやら口をついた冗談だった様だ。二人は、掘り炬燵になっている座敷に上がり、ヒレ酒で乾杯をして食べ始めた。沼中の飲むヒレ酒には少量の睡眠薬も溶かしていた。

「で、お金持ちの奥さんの話っていうのはなんなんだい」沼中がきりだした。

「うん、実は、その人はルビーが大嫌いなんだよ。血の色みたいだからって。だから、赤い色の宝石以外を見せてあげてほしいんだよ。それに「赤」にまつわる話もタブー。どうやら以前火事にあったことがある様で、火や消防車や血の色に敏感なんだよ」

「なるほど。それは貴重な情報だ。了解。気をつけるよ。しかし、なんでそんなことを教えてくれるんだ。俺のこと好きじゃないだろ」

 そう言いながら、沼中は、肝の入った小鉢に箸をつけ、口に運んだ。美味しそうに頬張って食べ、ヒレ酒を飲んでいる。ヒレ酒を一気に飲み干しおかわりを要求してきた。

 島津は沼中がよこした湯呑みを持って厨房に向かった。そして、水道水で湯呑みの中を洗い流し、ヒレを捨て、新しい湯呑みに新しいヒレをいれ熱燗を注いでいた。睡眠薬の痕跡を消し去るために。

 その時、玄関が開くような音がしたかと思ったら何か重いもので叩きつける様な「ドン」という鈍い音が二回聞こえてきた。厨房から座敷は直接見えないので、ヒレ酒を持って急いで座敷に戻った。もしかすると毒が回って倒れたのかもしれないと思ったのだ。

 そこには頭から血を流して目の前の料理の中に顔を埋めている沼中の姿があった。そしてその後ろには、バーベルを持った未央の母親が呆然として立っていた。

「あっ、未央のお母さん。なんでここに。。。」

「ま、誠さん。。。未央からメールが来ていたのよ。自殺する前にね。あなたはきっと復讐をしようとするだろうから止めてくれって。だから、ずっと沼中を見張っていたの。あなたを殺人犯にするわけにはいかないから。私は一人娘を亡くして失うものはもうないし、夫と娘のところに行けばいいと思ったのよ。だから、あなたは未来を大切にして、未央のためにも」

 そういうと未央の母は、崩れる様に倒れた。どうやら薬を飲んでいた様だった。島津は慌てて救急車を呼び、警察にも連絡した。島津は未央の母親の愛を知ることができたが、自分も毒を食べさせてしまったのだから同罪だと考えていた。

 だが、警察によるとフグの毒は検出されず、沼中は後頭部陥没が死因だと特定された。少量の睡眠薬は検出されたが死因とは無関係と判断されたのだ。結局、被害者、加害者共に死亡という事件で片付いた。

 島津が使ったトラフグは完全養殖のフグだったため、そもそも毒素を持っていなかったのだ。しかし、島津は未央の母親を巻き込んだことを後悔した。この事件の後は、一生独身を貫くことで、自分の罪を背負い続けて生きていったそうだ。そして七十三歳になった時、店をたたみ浜辺の小さな家で一人静かに息を引き取った。誰にも看取られることもなく、未央の元へと旅立っていったのである。そして今は、無縁仏として葬られている墓地の一角で眠っている。


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