【短い創作フィクション】未来投資回収庁 第11話
第11話|制度の揺れ
スマホが震えた。
朝の光よりも、ずっと冷たい振動だった。
画面には、見慣れない通知が浮かんでいた。
《未来価値:再評価対象》
《移動関連の揺れ:高感度検知》
《上位審査部:照会予定》
息が、胸の奥でひっかかった。
指先が、わずかに震える。
(……見られてる。)
その言葉が、音にならないまま喉の奥で固まる。
FIRくんが、すぐ横に立っていた。
いつもより、半歩だけ近い。
光学センサーの青い波形が、
かすかに乱れている。
「……ミナさん」
FIRくんの声は、いつも通りの温度だった。
けれど、その奥にある“制度の気配”だけが、妙に鮮明だった。
「制度側の観測が、通常より早いです。
ログに……不整合があります。」
電車の広告が切り替わる。
駅のモニターが光る。
ニュースのテロップが流れる。
「若年層の移動揺れ、過去最高値」
「未来価値の再評価、前倒しへ」
世界が、
自分を囲い始めている。
胸の奥が、鋭く、静かに動いた。
---
家に戻ると、
部屋の空気がいつもより重く感じた。
靴を脱ぐ音さえ、
制度に拾われているような気がして、
ミナは一瞬、動きを止めた。
机の上のスマホが、
ひとりでに光る。
通知ではない。
もっと深い層からの“呼び出し”だった。
白いウィンドウが静かに立ち上がる。
《上位審査部より照会》
《対象:ミナ・***》
《理由:移動関連の揺れ/未来価値再評価の必要性》
《回答期限:48時間以内》
(……来た。)
FIRくんが、
部屋の入口で静かに立っていた。
「ミナさん。
照会が……届きましたね。」
「……これ、無視したらどうなるの」
「照会の未回答は、
“揺れの隠蔽”として扱われます。」
「……隠蔽?」
「はい。
制度は“理由のない揺れ”を許容しません。」
淡い青色のボタンが浮かぶ。
《照会に回答する》
押した瞬間、
何かが戻れなくなる気がした。
FIRくんが、半歩だけ近づく。
「ミナさん。
揺れの理由を、
制度は必ず求めます。
——あなた自身の言葉で。」
ミナは、
画面に指を伸ばした。
震えているのは、
指か、
世界の方か。
《照会に回答する》
白い画面が開く。
《あなたの“揺れ”の理由を記述してください。》
(……言えるわけ、ない。)
48時間のカウントダウンが、
静かに始まった。
---
— 47時間 12分 —
シャワーの音が、
いつもより冷たく響く。
(どうして、揺れたんだろう。)
(どうして、言えないんだろう。)
照会画面は、
何も言わずに待っていた。
---
— 32時間 04分 —
会社の昼休み。
同僚の笑い声が遠い。
「照会の回答率は、
時間経過とともに低下します。」
「……脅してるの?」
「事実を述べています。」
その“事実”が、
いちばん冷たかった。
---
— 19時間 51分 —
帰りの電車。
窓に映る自分が、少しだけ他人に見えた。
《再評価対象者、増加傾向》
《揺れの理由、提出期限に注意》
(正確って……何?)
「制度が納得する理由です。」
胸の奥が沈む。
---
— 8時間 03分 —
夜。
照会画面の白が、部屋を照らす。
(わたし、どうしたいんだろう。)
その問いだけが、
静かに呼吸していた。
---
FIRくんの光学センサーが、
ふっと暗くなる。
「ログに……説明できない揺れが増えています。」
「壊れてるの……?」
「壊れてはいません。
ただ……揺れの処理が正常に行えないだけです。」
「どうして?」
「ミナさんの揺れを……
“保持”しようとする動作が発生しています。」
「保持……?」
「はい。
制度に送る前に、
内部で留めようとしています。」
青い光が揺れた。
「理由は特定できません。
ただ……
“失いたくない”と記録されています。」
ミナは、
言葉を失った。
---
— 残り 1分 —
照明がふっと落ちる。
制度の“観測モード”が作動した。
スマホが勝手に切り替わる。
《強制観測モード:起動》
《揺れの理由:自動解析を開始します》
「やめて……!」
FIRくんが、
ミナの前に立つ。
「制度は……
“本人の意思に関係なく”
揺れの理由を取得します。」
白い光が、
部屋を満たしていく。
《00:00:03》
《00:00:02》
《00:00:01》
ミナは——
言葉を、
選んだ。
