男なみに働け、母にもなれ?それは無理だと思った本
今は産休・育休、育児支援の制度は整ってきた。なのに、なぜ
ワーママは活躍できないのか?
という問いを扱った本。
それが
「育休世代」のジレンマ
女性活用はなぜ失敗するのか?
読んでいて、何度も頷いてしまった一節がある。
その不平等のあり方に気付くのは、多くの場合、出産・育児によってまさにそのケア責任を期待され、負うようになってからである。
そうなのよ、そうなのよ。
子どもが生まれる前までは、
「なんだかんだ、少し早く帰れば、
これまでと同じように仕事はできる」
そんな気がしていた。
キャリアも、働き方も、
少し調整すれば何とかなると思っていた。
でも、実際に子どもが生まれてから気づいた。
「これは……無理だ」と。
思えば、私たち現在の親世代は
生まれてから子どもを産むまで、
ずっと「社会で活躍すること」を
目標に育てられてきた気がする。
男性と同じように働き、
男性と対等に生きることが、
正解のように教えられてきた。
それは一見、平等に見える。
けれど実際は、
女性が“男性の社会”に順応することを
求められてきただけなのかもしれない。
そして、子どもが生まれた瞬間、
その前提が崩れる。
ここではじめて、
男性と「対等」ではいられなくなる。
制度は整ってきた。
でも、ケアの責任の置かれ方も、
社会の前提も、
何も変わっていないことに、
私たちは出産してからやっと気づく。
だから、しんどいのだ。
本の中では、私たち育休世代の女性が
2つのプレッシャーを
同時に背負わされていると整理されていた。
1つ目は、「男なみ」に仕事で自己実現をすることをたきつけられる「自己実現プレッシャー」、2つ目は、できれば早めに母になり、母として役割を果たすことを求められる「産め働け育てろプレッシャー」である。
要するに、
男なみに生きろ。でも、産めよ育てよ。
ということだ。
いやいや、無理な話だよな!!
と思う。
男と同じように働きながら、
妊娠して、出産して、
育児と家事の主担当にもなる。
それを“個人の努力”で何とかしろ、
という今の世の中。
その前提自体がどこかおかしい。
そこで本が提示していた解決策が、
「女が男なみになる」のではなく、
「男が女なみ」に働くようになることだった。
これには、かなり納得した。
今の男性社会の働き方のまま、
女性が子育てをしながら
男性の真似をしようとするのは、
やはり無理がある。
でも逆はどうだろう?
男性が、
ワーママのように
働いて、育児して、家事をして、
という生活を送ることは、
正直「できるはず」だと思う。
男性の働き方を少し緩める。
長時間労働を前提にしなくても
回る社会にする。
そうすれば、
男性は今より自然に育児や家事に関われるし、
女性も今より仕事に参入しやすくなる。
男性も女性も無理をして踏ん張る社会ではなく、
最初から無理を前提にしない社会にする。
本が言っているのは、
きっとそういうことなんだと思う。
と言いつつ、
社会が変わるのは時間がかかるんだけどね。
だから今日もワンオペで頑張ります。
ゆかん🎏
