病がくれた「人生の句読点」 ⎯ 母と向き合う、贅沢な時間
病に伏せたことに、ある種の感謝を抱いている。
それは、これまでの生き方を見つめ直す切実なきっかけとなったからだ。
節約という名の、少し風変わりな趣味を見つけ、親や友人が注いでくれる純粋な優しさに、改めて気づくことができた。
現代文明の恩恵を享受しながら、SNSを通じて自らの生を記録する。そんな日々の尊さを、今の私は知っている。
19歳で独立を志し、家を出た。
家族が嫌いだったわけではない。ただ、自分の力で生きていきたかった。
人並みに恋をし、結婚と離婚も経験した。子宝には恵まれなかったが、今日まで自らの意思を貫き通して生きてきた自負はある。
身体が不自由になったことを案じ、近頃は母親が頻繁に足を運んでくれるようになった。
家を出て、家庭を持つようになれば、親と会う機会は自然と減るものだ。交わす言葉といえば、近況報告か事務的な連絡。
私自身、帰省するのは正月くらいで、それも兄弟が集まる場に顔を出す程度のものだった。
こたつを囲んでテレビを眺め、たまに「みかんを食うか」と声をかけられる。適当な時間を見計らって「そろそろ帰るわ」と腰を上げる。
そんな光景を、数十年にわたって繰り返してきた。もちろん、それも一つの幸せの形ではある。
しかし、抗えない不自由が訪れたことで、日常は一変した。状況を知った母が、足しげく差し入れを届けてくれる。
「ありがとう、無理はしないで」と私が返せば、「ちゃんと食べてるか気になって」と母は笑う。
人生の後半戦に差し掛かって、これほどまでに親と深く向き合い、対話を重ねる機会など、普通は訪れないのではないか。
今、この時間を過ごせていることに深く感謝している。これはきっと、運命が私に用意した、必要な通過点なのだろう。
不自由の中で見つけた、人生最大の恩恵。
この「病人としての生」が運んできてくれた巡り合わせに、私は心から「ありがとう」と言いたい。



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