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男なみに働け、母にもなれ?それは無理だと思った本

今は産休・育休、育児支援の制度は整ってきた。なのに、なぜ
ワーママは活躍できないのか?
という問いを扱った本。


それが
「育休世代」のジレンマ
女性活用はなぜ失敗するのか?


読んでいて、何度も頷いてしまった一節がある。

その不平等のあり方に気付くのは、多くの場合、出産・育児によってまさにそのケア責任を期待され、負うようになってからである。 

 P293

そうなのよ、そうなのよ。

子どもが生まれる前までは、
「なんだかんだ、少し早く帰れば、
これまでと同じように仕事はできる」
そんな気がしていた。

キャリアも、働き方も、
少し調整すれば何とかなると思っていた。

でも、実際に子どもが生まれてから気づいた。

「これは……無理だ」と。



思えば、私たち現在の親世代は
生まれてから子どもを産むまで、
ずっと「社会で活躍すること」を
目標に育てられてきた気がする。

男性と同じように働き、
男性と対等に生きることが、

正解のように教えられてきた。

それは一見、平等に見える。
けれど実際は、
女性が“男性の社会”に順応することを
求められてきただけなのかもしれない。

そして、子どもが生まれた瞬間、
その前提が崩れる。

ここではじめて、
男性と「対等」ではいられなくなる。

制度は整ってきた。
でも、ケアの責任の置かれ方も、
社会の前提も、
何も変わっていないことに、
私たちは出産してからやっと気づく。

だから、しんどいのだ。


本の中では、私たち育休世代の女性が
2つのプレッシャーを
同時に背負わされていると整理されていた。

1つ目は、「男なみ」に仕事で自己実現をすることをたきつけられる「自己実現プレッシャー」、2つ目は、できれば早めに母になり、母として役割を果たすことを求められる「産め働け育てろプレッシャー」である。

要するに、
男なみに生きろ。でも、産めよ育てよ。
ということだ。

いやいや、無理な話だよな!!
と思う。

男と同じように働きながら、
妊娠して、出産して、
育児と家事の主担当にもなる。

それを“個人の努力”で何とかしろ、
という今の世の中。
その前提自体がどこかおかしい。


そこで本が提示していた解決策が、
「女が男なみになる」のではなく、
「男が女なみ」に働くようになることだった。

これには、かなり納得した。

今の男性社会の働き方のまま、
女性が子育てをしながら
男性の真似をしようとするのは、
やはり無理がある。


でも逆はどうだろう?

男性が、
ワーママのように
働いて、育児して、家事をして、
という生活を送ることは、
正直「できるはず」だと思う。

男性の働き方を少し緩める。
長時間労働を前提にしなくても
回る社会にする。

そうすれば、
男性は今より自然に育児や家事に関われるし、
女性も今より仕事に参入しやすくなる。

男性も女性も無理をして踏ん張る社会ではなく、
最初から無理を前提にしない社会にする。
本が言っているのは、
きっとそういうことなんだと思う。

と言いつつ、
社会が変わるのは時間がかかるんだけどね。
だから今日もワンオペで頑張ります。

ゆかん🎏





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