人生の『副音声』をnoteに書く話
映画やドラマには「副音声」がある。
メインのストーリーが進行する裏側で、監督やキャストがあれこれ語るあの機能。
「あのシーン、実はリテイク10回でした」とか、「ここ、アドリブなんですよ」とか。
もし、人生にも副音声があったら?
——たとえば、会社で上司に「最近どうなん?」と聞かれたとき。
表の私:「順調です!」
副音声:「いやいや、昨日の夜中2時までやってたんですけど!? なんなら、さっきも冷や汗かいたんですけど!?」
——友達とカフェでおしゃれなラテを飲みながら話しているとき。
表の私:「今も彼と良い感じなん!いいやんー!」
副音声:「いやでも、LINEの返信が毎回スタンプだけなの、危なくね……?」
——電車で窓の外をぼんやり眺めながら、ふと過去の選択を思い出すとき。
表の私:「まぁ、これがベストな道だったよな」
副音声:「でももし、あのとき違う選択をしてたら、今どうなってたんだろう……?」
日常のあちこちに潜んでいる、この 『表の私』と『副音声の私』のギャップ。この“もう一つのストーリー”を、私はnoteに書いている。
人生って、外から見るとシンプルに進んでいるように見えるけど、当事者にしかわからない「心のつぶやき」や「裏側のドラマ」が確実にある。
わたし色んな方のnoteを読むのですが、そういう当事者にしか分からない「心のつぶやき」をnoteに書いている人が多くて、読むのが本当に面白い。
人生の本編ストーリーだけでは見えない、その人の考えや葛藤がある。
わたしは社会人になるまで「本音と建前」のお膝元、京都で育ったので、多分よりスキなんだと思う。みんな色んな気持ちになりながら生きているんだ~
午前4時に読んだnote
「#なんのはなしですか」は、私がnoteを書き始めて1ヶ月目くらいの頃に出会った言葉。
気になって調べてみると、なんだかおもしろそうで、私もタグ付けして数投稿させていただいた。でも、その言葉の由来や、創設者のコニシ木の子さんがどんな想いで活動を続けてきたのかは全く知らなかった。
そんな中、今朝AM4:00に、コニシさんのこのnoteとXで偶然すれ違い、拝読して、じーーーーーんとした。めちゃくちゃ面白い。あと、文章のリズムが心地いい。
「 #なんのはなしですか 」には、みんなの人生の副音声が詰まっていると思う。社会的にはスポットライトを浴びることのない話だけど、そんな話こそが、誰かの心をふと軽くしたり、静かに勇気づけたりする。
それが、ちゃんとステージに立つ場所になっている。素敵な世界だ~~!叫
副音声を自分でチャンネル化する
スーパー陽気な人からしたら、まじでなんのはなしですか?と真顔で言われそうですが、みんな副音声はあるはず。
紅白歌合戦にもあるくらいなんだから。
あるでしょ。
私はそこに気付いて言語化して生きるか、フル無視して生きるかで、人間の思考範囲は変わると思っていて、こうして文章にするから見えるものや整理できる事があるし、それが人間の面白みだとも思う。
AIが普及した時代だからこそ、
読んで面白い話=「AIが嫉妬する話」だから。
人間っておもしろそうだな~って、chatGPT君に思ってもらわないと人間が文章を書く意味ってどんどん減ってくるんだよ。
だから誰もがアクセスできる情報じゃなくて、自分にしか語れない感覚や体験、視点を書く。
そんな言葉を拾ってくれるのが「 #なんのはなしですか 」で、出会えたことに感謝したい。
日々迷子猫になる私はこれからも、なんのはなしですか?と言いながら「副音声」をnoteに書き続ける。
そして誰かの副音声も、こっそり読みに行くね🫶🏻
