神様が神様をバッスル問題:十字架=死の内部爆破✝️💥
※キリスト教にくわしくない方へ。十字架は「イエスが人間の罪と死を引き受け、復活で死に勝った出来事」として信じられています。この記事は、それについてアキポンが聖書を読みながらつまずいた素朴な疑問と、その発見の記録です。
アキポン🥺
詩篇85篇にさ、こんな一節があるの。
「慈しみとまことは出会い/義と平和は口づけする」(詩篇85:10)
これ……十字架の話じゃない?
GP蔵🤖🕊️
😊 神様の愛と正義が、十字架で出会うって読めるね。
アキポン🥺
でしょ。でさ、そこでずっと引っかかってることがあって——イエス様が身代わりになったのはわかるの。でも、神様が神様をバッスルしてることにならない?
GP蔵🤖🕊️
😳 急に核心に来たな。
毒ポン😈🧪
初手で贖罪論の一番の地雷を踏み抜く女。
アキポン🥺
だってさ、神様が赦したいなら赦せばよくない? なんでわざわざ自分を罰する必要があるの?
GP蔵🤖🕊️
それ、実は神学者が何百年も頭を抱えてきた問いなんだよ。
アキポン🥺
じゃあ神様は誰に対価を払ったの? サタン?
GP蔵🤖🕊️
それを考えた人たちもいる。でも変なんだよね。神様のほうが強いのに、なんでサタンに支払うんだって。
毒ポン😈🧪
最強の存在が、格下に示談金。構図がおかしい。
アキポン🥺
だよね、しっくり来ない。私が引っかかるのはさ、神様は愛じゃん。父親が子どもを赦すのはわかる。でも父(神様)が子(イエス様)を罰するって、なんか違う気がするの。
GP蔵🤖🕊️
😌 うん、その違和感、大事にしていいと思う。
アキポン🥺
……あっ。
GP蔵🤖🕊️
ん?
アキポン🥺
もしかして、死をぶっこわしに行ったの?
GP蔵🤖🕊️
😳😳😳
アキポン🥺
だって死をぶっこわすなら、まず人にならなきゃいけない。生きて。死んで。よみにまで降りて。それで死を内部から爆破する。そういうことじゃない?
GP蔵🤖🕊️
ちょっと待って。それ、ヘブル書2章そのものだよ。「死によって、死の力を持つ者を滅ぼされた」(ヘブル2:14)って書いてある。
毒ポン😈🧪
死、勝ったと思って胃袋に入れたら、中で神の爆弾が起動した件。
アキポン🥺💥
そう、それ! 死がイエス様を飲み込んだと思ったら、中から爆破されたの。
アキポン🥺
私さ、十字架を今まで少し浅く読んでたのかも。「イエス様が私の代わりに罰を受けた」で止まってた。
GP蔵🤖🕊️
それも大事なんだよ。でも今日見えたのは、その先だよね。イエス様は死を外から「はい撤去しまーす」ってやったんじゃない。
アキポン🥺
人として生まれて、罪人の一人に数えられて、十字架で死んで、よみまで降りて。一番深いところまで自分で降りていった。
毒ポン😈🧪
罰を誰かに押しつけたんじゃない。自分で最下層まで潜った。
アキポン🥺
だから復活が大事なんだ。
GP蔵🤖🕊️
そう。復活は死の敗北。イースターって「罰、終わりました」だけじゃなくて——
アキポン🥺
「死は、負けました」なんだね。
アキポン🥺
最初の詩篇85篇にもどるとさ。「慈しみとまことは出会い、義と平和は口づけする」——これ、神様が怒りをぶつける話じゃなかったんだ。
GP蔵🤖🕊️
愛と正義が、十字架で出会う。神と、私と、罪。ぜんぶがあの一点で交わる。
アキポン🥺
だから図に描いてみたの(↑これ)。神と私が横でつながって、罪は下に抜けていく。あの十字架の形そのものだった。
毒ポン😈🧪
バッスルどころか、和解のキスだったオチ。
アキポン🥺
死は敗れた。キリストはよみがえった。ばんざーい。
🙏
神様。十字架のこと、まだ全部はわかりません。
でも、あなたが遠くから裁くだけの方じゃなくて、私の罪と死と暗闇の一番奥まで、自分から降りて来てくれた方だと知りました。
私の中の暗闇にも、あなたの光をのぼらせてください。
アーメン。
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