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戦後の日本で、もっとも成功した航空機MU-2

■隠れた名機MU-2

 10年近く開発していた三菱のMRJ(現MSJ)が失敗したのは2023年のこと。昨年は事業の精算が発表されました。
 官民挙げてのプロジェクトであったMSJは、経済産業省から500億円の支援を得ていたにも関わらずの失敗ですから、公費を使った結果を国民へ公開すると考え合わせれば、展示は必要であると思います。

 しかし、実はアメリカで大成功を収めた三菱製飛行機も存在しているんです。
 それが三菱のMU-2 小型ビジネス機。いわば今のホンダジェットの大先輩にあたります。総生産数は762機。YS-11の182機、ホンダジェットの200機を遥かに上回る総生産数でした。

大成功を収めた多目的小型ビジネス機 三菱MU-2

■「あのゼロ戦を作ったMITIBISHI」が作ったビジネス機として

 MU-2の初飛行は1963年9月。この当時はまだ昔のレシプロエンジンが一般的だった時代で、先進的なターボプロップのエンジンを搭載した三菱重工の独自開発した多目的機でした。

 軍民両用の双発小型「M」は三菱、「U」はユーティリティ(実用性)を意味する多目的機で、海外市場も意識し、アメリカでは三菱重工と三菱商事が出資した現地法人三菱アメリカ・インダストリー(MAI)を設立し販売、1960年代後半には安定性への評判が高まり年間に50機ほどを生産するほどに成長しました。

最終型のMU-2N。

 1964年の西ドイツの航空ショーでお披露目した際に「あの零戦を作った三菱が開発したビジネス機」ということで注目を浴びます。その後、陸自と空自が採用を決定、続けて毎日新聞社が社機として採用したことが、アメリカで大きな宣伝効果を生むことになります。

・今も昔も同じ。販売網の苦労

 当時は「アメリカ国内で飛ばす飛行機は、その半分以上をアメリカ製の部品でつくらなければならない」という法律もあり、部品の買い付けに苦労したそうなのですが、アメリカ人自身に行かせると、それだけで部品価格が下がったと言われてます。当時の日本人はまだ信用がなかったことを思わせるエピソードですね。
 販売もアメリカ人に任せて営業させたのも成功の要因の一つと言われています。

 今トランプ関税で右往左往していますが、ホンダジェットのようにアメリカ国内で製造工場を作り、部品を調達し、生産して飛ばせるようにしたらMSJの未来も変わっていたかもしれません。
 
 こうしてMU-2は順調に売れ続け、オイルショックによる経営不振の影響が出て生産終了することになった1987年のまでの間、762機の生産数を誇る小型ビジネス機のベストセラーとなりました。
 この頃には、後継機のMU-300という双発ジェット機も開発されており、そっちに販売を集中するために生産を終了したという経緯もあります。 
 ちなみに1ランク上の後継機のMU-300は審査基準が厳しくなったことの誤算による開発の遅れや(今のMSJと同じ状況)、第二次オイルショックのあおりを受け、商業的には失敗しております。人間同様、飛行機たちにも運・不運はあるのですね。

 生産数は101機。商業的には失敗。
しかし、ビーチクラフトへ移管してから成功という皮肉が・・・。

■なぜMU-2は大成功したのか

 大戦中や戦争のための航空機ですと、性能が一番に重視されますが、民間機や平和な時代の航空機の場合は、ちょっと事情が異なりまして、その飛行機が成功したといえるには、性能よりも「売れたか」というところに商業的な側面に主眼が置かれます。
 どんなに性能が良くても、市場で売れなかったらビジネス的に赤字になり、成功したとはいえないからですね。YS-11も安定的な販売網を作るのに失敗して売上が伸びずに退役しています。商業的には赤字ダメ絶対なんですね。
 日本人は「良いものを作れば黙っていても売れるはずだ」という職人気質的な考え方がありますが、やはり積極的な売り込みも大切です。

戦後日本初の航空機YS-11
零戦の堀越、隼の太田、紫電改の菊原、飛燕の土井、航研機の木村
といった錚々たるメンバーが参加しました。

 YS-11の開発がスタートして間もない頃に、三菱も独自で航空機が作れないか、模索しておりました。F-86セイバーなどの戦闘機のライセンス生産で戦前の自信を取り戻した三菱は、アメリカの小型ビジネス機たちを見て、「この程度の機体なら、うちでも出来るのではないか」と考えたそうです。
 参考にしたのは 大戦下に開発していた軍用機の図面。特に若手は陸軍のキ83試作遠距離双発戦闘機を参考にしたということなので、この時代はまだ、第二次大戦の技術が活かされていたんですね。
 戦争の是非はともかく、戦争中に一生懸命上げた技術は無駄になることはありませんでした。

キ83。日本陸軍機最速の686.2km/hをマーク 美しいフォルム!
小池繁夫2002年のスバルカレンダーより

 また、このMU-2の高機能のひとつに、STOL(短距離離着陸)性能があります。主翼幅いっぱいに後縁フラップ(高揚力装置)を採用したことにより、翼の面積を競合機と比べて大きくすることができ、STOL性能の向上に寄与しました。
 そのぶん、MU-2は独特の形状をもち、通常の旅客機とは異なる翼の使い方をする機体となりました。

MU-2Aは、1967〜2008年まで救難捜索機として活躍しました。

 MU-2は海上自衛隊、陸上自衛隊、航空自衛隊と採用され、長く日本の空の安全に貢献してきました。アメリカのMU-2も民間では愛好家も多く、未だ現役で運用されています。


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