「AIにはできない事を探す」心理とは?不完全な世界との向き合い方
なぜ「AIにできないこと」を探してしまうのか
生成AIの進化には目を見張るものがあります。文章を書いたり、絵を描いたり、プログラムを組んだり。私自身、製造業の研究開発という仕事柄、新しい技術には目がなく、趣味も兼ねて毎日のように生成AIで遊んでいます。
その一方で、必ず聞こえてくるのが「AIには〇〇ができない」「しょせんAIだ」という声です。もちろん、AIは万能ではありません。間違いもしますし、人間のような心もありません(今のところ)
しかし、ことさらに「できないこと」を強調し、探し続ける人がいるのはなぜでしょう。今日はその心理と、新しい技術とのより良い付き合い方について、少し考えてみたいと思います。
「できない理由」を探す思考のクセ
これはAIに限った話ではありません。新しいものや未知のものが登場すると、私たちは無意識にその欠点やリスクを探してしまいます。変化に対する一種の防衛本能なのかもしれません。
ただ、「AIにできないこと」を熱心に探す人は、物事のネガティブな側面に焦点を当てる思考のクセがついていることが多いです。
・新しい企画には、まず懸念点を列挙する。
・他人の成功話を聞くと、その裏にあるリスクを勘ぐってしまう。
・旅行の計画を立てる時、楽しみよりもトラブルの心配が先に立つ。
心当たりはないでしょうか。この「粗探し思考」は、慎重さや危機管理能力の裏返しでもありますが、行き過ぎると新しい挑戦を阻み、精神的な消耗につながります。何より、単純に楽しくありません。
世界はもともと不完全なもの
ここで少し視点を変えてみましょう。
そもそも、この世界に完璧なものなど存在するのでしょうか。人間だって、いつも間違うし、忘れるし、感情的になります。私たちが生きる社会も、制度も、常に何かしらの問題を抱えています。完璧な人間などいないのですから、当然です。
世界は、もともと不完全なパーツの寄せ集めで成り立っています。
それなのに、なぜ私たちはAIや新しい技術、企画にだけ「完璧さ」を求めてしまうのでしょう。不完全な人間が生み出したものが、完璧であるはずがありません。AIもまた、この不完全な世界に新しく加わった、不完全なツールの一つに過ぎないのです。
「できること」に目を向ける、たった一つのコツ
では、どうすれば「できないこと」探しから抜け出せるのか。
答えはシンプルです。「できること」に焦点を当て、それをどう活かすかを考えること。これに尽きます。
私の場合、AIを「完璧な執事」ではなく、「ちょっと優秀だけど、たまにポカをするアシスタント」と捉えています。あくまで現段階では、ですけどね。
出力が100点満点であることは稀です。70点くらいで出てきたものを、残りの30点を自分の知識や経験で補い、120点に仕上げていく。この共同作業が、非常に知的で刺激的なのです。
不完全さを嘆くのではなく、その不完全さをどう補い、どう使いこなすか。この視点を持つだけで、AIは脅威ではなく、強力な相棒になります。
そして…そのうちAIが全てのヒトの能力を超えていくという、ある種の覚悟、諦観も必要ではないでしょうか。昨今のAIの性能向上速度を踏まえると、ヒトは万物の霊長であるというプライドを捨てる時期が、すぐそこまで迫っているように思えてなりません。
不完全さを面白がる生き方
AIにできないことを探すことに、あまり意味はありません。なぜなら、技術は常に発展し、今日できなかったことが明日にはできるようになるからです。そんな追いかけっこに時間を使うのは、もったいない。
それよりも、今ある技術で「何ができるか」を考え、自分の仕事や生活をどう豊かにできるかに知恵を絞る。その方が、よほど建設的で、楽しい人生になるはずです。
完璧を求めず、不完全さを面白がる。
それはAIとの付き合い方に限らず、予測不能なこの世界を、ご機嫌に生きていくためのちょっとしたコツです。
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